きざかなKP狂気山脈第二陣・一周年記念落書き――狂気山脈が、第二次登山隊によって制覇されてから、一年後。
「それじゃあ、乾杯しましょうか!」
萩月リツがビール缶を掲げて元気よく画面に向かって声を上げる。画面は六つに分割されており、萩月以外の第二次登山隊の面々――ケヴィン・キングストン、穂高梓、コージー・オスコー、梁浩然、高槻心、新田明朗がそれぞれの四角の中に収まっていた。
「え? 萩月さん、ビール飲めるの?」
「新田さん、失礼ですよぉ、二十歳すぎてますから飲ーめーまーす-」
萩月はビール缶をひらひらと振って応える。それを見て品良く微笑を深めた梁が、そういえば、と遠慮がちに前置きして、首を傾げた。
「高槻さん、今どこにいらっしゃるんですか? 後ろが真っ暗ですが……」
梁の言葉に、画面へ映っている面々が一瞬無言になる。そのなかで一人、たしかに背後が真っ暗ななか、ディスプレイからの光に照らされて陰影の濃い顔で写っている高槻が、「おや」と声をあげた。
「ああいえ。ちょっと調査にきてまして。電波は繋がるのでお気になさらず……」
「い、いや、そうは言ってもな……」
「仮想背景じゃ、ないわよね……」
高槻ののほほんとした答えに、コージーと穂高がそれぞれ感想を漏らす。それを見たケヴィンが、まあまあ、とにかく、と強引に話を切り、僅かに持ち上げていたビールジョッキをさらに高く掲げた。なんとか場を収めようとする様子に、かつて第二次登山隊のリーダーとしてこの六人をまとめていた頃の姿を思い出す。自然と言葉は止み、乾杯には絶好のタイミングが訪れた。
その機を逃さず、ケヴィンがぐいとビールジョッキを前に出し、中に注がれたビールが泡ごと揺れる。
「我々の栄誉を祝って、乾杯!」
かんぱーい!と各々が腕をあげる。ガラス同士の触れ合う音はしないが、たしかに、彼らの栄誉を祝う乾杯が、そこにはあった。一万メートルを超える地球上で一番高い山――通称・狂気山脈。画面に映る彼らははじめて、その登頂に成功した登山隊である。
これからどれだけの人間がその山頂に立とうと、「初登頂」という偉業は、どんな奇跡があろうと塗り替えられることはない。残念ながらケヴィンと穂高はその場に立ち会えなかったものの――第二次登山隊として、記録に刻まれたのは確かである。せっかくならば一周年を祝おうと口火を切ったのは誰だったか。自然と、登頂から一年経ったこの日にオンラインで集まることになった。
あの日――同じ山の頂を目指し、同じ道を進んでいた彼らであったが、今はバラバラの場所にいる。
萩月と新田は日本に。梁は中国に。コージーはオーストラリアに。ケヴィンは登山準備のためヒマラヤに。穂高はアフリカに。高槻は――おそらく地球上のどこかにはいるのだろう。
しかし。
一年前の今日、彼らが揃って南極大陸にいた事実は、消えることはない。
「コージーはシャンパンか」
ジョッキの半分ほどのビールを一気に飲み干したあと、一息ついたケヴィンが、優雅に細いシャンパングラスを傾けるコージーに問いかける。
「ふふん、そうだ。今日のためにお前らは一生口にすることがないだろう、高級なやつを出してきたぜ。何せ、一流のアルピニストであるコージー・オスコー、記念の日だからな」
「さすがコージーだね」
「……梁さんは相変わらずコージーに甘い……ねえ、新田さん」
「うん」
「?」
「ああ、皆さんすみません。ちょっと場所を移動しなきゃいけなくなったみたいで。カメラとマイクを一旦切りますね」
高槻は朗らかにそう告げたあと、ごそごそと動いてカメラとマイクをオフにした。長く伸びた前髪で彼の目元は隠されており、その表情は読めないが――まあ、高槻ならば大丈夫だろうという根拠の薄い確信が、他のメンバーの間に漂っていた。
「構わないけど、高槻さんは本当にどこにいるの……?」
「彼は相変わらずミステリアスだね」
ああ、変わらない。
彼らは何も変わっていない。
それぞれの目的を胸に訪れた狂気山脈。
大切な人を残してきた者。
大切な人を探しに行く者。
かつての仲間に会いに行く者。
好奇心を追い求める者。
その目的を果たし――山頂を踏み、さまざまな困難を乗り越え、そして、生きて帰ってきた者たち。
彼らは何も変わっていない。
一年経った今であっても。
(そう、これは彼らだけが成し得た奇跡。)
2021/3/12~3/15
CoC「狂気山脈~邪神の山嶺~」
KP・きざかな氏
HO1B・梁浩然(PL・海燕氏)
HO2A・萩月リツ(PL・津島氏)
HO2B・新田明朗(PL・なかつ)
HO3B・高槻心(PL・Sammy氏)
一周年おめでとう!!