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    space_jam0310

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    space_jam0310

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    ほてすぱ開催おめでとうございます〜!!
    途中なんですが準備編ということで…!6月の忠暦オンリーで本にして出したい!です!!

    暁、星に「……子どもでも乗せたのか」
    「え?」
     主語がなく、唐突で、しかし言わんとする事は正確に捉えなければいけない主人の言葉には慣れたものだが、今回ばかりは上手くいかなかった。
     言葉の真意を探り沈黙していると、呆れたように主人は言った。
    「それはどうした」
     バックミラー越しに示唆する視線を追うと、ダッシュボードに無造作に置かれた飴やガムやソフトキャンディの類を捉えていた。
     ああ、と納得する。自分が甘いものを好まないと、存外周囲を正確に把握している主人は知っているのだから疑問にも思うだろう。
     実際、三日前まではなかったものだ。
    「子ども――……と言えば子ども、ですかね」
     曖昧なこたえに、主人はふん、と鼻を鳴らしただけだった。
    「休暇はどうだった」
     ああ、今日は機嫌がいいんだな、と察する。自分と世間話をする程度には。あるいは、純粋に気になったのかもしれない。普段では考えつかないような事柄に突然気まぐれに興味を示すような人だから。
    「はい、しっかりと休ませて頂きました。ありがとうございます」
    「どこかへ行ったのか」
     興味があるのかないのか図りかねる声だった。社交辞令的でもあり、しかし自分に対してそんなものが必要ない事は理解している。
    「どこか……」
     どうこたえたものかと逡巡していると、主人は鼻で笑った。
    「2日程度の休みではどこへも行けないか」
     どこへも。ここではない、どこか、どこにも。
    「――……ああ、」
     どこかへ行ったのか、と言われれば、まあ、外出はした。
    「いや、いい」
    「え?」
    「顔を見れば解る、有意義な休みだったようで何よりだ」
     主人は、視線を窓の外へやって少しだけ笑ったようだった。バックミラー越しに見た表情に、気付かれないように自分も少しだけ笑う。
    「はい。お陰でまた存分に働き愛之介様のお役に立てます」



    「こら、私は食べないぞ、ちゃんと持って帰れ」
     がさがさとコンビニ袋を下げていた時点で何となく予感はしていた。
     助手席に彼の些か軽すぎる体重を受け止めた車は僅かに沈んだ。
    「えー?」
     彼は手際よくコンビニ袋から自分のコーラを取り出しドリンクホルダーに入れ、それから私にドリップのアイスコーヒーを手渡した。最近のコンビニコーヒーは侮れないのだ。
    「車で遠出つったらおやつは必須だろ」
     鼻歌を歌いながら彼は飴やらガムやらグミやらソフトキャンディやらをダッシュボードに取り出し始めた。暑いからだろう、溶けるものは選んでいないようだった。
    「甘いものは好きじゃないんだ」
     コーヒーを一口飲んでから車を発進させた。
    「辛党ってやつ?」
    「まあ……どちらかと言えば」
    「だからあんたいつも疲れてんじゃね? 疲れた時には甘いモンって言うだろ?」
    「……一理あるな」
    「納得すんのかよー」
     けらけらと隣で笑いながら、何か包みを開けた音がした。
    「ほら」
     呼ばれて、視線だけでそちらを見ると、隣から乗り出したその顔が思いの外近くて驚いた。
    「口開けて」
     驚いた拍子に言われるまま口を開けてしまったら、その隙間に何か硬くて小さな球体が押し込まれた。
    「――……、」
     コロン、と口の中を転がった後、じわりと舌を滑る甘さ。

    「…………甘いな」

    「疲れも吹っ飛ぶだろ?」
     に、と得意げに笑った顔を見て、普段ならば厭悪する甘さがどうにも好ましいものに感じてしまう。
    「……そうだな」
     疲れが吹き飛んだのは、飴の力か、それとも、



