病葉焼けた塔に見回りに行くマツバ。
塔で冷たくなっているポケモンを見つける。
「またか…」
焼けた塔にはよく命が尽きかけた野生のポケモンがやって来てそのまま息絶えることがあった。
その日見たポケモンには首にスカーフが巻いてあった。
捨てられたか、逃げてきたか、あるいは。
マツバはそっと抱き抱えると塔を後にする。
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「君が好きだ」
ミナキの突然の告白に面食らうマツバ。
「君、何を…」
「驚くのも無理はない。気持ち悪がられるのも承知の上だ。でも私は、君に気持ちを伝えたかったんだよ」
「ミナキくん、ぼく突然すぎて何て言ったらいいか…」
微笑んでいるミナキ。
「マツバ、返事は、」
「返事は時間をもらっていいかい?少し考えてみたいんだ」
焦っていたせいか、ミナキの言葉を遮ってしまう。変に思われなかったろうか。
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ある日街で電信柱のポスターを見るマツバ。
そこには迷いポケモンとして、先日マツバが焼けた塔で見つけたポケモンの写真が載っていた。
自分はこのポケモンの居場所を知っている。
しかし真実を伝えていいものか。
知ればこのトレーナーは悲しむだろう。
知らなければ、いつまでも希望を持つことができる。
しかし、それは二度と会えないという真実を知るよりも残酷なことではないだろうか。
なら伝えるべきだろうか。
そうは思っても、真実を伝えたときの相手の反応を想像すると胸が痛んだ。
マツバはポケギアに伸ばした手を引っ込めて歩き出す。
しかしその後、チラシを配る少年に出会う。
「あの、すみません、赤いスカーフをつけたオタチを見ませんでしたか?エンジュで見たって人がいたんです」
マツバは少し考えてから、少年を自宅へ連れていく。
「このスカーフは…」
「君のポケモンのものだろう。先日焼けた塔で倒れているのを見つけた。ぼくが見つけたときにはもう…」
「そう…ですか…」
「知り合いの寺に頼んで供養してもらった。あの子の主人はもう見つからないと思っていたからね…」
うそである。千里眼で探そうと思えばできたはずだ。でもそうしなかった。
「マツバさん、ぼく…そのお寺に行きたいです」
手持ちが死んだことに動揺はしているようだが、気丈に振る舞っている。
それがマツバは辛い。
「案内しよう。」
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『マツバ!元気にしてたか?』
「あ…ああ、ミナキくんか」
『なんだその声は!風邪でも引いたか?』
ハハハと明るく笑う声を聞くのが辛かった。
返事を保留している間もミナキは普段通りにマツバに接してきた。
マツバもミナキのその気遣いがわかっているから普段通りに振る舞おうとした。
振る舞おうとはしたが。
『ところでマツバ』
声のトーンはさほど変わらなかったが、空気が変わったのを感じてマツバは気分が重くなる。
「ミナキくんごめん、ぼくまだ…」
『前に私が話したあのことはな、もう考えなくていいぞ!』
「えっ」
『君がたくさん悩んでくれただろうことはわかってるさ。真剣に私に向き合ってくれたんだ、その気持ちだけで私は嬉しいよ』
罪悪感を刺激された。
確かに悩んではいた。
どう断るかを。
どう断っても彼を傷付けてしまうことを。
『私は確かに君が好きだ!友人としての関係が壊れてでも気持ちを伝えたいと思った。だけどやはり友人関係も大切にしたいという欲が出てきてな!ハハ、自分勝手で欲張りだろう、私は。だから君とはこれまで通りの関係でいたいと』
(ミナキくん)
(なんで笑っているの)
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小さな小さな墓標であった。
敷地に所狭しと並べられたそれらの中の一つの前で少年は力なくしゃがんだ。
「本当だったんですね…あの子がここに…」
「ああ」
しばらく黙り混む少年。
「あの、マツバさん、本当にありがとうございました。僕、これからもここにきても」
「もちろんだよ。来てあげなさい。きっととても喜ぶよ」
「はい…」
少し微笑む少年。
目を細めて笑おうとするも、うまくできない。
ギュッと閉じ、そして緩やかに目を開くとポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「なんで、なんで勝手に、僕の知らないところで、どうして…」
堪えきれなくなる少年。
「最近、調子が、よく、なかったんです。だからコガネの…ポケモンセンターで預かってもらってて…僕もしばらくそこにいて…そしたら、突然、いなくなっちゃって、ひとりで、僕のいないところでし…し…死ん……なんで…なんでだよっ!どう…し…なんで…!」
しゃくりあげる少年の肩を優しくさすりながらマツバが言う。
「君のポケモンを見つけた焼けた塔はね、元々神聖な場所なんだ。命の火が尽きかけたポケモンが引き寄せられてよくやってくるんだよ。この子はね、死ぬところを君に見せたくなかったんだ。最期の時に君が悲しむ顔を見るのが嫌だったんだよ。愛していたから去ったんだ。ホウオウの伝説にもあるように焼けた塔は終わりと再生の場所。そこに辿り着いた君のオタチもきっと安らかな最期を迎えたはずだ」
