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    きたまお

    @kitamao_aot
    なんでもいいから書いたもの置き場。
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    きたまお

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    ビームライフル少年の挫折と父との会話

    ##進化

    地元では誰にも負けたことがなかったし、北海道・東北ブロック大会にでても自分より強いものはいなかった。「今年の東北は男鹿アキタがいる」大人たちが自分の名を誇らしげに口にするのを聞いた。「しばらく東北の天下が続くだろう」「小学校三年生で全国優勝すれば、噂になって東北のビームライフル人口が増えるのではないか」
     文字通り負けなしで全国大会へ駒を進めた。そこで初めてライバルとなる存在に出会うことになった。神奈川県の男子だ。彼もビームライフル競技を始めて半年で、神童と言われていた。
    「同い年なんだ、よろしくね」
     彼は同年齢では背が高いほうだった。アキタの目線の上から手を伸ばしてきた。アキタは軽くうなずくだけにとどめた。試合前に戦う相手と手を組むつもりはなかった。
     アキタと彼は当然のようにファイナルへ進出した。ふたり以外は小学校五年生がひとり、残りは六年生で占められていた。最初の十二発で五年生が脱落した。五十秒で一発を二回繰り返すごとに、六年生が脱落していく。最後に残ったのはアキタと彼のふたりの三年生だった。
     ビームライフルは呼吸ですべてが決まる。身体の動きを止めるための重くて固いライフルコートを着用し、指先と視線だけに感覚を残す。頭の中に振り子をイメージし、振り子の揺れと自分を同調させる。慣れていないうちは振り子を止めようとするが、生きている人間は微かな動きを止めることができない。振り子の感覚をつかんでここぞと言うときに呼吸を止める。あとは勝手に指先が引き金を引く。
     決勝ふたりになった時点では、アキタのほうがスコアが高かった。だが、ラストの一発で呼吸が乱れた。全国大会初出場初優勝の栄光は、神奈川県の小学生三年生の手に渡った。
     それから、ふたりはライバルと言われるようになった。同い年の秋田と神奈川の小学生。次の大会ではアキタが上位だった。その次は彼が優勝した。何度もあちこちの大会で顔を合わせ、見かけるたびに彼のほうはうっすらと柔らかい笑顔で会釈をしてくるが、アキタは厳しい顔を崩さなかった。
     同い年だから、彼を倒さない限り自分に勝ち目はない。あいさつなどしてたまるかと思っていた。東京に近い神奈川にすんでいる彼のほうが、強いコーチのもとで腕を磨くのも、練習をするのも圧倒的に有利だ。アキタは冬期は自宅そばから出かけることも叶わない時期もある。あいつは倒すべき敵だ。自分の夢を邪魔するために立ちはだかった敵。
    「——くんはすごいな。アキタ、聞いたか、彼はもうあの中学の監督から声をかけられているんだそうだ」
    「そうですか」
     彼の名前を見かけるだけで、腹の底に重いものがこみ上げてくるようになった。そうなると、呼吸は乱れてスコアが下がった。いらいらが募って、腹に黒いなにかが貯まる。ますます呼吸が乱れる。
     あいつのせいだ。
    「アギダくん、今日はあどさっとだったなあ。またうめえもんくって、けっぱるべ」
     母はいつも優しい。
    「あいつのせいなんだ。あいつがいなければ」
     アキタがつぶやくと、母はきれいな形の眉をひそめ、大きな目を潤ませた。一度口に出すと止まらなかった。最初の全国大会で会ったときから気に食わなかった。握手を求める振りをして、自分のほうが身体が大きいことを見せたかっただけではないか。大会でこちらを見てくる視線は、人を馬鹿にしているようにしか見えない。だいたい、都会に住んでいるあいつのほうが有利なのはあたりまえだ。
     言えば言うほど母の眉は下がり、何度か赤い唇が開かれたり閉じたりした。母を悲しませていると気がついたが、悪意が口から出るままにした。
    「アキタ。罠の見回りに行くが、一緒に行くか」
     父から声をかけられたのは、冬の晴れ間の日だった。外は雪で覆われているが、珍しく空が青い。
     伝統的なマタギで寡黙な祖父、料理が大好きな母と違い、父は標準語を多く使う。森林組合の職員であり、マタギとして都会から来た観光客の相手をすることもある。秋田弁だと話通じねぁなあ、と言っていた。
    「ビームライフルはどうだ」
    「どうって、普通だ」
     冬のあいだはどうしても練習量が落ちてしまう。それもアキタの悩みのひとつだった。
    「母さん、悲しんでたぞ。アキタが人を悪く言うのを初めて聞いたって」
