『ほしがきえたあと』 まだ暑さの残る夏の終わりの夜。
辺りには虫の声が微かに聞こえ始め、緑の香りが漂う。コロコロと鳴く虫の声が、心地よい。じめっとした空気と生ぬるい風。空には雲が多く、明かりの少ない。そんな場所のここは、手元が僅かに見える程度。
風もないのに、雑木林と化した廃寺の草木が大きく揺れる。その間を韋駄天の如く駆け抜けていた茶色い獣が、飛び跳ねて回転しつつ足を伸ばして振り下ろした。その足は柔らかそうな布にすっぽりと覆われているものの、その衝撃は凄まじいようだ。彼の落とした踵落としと共に周囲の草は飛び散る。
その様子を少し離れた場所から眺めていた人物がいる。その人物は、何も言わずに口元を覆っていた扇子を閉じた。閉じたところで、その口は首のところから伸びた黒い布に覆われており、髪も長くてパッと見た感じは女性にも見えなく無い。しかし、その風貌によく似合う直衣を着ている。薄桃の髪が風に遊ばれ、さらに表情を隠した。
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