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    きたまお

    @kitamao_aot
    なんでもいいから書いたもの置き場。
    脳直に書いたら見直し一切せずにおいています。

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    きたまお

    TRAINING特殊清掃員のりばいさん2今日の現場も一人で死亡した老人の住まいだった。大きな庭のある戸建ての二階で老人は死んでいた。老人には内縁の妻がいたが、折り悪くその妻は姪と一緒に十日間の海外旅行に出かけていた。家の状況から見て、老人は内縁の妻が旅行にでかけた初日の夜に倒れたようだった。さらに悪いことに、寒がりの老人は自室の暖房を全開にしていた。
     年齢のわりに老人は身体が大きかったようだ。ベッドに残された痕跡でそれを知ることができた。おそらく老人はリヴァイよりも二十センチ以上は背が高い。二階の部屋は天井が傾斜していて、ベッドは天井が低い方の壁にぴたりとくっつけておかれていた。
     リヴァイが最初にやることは、遺体のあった場所に手をあわせることだ。神も仏も信じてはいないが、これだけは行う。手をあわせているあいだはなにも考えていない。一緒に仕事に入ったことのある同僚には経を唱えたり、安らかに、などいうものもいたが、リヴァイは頭をからっぽにしてただ手をあわせる。これはもう習慣だった。
     後輩と一緒に、まずマットレスを外す作業をした。いくらかはまだ生きている虫がいる可能性があるので、殺虫剤を全面に散布する。動くものがなくなったこ 1271

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    TRAINING特殊清掃員のりばいさん「先輩はどうしてこの仕事についたんですか」
     行きの車の中で無邪気に後輩が聞いてきた。最近入ったこの後輩は、始めは短期アルバイトの大学生だったはずが、気がつけば正社員として登用されていた。なんか、これがオレの天職だって気がついちゃったんですよね、と大声で事務員に話しているのを聞いたことがある。
     リヴァイはウィンカーを一瞬出して隣の車線に割り込みながら、ぼんやりと答えた。
    「別にやりたくてやったわけじゃねえよ。たまたま、クソみたいな伯父が便利屋をやっていて、そのクソが仕事だけ受けて逃げ出した尻拭いであばらやの清掃に入ることになって、そこからまあたまたまだ」
     母の兄である伯父には、昔からいろいろ迷惑をかけられてきた。便利屋の仕事を借金とともに押しつけられたのが、最たるものだった。
     最初から特殊清掃だったわけではない。ゴミ屋敷の片付けなどを行っているうちに、割のいい仕事として特殊清掃ももちかけられた。六月にベッドで死亡して、一週間発見されなかった老人の部屋の清掃だった。遺体はすでに警察が持ち出していたがベッドには遺体のあとが文字通り染みついていた。床や壁にこびりついている虫を片付けると 674

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    TRAININGエルリワンライの没軽くブラシをまわすと、面白いように泡が立った。その泡をブラシの先端にとり、リヴァイが無言であごをしゃくった。上を向けということだろう。
     もみあげから下、あごの先に向けてブラシが小さな円を描くように動いていく。なめらかな動きの中で、ブラシと肌の間に泡が立っていくのがわかった。すこしこそばゆく、しかし気持ちがいい。
     カミソリの扱いは慣れたもの、あっというまに泡をぬぐうように刃があてられて、エルヴィンの無精ひげは姿を消した。最後にぬるま湯の入った桶を寄せられ、身体をうつ伏せに倒せと言われた。
    「すすぐくらいは左手だけでも可能だとおもうんだが」
    「おまえにやらせたら、ベッドが水浸しになりそうだ」
     顔をすすぎ終わり、乾いた布で水分を拭き取るまでリヴァイの世話になった。
    「自分であたるよりも、ずっといいな」
     エルヴィンはすべすべになった自分のあごに手を触れる。
    「以前から、おまえのそり残しは気にはなっていた」
     ひげそりの準備は、エルヴィンが目を覚ます前からやっていたらしい。目を開けたらちょうど、至近距離にリヴァイがいて、手にしていた石けんを取り落としそうになっていた。すぐに医師が呼ばれ、 1958