     太陽の光に照らされて溶けかかった雪をアキタは踏みしだく。一足ごとにさくさくと音がして、周りの雪と笹藪に吸い込まれていく。
    「おらのせいだねぁ」
     なんと答えればいいか思いつかなかった。自分だけのせいではない。あいつがいるせいだ。あいつさえいなければ、母を悲しませるようなことは言わない。
    「そうだな。アキタのせいではない。おまえが言ったことで、悲しくなるのは母さんの自由だ」
     予想外の言葉にアキタは顔を上げ、まえを歩く父を見た。振り向きもせず、父は雪に覆われた斜面を一定のスピードで上がっていく。
    「お母さんが悲しんでいたと聞いて、アキタがどう思うかも自由だ。アキタにとってはお母さんが悲しんだというのはただの事実、それで自分の発言を後悔するか、お母さんの態度にショックを受けるか、どちらを選ぶのもアキタの自由なんだ」
    「自由……」
    「そう。自由だ。心は個人のものでとても自由なんだ。他者にゆがめられるものではない。なあ、神奈川の子だっけ、ライフルの結果が良くなかったのはあの子のせいだと母さんに言って、アキタはどんな気持ちになった?」
     不意に冷たい風が吹いてきて、アキタは身を震わせた。天気が良くとも気温が高いわけではない。
    「あまり、楽しぐながった」
     言っても言っても、苦しいだけだった。言葉にすればするだけ、自分が汚れる気がした。もっとすっきりできるかと思っていたのに、母が悲しむのが嫌だと思った。
    「そうか。でも、アキタがあの子のせいだと思ったのは事実なんだろうな。彼のせいで勝てないと思って苦しいんだろう。その気持ちをないがしろにしたら、アキタの心がかわいそうだ」
    「かわいそう。おらが?」
     てっきり、人の悪口を言ったことを叱られるのではないかと思っていた。
    「自分で自分の心をいじめてはいけないよ。アキタはアキタが思った気持ちを大事にするべきだ。だけど、お父さんは大人でアキタよりも長く生きているから経験則で言えることがある。理由を人に求めても、自分の抱えた辛さはなかなか減らないんだ。結局は自分との対話が必要になる」
     勝てないのは彼のせいではない、ビームライフルは己との勝負だ。アキタだって本心ではそれをわかっている。相手が強くても、自分が最高得点を出し続けることができれば勝てる。そういう競技なのだ。
     坂が急になった。登れるか、と先に立つ父が振り返って手を伸ばしてきた。父の手にひかれて、アキタの身体は引き上げられた。
     一面の雪原が広がっていた。杉の木に囲まれてぽっかりと開いた場所だった。周囲の木々からこぼれた雪の細かい粒が、光を反射して空中を漂っている。太陽に溶けた雪の表面からゆらゆらと湯気のようなものがあがっている。
    「ウサギだ」
     父が雪原の端を指さした。白いふわふわした生きものが、同色の雪にうもれて耳をそばだてている。気づかれていることに気づいたように、雪を蹴って小さな生きものが姿を消した。
    「お父さんが獲物を猟銃で狙うときも同じなんだ。自然を相手にしているが、お父さんは自分と対話して、対話がうまくいったときには獲物を仕留めることができる。こんな説明で、わかるかな?」
     林の中に消えていったウサギはこちらからずっと走って行ったのだろう。雪の上にてんてんと足跡が残っていた。
    「わがる。わがらねけど、わがる」
     父の手がアキタの頭に乗せられた。二回、軽く叩かれた。
    「アキタはえらいな」
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    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん2今日の現場も一人で死亡した老人の住まいだった。大きな庭のある戸建ての二階で老人は死んでいた。老人には内縁の妻がいたが、折り悪くその妻は姪と一緒に十日間の海外旅行に出かけていた。家の状況から見て、老人は内縁の妻が旅行にでかけた初日の夜に倒れたようだった。さらに悪いことに、寒がりの老人は自室の暖房を全開にしていた。
     年齢のわりに老人は身体が大きかったようだ。ベッドに残された痕跡でそれを知ることができた。おそらく老人はリヴァイよりも二十センチ以上は背が高い。二階の部屋は天井が傾斜していて、ベッドは天井が低い方の壁にぴたりとくっつけておかれていた。
     リヴァイが最初にやることは、遺体のあった場所に手をあわせることだ。神も仏も信じてはいないが、これだけは行う。手をあわせているあいだはなにも考えていない。一緒に仕事に入ったことのある同僚には経を唱えたり、安らかに、などいうものもいたが、リヴァイは頭をからっぽにしてただ手をあわせる。これはもう習慣だった。
     後輩と一緒に、まずマットレスを外す作業をした。いくらかはまだ生きている虫がいる可能性があるので、殺虫剤を全面に散布する。動くものがなくなったこ 1271