    「なんで遠出なの?」
     同世代の友人と遊ぶのであれば中々機会は少ないであろう遠出のドライブに高揚しているのだろう、窓を開けて流れる景色を見ていた彼が上機嫌に振り返って言った。
    「――君の行動範囲の外に出る必要があると」
    「え? なんで?」
    「見つかったら面倒なのが色々いるだろう」
    「……あー……」
     思い当たる節は多々あると思う。彼には言い訳の面倒な友人が多くいる。特に、私の事も知っている友人が。
     共通の知人でなくとも学校の友人とでも顔を合わせれば面倒だ。共通の趣味があるとは言えど高校生がいい大人とサシでつるんでいれば好奇の対象になり得る。
     自分は愛之介様の目さえ避けられれば問題ないが。
    「私にとっても面倒なんだ」
    「……俺とこうして会うの、あんたにとって面倒?」
     微かに彼の顔が曇る。まあ、予想通りだ。そうさせたくて言ったのだから。私の負担になる事を不安に思う、程度には彼は私に気を傾けてくれているのだ。
    「面倒はあるがそれを押してでも会いたいと思うからこうしているんだろう」
     こんな形で彼の気持ちを推し量ろうだなんてまったく姑息で小賢しい大人だ。
    「……へへっ」
    「笑うところなのか?」
     安心した表情を見て、安心しているのはこちらの方だというのに。
    「菊池サン、変なやつって言われない?」
    「そんな軽口を叩けるような関係性の人間がいないな」
    「あっは、ウケる」
    「今のがか? 最近の高校生の感覚は解らないな」
    「おっさんみてーなこと言うなよ!」
    「残念だったな、私は君がおっさん扱いしているシャドウよりおっさんだ」
    「え……まじか……」
     残念ながら(?)まじなのだ。
    「話を戻そう」
    「ん?」
    「何故遠出なのか、と言ったな」
    「人目避ける以外にもあんの?」
    「……行きたいけど遠いからバイクでは行けないパークがある、とスノーと話していたな」
    「え、聞いてたの?」
    「偶然だ」
    「いや何も言ってないけど」
    「――……好きな子を喜ばせたい、と思うのは大人だろうが高校生だろうが普通の感情だろう?」
     本当に、我ながら小賢しいな。
     こんな事を言われれば、彼がどんな顔をしているかなんて見なくても解る。本当はその表情をちゃんと見たいが彼を乗せてよそ見運転はよろしくない。
    「…………………………」
     彼が何を言おうか考えて黙っている時間が嫌いじゃない。直情そうに見えて案外思慮深いところは好ましい。
    「…………俺、あんたの事めちゃくちゃ好きかも」
    「かも?」
     彼にしては十二分に振り絞ったこたえだった。が、普段あんなにも溌剌とした彼のこんな表情と声はそう見られるものではないのだから欲も出るというものだ。
    「……ずっるいよなー……」
    「こっちは好きな子、と言ってるのにか? この場合ずるいのは君の方では?」
    「あー……う……」
     そろそろ潮時か。引き際は肝心だ。これ以上引っ張ると感情が顔に出てしまう。
    「――と、冗談はこれくらいにしよう」
    「冗談ン」
    「高速に乗るから窓を閉めろ」
    「冗談 なあ冗談なの」
     困ったな。生き物が可愛くて困るなどという事が自分の人生に発生するなんて、まったく困ったものだ。
    「なあ! そもそもそーいうのってンな真顔で言う もうちょっと笑ったりとかさあ! なあ」



     こんなに喜ぶとは想定外だった。
    「菊池サーン! 見てて見てて! てか撮っといて!」
     Sにも設置されていないような巨大セクションではしゃぐ姿がやっぱり可愛いな、と思ってしまいまた困っている。
     もっと困りたいと思っている自分にもまた困っている。恋愛なんてした事がないんだ。
    「菊池サンも滑ってくれよ! 俺トーナメントん時のあんたちゃんと見れてねーんだよ! すげーんだろ」
    「――ああ、」
     そういえば義務感でも発散でもなくただ滑る、なんていつぶりだろうか。
    「やっぱスケートってめっちゃ楽しーな!」
    「…………そうだな」
     思い出させてくれたのは君なんだ。暗い道をあてもなく歩いていたような私の目の前を、いきなり強い光で照らしてしまった。
     もう、道の暗さを進まない理由に出来ないじゃないか。
     あまりにも眩しくて時折目が眩みそうになる。
    「すっげー! めっちゃエアーたけーじゃん!」
    「私を誰だと思ってる? 愛抱夢の師匠だぞ」
     現役ほどではなくともまだ鈍ってはいないと自負出来る。
    「そーだそーだそーだった!」