気休めだ。こんなシナリオで納得してくれるはずもない。
それでも彼の苦しみを少しでも和らげてやりたかった。
赤いスカーフを握りしめる少年。
「マツバさん、ありがとう…「まる」を見つけてくれて…」
少年は涙でグチャグチャだったが、笑顔を向けた。
(あ……)
(なんで笑うんだ)
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「ホウオウのビジョンが見えました。それを呼び寄せた人間の影も」
「そうか…」
「ええ、近いうちにホウオウはエンジュに戻ります。その時は私が」
「マツバ、お前何を恐れている?」
「は……私が、恐れるとは一体…」
「お前は千里眼でいつも怖いくらいにピタリピタリと物事を言い当ててきたな。今回のホウオウの件についても疑ってはおらんよ。千里眼の予言通りホウオウはエンジュに戻るだろう。しかし、気になるのは人間の影だよ」
「え…」
「通力がいかに万能の力と言えど、心の揺らぎは出るぞ。正直に」
「何を仰りたいんです」
「お前、見るものを無意識に選別してやいないだろうな」
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(真実を知ることは怖かった)
(いつでも知ることができる能力を得たことで、その気持ちは一層強まった)
(いくら修行を積んでもそれが克服できることはなかった)
(ぼくの千里眼はいつしか、ぼくの本当に望む物事について精細さを欠くようになっていった)
(心がブレーキをかけてしまうのだ)
(ぼくがおかしくならないために)
(真実を知ることは怖い)
(だからぼくは他人も同じように真実に恐怖するのだろうと)
(そう思うようになっていったのだ)
少年との会話を思い出す。
(「君は知るのと知らないのどちらが良かった?」)
(「知ることは怖いけど…知らなければ前に進めませんでした」)
マツバは考える。
ぼくは止まっているのか?
だからホウオウは彼を選んだ?
いや、その話はもう終わったことだ。
とにかくヒビキくんは前に進んだ。
あの少年も前に進んだ。
ぼくは止まっている。
そしてもう一人、ぼくのせいで止まっている人がいる。
ミナキくんだ。
彼は知りたがっていた。
ぼくの気持ちを、それが友情が壊れようと知りたいのだと、ぼくに尋ねてきた。
それはどれほどの覚悟だっただろう。
ミナキくんが傷つこうが、どうあれぼくは答えねばならなかったのだ。
お互い傷だらけになるべきだったのだ。
ヒビキくんの顔、
少年の顔が浮かぶ。
もう思い立ったらすぐにでもミナキに連絡を取らねばなるまいと思う。
ポケギアでミナキを呼び出すが、出ない。
ミナキが出ないことはよくあることなので、また時間を置いてから…とも思うが、気持ちがどうしても急いてしまう。
何度かけてもミナキは出なかった。
夜、ミナキが笑いながら告白を忘れてくれといった声を思い出す。
(君、どんな気持ちであれを…)
「すまない」
涙がこぼれる。
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ポケギアは相変わらず繋がらない。
マツバは我慢できなくなって千里眼を使うことにした。
以前ミナキが置いていった本があったはずだ。
本に手のひらを乗せ、精神を集中させる。
しかしノイズがひどくて見ることができない。
(「マツバ、お前何を恐れている?」)
(この期に及んでぼくはまだ…!)
床にうずくまり拳を思いきり打ち付けるマツバ。
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(これは君をないがしろにした罰かな)
ミナキと連絡がとれなくなってしばらく経った。
彼の実家にも連絡してみたが音沙汰ないらしい。
いつものことだと笑って返されたが…。
確かにそうなのかもしれない。
ミナキは連絡してこないときは本当に全くしてこないのだ。
こんなことは今までにもあったじゃないか。
それでもマツバにはこれが罰のように思えた。
気持ちを伝えることができない。
謝ることも許されない。
そもそも彼はいまどこでどうしているのだろうか。
ふと不安がわき上がってくる。
生きているのか、死んでいるのか。
マツバは知ることが怖い。
だからこれから先もミナキを視ることはできないだろう。
ミナキの本をパラパラとめくる。
いかにも手作りのような栞が挟まっていた。
紅葉しかけの葉を使った栞。
これミナキくんが作ったのかな。
そう思うと不思議と愛しさが込み上げてくるのだった。
思えばミナキに告白されてからというもの、ミナキのことを考えない日はなかった。
(なんだよ、これじゃあまるでぼくがミナキくんのことを)
目が潤む。
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ある夏の日。
足元に落ちていた綺麗な葉。
それをスリープが拾ってミナキに渡した。
ありがとうと微笑んで、そしてまた歩き出す。