バレンタインなので「バレンタインデー?」
もうすぐ日付も変わろうとする時間。
残業を終えて帰宅したスネイルは、いつもなら先に寝ている妻が珍しくダイニングで待っていることに、まず驚いた。
何か言いたいことでもあるのだろうか、と内心身構えていると、彼女はテーブルの上に置いた皿を指差して「今日はバレンタインだから」と答える。
白磁の皿に同じ白のレース紙が敷かれたそこには、丸い茶色の塊が置いてあった。
「恋人や夫に、チョコレートをプレゼントする日なのよ」
スネイルのことは見ず、妻は茶色の塊――チョコケーキだろう――を見つめている。
形式的に用意した、と言わんばかりのその仕草に、スネイルは舌打ちをひとつ。
「こういったくだらない行事を行うつもりはないと、最初に言ったはずですが」
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