    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん「先輩はどうしてこの仕事についたんですか」
     行きの車の中で無邪気に後輩が聞いてきた。最近入ったこの後輩は、始めは短期アルバイトの大学生だったはずが、気がつけば正社員として登用されていた。なんか、これがオレの天職だって気がついちゃったんですよね、と大声で事務員に話しているのを聞いたことがある。
     リヴァイはウィンカーを一瞬出して隣の車線に割り込みながら、ぼんやりと答えた。
    「別にやりたくてやったわけじゃねえよ。たまたま、クソみたいな伯父が便利屋をやっていて、そのクソが仕事だけ受けて逃げ出した尻拭いであばらやの清掃に入ることになって、そこからまあたまたまだ」
     母の兄である伯父には、昔からいろいろ迷惑をかけられてきた。便利屋の仕事を借金とともに押しつけられたのが、最たるものだった。
     最初から特殊清掃だったわけではない。ゴミ屋敷の片付けなどを行っているうちに、割のいい仕事として特殊清掃ももちかけられた。六月にベッドで死亡して、一週間発見されなかった老人の部屋の清掃だった。遺体はすでに警察が持ち出していたがベッドには遺体のあとが文字通り染みついていた。床や壁にこびりついている虫を片付けると 674

    きたまお

    TRAININGエルリワンライの没軽くブラシをまわすと、面白いように泡が立った。その泡をブラシの先端にとり、リヴァイが無言であごをしゃくった。上を向けということだろう。
     もみあげから下、あごの先に向けてブラシが小さな円を描くように動いていく。なめらかな動きの中で、ブラシと肌の間に泡が立っていくのがわかった。すこしこそばゆく、しかし気持ちがいい。
     カミソリの扱いは慣れたもの、あっというまに泡をぬぐうように刃があてられて、エルヴィンの無精ひげは姿を消した。最後にぬるま湯の入った桶を寄せられ、身体をうつ伏せに倒せと言われた。
    「すすぐくらいは左手だけでも可能だとおもうんだが」
    「おまえにやらせたら、ベッドが水浸しになりそうだ」
     顔をすすぎ終わり、乾いた布で水分を拭き取るまでリヴァイの世話になった。
    「自分であたるよりも、ずっといいな」
     エルヴィンはすべすべになった自分のあごに手を触れる。
    「以前から、おまえのそり残しは気にはなっていた」
     ひげそりの準備は、エルヴィンが目を覚ます前からやっていたらしい。目を開けたらちょうど、至近距離にリヴァイがいて、手にしていた石けんを取り落としそうになっていた。すぐに医師が呼ばれ、 1958

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