     なるべく気配を消し、名無しのキャップマンに勤しむ自分にSで声を掛ける人物はそう多くない。
    「よお」
     ぽん、と肩を叩かれ振り向いた先の顔を見て、面倒だな、と思った感情はあからさまに表情に出ていたらしい。
    「………………何か用か、ジョー」
    「んなめんどくさそーな顔してんじゃねえよ!」
    「面倒くさそう、ではなく面倒だと思っている」
    「いやー明け透けだなあ。まあお前のそういうとこ嫌いじゃねーけど。なあ、ちょっと話せるか?」
    「業務中だ」
    「こっそりトーナメントに出る時間があるくらいなんだろ、ちょっと付き合えって」
     それを持ち出されると確かに、と頷くしかない。自分で集めたキャップマン達が優秀である事は誰より自分が知っている。私が少々抜けたところで支障はないのだ。
    「暦の話だ。ちゃんと話せよ、大人同士」
     出された名前に思わず息を飲んだ。ばれているのか、彼が話したのか。いや、今はそんな事どうでもいい。
    「――……5分だ」
     説教でもするつもりだろうか。およそ褒められたものではない爛れた男女付き合いをしているこの男が。
    「なあ、あんまとやかく言うつもりねーんだけどな。子どもの視野の狭さに付け込むってのはどーなのよ」
    「付け込む?」
     ああ、それは確かに否定出来ない。彼はまだ子どもだから、私のろくでもなさに気付かないでくれている。
    「……まあ、可愛いよな、懐いてくれりゃさ。色々教えてやりたくもなるし力にもなりたくなるわな。流行ってきてるし五輪競技にもなった、世界に誇れる競技になったとは言えまだまだ世間の目は厳しいしな」
    「……そんな面倒見のいい人間に見えるか?」
    「ま、あんまからかってやるなよ。俺からしても可愛い弟分なんだ」
    「……逆だろう」
    「は?」
    「からかわれてるのは私の方だ。高校生の気まぐれを真に受けていずれ痛い目を見るのは私の方だろう」
    「……本気で言ってる?」
    「どこに私が冗談を言う必要が?」
    「や、いや、うん、いや、……そうかあ……」
     ジョーにしては珍しい歯切れの悪さに違和感を覚えた。
    「何だ」
    「んー…………ま、あんまガキだと思ってナメてっと痛い目見るかもな」
    「……? 心に留めておこう」
    「全然思ってもねーよなそれ」



    「おわあなんで」
     駐輪場に響く聞き慣れた声に、思わず駆け付けたが、そうとは悟られないようさも偶然巡回の途中で出会した体で声をかけた。
    「どうした」
    「バイクがねーの!」
    「いつもスノーと2人乗りで来ているバイクか?」
    「信じらんねー、あいつ俺の事置いて帰りやがった!」
     なるほど。
     残念ながらスノーの思惑を察せられない程彼も私も鈍くはない。
     彼が私との関係をスノーに零した、あるいは(可能性はかなり低いが)スノーが彼の様子を訝しんで察した、のだろう。
     これには流石にため息のひとつも漏らしていいだろう。
    「……仕方ないな」
    「え」
    「10分待ってろ。送る」
    「え、あ、えっ」
    「今日は愛抱夢も来ていないからな」
     必要以上に素っ気なく聞こえただろうか。彼の表情が僅かに曇った。
    『あんまからかってやるなよ』
     ジョーの言葉を思い出す。これは、もしかして彼は私にからかわれていると思っているのか? 大人の火遊びだと? 馬鹿言うな、リスクは私の方こそよっぽどある、火遊びや軽い気持ちで高校生なんて相手に出来るものか。リスクを承知の上で、それでも彼といる道を選んだ。
     だがしかし、彼の表情が沈んでいたのは気になっていた。原因が自分とは夢にも思わなかったが。
     着替えを済ませ駐輪場に戻ると、所在なさげにしゃがみこむ彼がいた。
    「――……暦」
    「! スネー……えと、菊池サン」
     私を見つけた彼は立ち上がって駆け寄ってきた。
    「車はこっちだ。ついて来い」
    「あ、……ッス」
     気まずそうに、しかし一言の文句も言わず後ろをついて歩く彼に、何か気の利いた言葉でも掛けてやれればいいのだろうが。
    「……それが出来れば苦労はない」
    「え?」
    「いや、独り言だ」



