2人の夢メモマクスウェルが明智と一緒に眠ったあと、奇妙な夢を見る。
サーヴァントは夢を見ないはずだから、これはマスターか、明智の夢、あるいは記憶に混線している可能性が高い。実際そこは見覚えがない街並みだった。
行き交う人影の向こうに、ふと目が止まる、それはマスターでも明智でもなく、マクスウェル自身だった。
「どうぞ」
「どうぞ」
「どうぞお持ちください。幸運を」
代車の横で、ニコニコとなにかを配っている様は、よく見知った自分の仕事の風景でもあり、まるで現実感のないCGのようでもあった。
ふと、夢の中のマクスウェルがこちらに目を向ける。にこ、と微笑まれ彼は赤い薔薇を差し出した。そうだ、薔薇だ。ずっと彼は薔薇を配っていた。ぱちん、手の中の薔薇の花束から取り出した一本をこちらに向ける。
「どうぞ。これはあなたを幸せにする薔薇です」
すると、奥から聞き覚えのある声がした。
「誰にでもただで配っているのか?」
「明智さん!」
マクスウェルが呼びかけても、向こう側に立つ菫色の影の男は反応しなかった。
「どなたにでも、必要なだけ差し上げます。それが私の仕事ですから。」ぱちん
「お前がいなくなったら、与えることも出来なくなるだろう。お前に頼っていた者に、余計な苦しみを与えるぞ」
「必要のない心配です……私はどこにも行きません、全ては、人類の幸福のために」ぱちん
「愚かな」
明智の言い放った言葉が、あまりにも静かに冷えきっていて、ゾッとする。自分の声は届いていないようで、明智の目も自分を見ている訳では無いのに、明智から見放されてしまったかのように胸が締め付けられる。
ぱちん。
ふと、先程から小さく聞こえていた音が、目の前の夢のマクスウェルが薔薇を枝から切り落とした音だと気づいた。
そして、その薔薇の枝は、マクスウェルの左手から生えていて。
「人が満足する前に、お前が消えてしまう。いまでももう、足りなくなっているはずだ」
明智の独り言のような呟きは、もう誰にも反応されることなく、三本の薔薇を片手で束ねると、目の前のマクスウェルは、その薔薇をいつもと変わらない笑顔で、
「ーーっ!」
にっこりと明智に差し出したのがわかった。
嫌だ。
「駄目です!!」
声は届かない。
明智の顔も変わらない。
それは、
ぐらりと視界がぶれる
とても悲しい顔をしていた。
(それは)
(それは私のーー)
びくり、と体が震えて目が覚めた。
自分の体が横になって、ベッドの中にいることに一瞬理解が追いつかない。
(夢……だったのか)
怖い夢というわけでもなかった、でも、奇妙にはっきりとしていて、なぜだか心がざわざわとする夢だった。
薄い毛布だけが掛かっていた体は、すっかり冷えていて強ばっている。これでは悪夢も見るはずだーー私が人間だと仮定したら、の話だが。
しかし、夢の中の私は…と、ふとさっきの夢を思い出そうとして、あれ?と気づく。
最後、私は自分自身になにを言おうとしていたのか、それを忘れてしまっていた。
まぁいい、隣に居たはずの明智さんはもう起きていたようだ、廊下からは小さく人の気配がする。気分を切りかえて、また仕事をしよう。
妙な夢を見た。
気がついたら真っ白な空間にいた。コンクリートとも樹脂ともつかない、現実感のないタイルが、方眼紙のように規則正しく彼方にまで並んでいる。
そこに四角柱の形をしたなんらかの機械端末がずらりとならんでいて、端末一つ一つにつき、見知った友人であるマクスウェルの悪魔がなにやら仕事をしている。
が、いかんせん右を向いても左を向いても、前にも後ろにも、延々とその光景が続いている。合わせ鏡の中の景色のようだ。
「マッ…」
マクスウェル、と彼の名前を呼ぼうとして、慌てて口を塞ぐ。この前後左右、果てしなく存在する彼ら全てがマクスウェルだろう、声をかけてもし全員を反応させてしまう。
ふとすぐ側のマクスウェルと目が合ってしまったので、気まづくもいつもしているように微笑む。いや、この世界の彼が自分の知っているマクスウェルなのかどうか、まったく自信がないのだが……
しかし目の前のマクスウェルもにこりと微笑み返してくれた。人間味のない奇妙な世界で、多少安堵を覚える。
「やぁ……どうやら紛れ込んでしまったようだね、邪魔したかい?」
「いいえ。明智さん、どうぞ気兼ねなく。こんな所にまで訪ねていただけるとは非常に珍しい。何も無いのが残念です…」
「もしかして仕事中か?」
「ええ、でも、目をつぶっていてもできますから。」
自慢げにサングラスの向こうで眉が動く。どうやら目を瞑って見せているらしいが、色の濃いレンズの向こうは見通せず笑ってしまった。
「お前がこんなにたくさんいるなんてな」
「そうですね、これは私の仕事量が妙に増えてしまったせいもありまして……私もびっくりなんですよ」