    「……スノーは良い友人だな」
     信号に停まったタイミングで助手席の彼に言うと、驚いたようにこちらを見る気配があった。それから、視界の端で小さく頷いた。
    「まじ、いつの間にそんな気遣いとか出来るようになったんだかな。あーかっこわりー」
    「それは彼の性質云々以前に彼の君への想いの強さなんじゃないのか?」
     そう言うと、彼は少し困ったように視線を泳がせてからぽつりと言った。
    「……ランガにはだせーとこ見せたくねーじゃん?」
    「そういうものか」
    「や、まあこんだけ一緒に滑ってりゃ全然かっこわりーとことかだせーとことか見せてるんだけどさ、でもまあ……ランガが俺のこと先生だとか言うからさあ」
     スノーの話をする彼は照れたような、ひどく柔らかい顔をしている。
     ずしん、と胃の中に重たい何かを感じた。もしも感情に色があるとすれば、今の私の感情はおよそタールにでも近い色をしているだろう。
    「あんま、こう……情けねーとこ見せたくねーっつーか。あ、ガキだと思ってる?」
    「いや、そんな事は」
    「あんたの前でびーびー泣いてたくせに、とか?」
    「誰だって泣きたい時くらいあるだろう」
    「いや高校生にもなって人前であんな号泣はねーだろ」
    「そうだろうか」
     高校生の頃、なんて言われてももう10年も前の話だ。多感な時期ならば容易く感情が揺れる事もあるんじゃないのか?
    「俺さあ、ランガの前だとちょっとカッコつけちまうんだよな。だからまだランガの前でも泣いたとこ見せたことねーの」
    「……そうなのか」
    「そ。だから、スケート始めてから俺が泣いてるとこ見せたのあんただけだよ」
    「――……!」

     それは、

    「……光栄、か?」
    「それ訊くのかよ!」

     やっといつもの調子に戻ってきたな、とは思うが根本的な事は何一つ解決していない。どうしたら、どうしたら彼を、彼の太陽にも似た笑顔を、また見せてもらえるだろうか。
    「……私は、立場上人目のあるところで君を特別扱いしたり、恋人のように扱ってやることなど出来ない」
    「……うん」
    「君は、わざわざこんな厄介な相手を選ばずともいくらでももっと楽しく付き合える相手がいるだろう」
    「…………は?」
     怒りを含んだ声。まあ落ち着いて最後まで聞け。
    「君は私が大人で君が子どもであることに引け目を感じているようだが、――……それを不安に思っているのは君だけじゃない」
     空いた左手で彼の手を握る。
    「君の目の前に無造作に散らばっている輝かしい未来に、私はきっとすぐにでも負けるだろうから」
     君が気付いてしまったら、それはきっともう一瞬で目が覚めるだろう。

     ぎゅ、と彼が私の手を握り返した。

    「……んなわけねーじゃん……」
    「君は今とても狭い世界にいる。もう少し成長して世界が広がったらあっという間に忘れる」
    「そーいうのいいからさあ! 大人ぶって言ってんなよ! あんたがもう俺と関わりたくねーってんなら仕方ねーけど! そうじゃないなら俺はあんたの事好きでいるのやめねーよ」
    「わかった」
    「おわぁッ」
     急ハンドルを切ったら、バランスを崩した彼の体が左右にぶんぶん振られたが、構うことなくひとけのない細い路地に進み車を急停車させた。
    「〜〜……ッびっ……くりしたぁ……」
     肩を強ばらせて座席に沈んでいる彼のシートベルトを外し、その肩を抱き締めた。
    「え えっ、な、なに」
     声こそ動揺していたが、抵抗する様子もなかったので構わずその肩に顔を埋めた。
    「……気に入ってしまったものは仕方ないだろう。……なあ?」
     
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