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    TRAININGニト中。「俺さあ、来週、ニートじゃなくなるから」
     金曜日に会ったとき、アパートのドアを開けたリヴァイにエルヴィンは言った。聞き返そうとしたが、エルヴィンはもうテレビのほうに向き直って、リヴァイの方を見ていなかった。こうなってしまうと、たとえリヴァイが部屋の中まで戻って、どんなに問いただしても無駄だ。経験で知っている。
     仕方なしになにも言わずに帰った。来週、と言われたからなるべく早くにまたエルヴィンに会いに行きたかったが、なかなかチャンスがなかった。土日はクソったれな母親の「神様」の活動に連れて行かれた。逃げ出すとあとが大変になることは経験で知っている。
     月曜は部活で残されて、火曜日はクラスメイトの金づるくんに誘われてゲーセンに行った(金づるくんの代理で格ゲーをやってランキングにのせて小金を稼ぐ。持つべきものは金持ちの友だ)。やっとエルヴィンのアパートに行けたのは水曜日の夕方だった。
     ニートじゃなくなるとは、どういうことだろう。リヴァイはエルヴィンのことをなにも知らない。住んでいる部屋と日がな一日ぶらぶらしていること、格ゲーはめっぽう強いがパズルゲームは大してうまくないこと、飲むのは焼酎 2377

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    TRAINING兵長の耳掃除をする団長。でもヨーロッパの人って耳かきしないらしいですね。リヴァイが自分の右耳に小指を突っ込んでいた。次に、右に頭を傾け、左側頭部を軽く掌底で叩いている。
    「よければ耳かき使うか」
     エルヴィンは机の引き出しから耳かきを取り出した。竹製の薄く細い精巧なつくりである。たまたまトロスト区の商店で見かけて入手したが、お気に入りの品だ。
     しかし、エルヴィンが取り出した耳かきを見たリヴァイは、露骨に眉間にしわを寄せた。
    「そうか、潔癖のおまえには他人の耳かきなど気持ち悪いだけか」
     しまい直そうとしたエルヴィンに、リヴァイが、あ、いや、と声をかける。
    「……使ったことがねえ」
    「そうなのか? 一度も?」
     リヴァイがこくりとうなずいた。もともとの小柄さとあいまって、とても実年齢には見えない。
    「耳掃除、してやろうか」
     そうと決まれば善は急げ。リヴァイに手伝わせて、長椅子を窓のそばに移動する。エルヴィンは日の光が当たっている側に座り、自分の膝を叩いた。
    「頭をここにのせなさい」
     長椅子の座面を見下ろしたリヴァイは口をへの字に曲げた。
    「おい」
    「この姿勢が一番都合がいいだろう。ほら」
     不承不承、リヴァイは長椅子に横たわった。黒髪の小作りな頭がエル 1227

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    TRAINING某キッズ向けアニメの、ドアマンx派手な帽子のおじさん。彼はいつもやかましい子を連れている。この街の人たちは全体的に子供に甘いので、彼の連れている子のいたずらもにこにこ見過ごしている。もちろん私もだ。私の愛犬だけは、子供のいたずらには厳しいが、愛犬もたまにほだされてしまっている。
    「やあ、おはよう」
     エレベータから降りてきた彼の子にわたしは挨拶した。子は無言で手を振って返す。そのまま、一人でドアを開けて出て行ってしまった。
     時計を見ながら、あと三分かなと思う。はたして、二分経過したところで、エレベータが開いた。
    「ああ、ドアマンさん、うちの子を見なかったかい?」
    「さっき、元気に外に出て行ったよ」
    「外に行っただって? ああ、とんでもないことに。ありがとう!」
     ドアの外に行こうとする彼の腕をつかんで、私はエレベーター脇のものかげに連れこむ。
    「ハニー、昨日も私は待っていたんだよ。何時になってもいいと言っただろう」
    「ダーリン、すまない。昨日も遅くまでいたずらの始末におわれてしまって」
     私の手で壁に押しつけられたまま、彼は顔を背ける。
    「またか。なあ、言いたくないんだが、きみひとりであの子を見るのはもう限界だ。例の博士が育てたがってい 724

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    TRAININGワンライ「優しさ」没ネタ、ニト保、ニートが相当おばか一回量は二錠とのことだった。エルヴィンは銀のシートから二錠押し出した。ころころと転がっていきそうな錠剤を、チラシの上に置く。でも、二錠ってなんだか少なくないか。どうせならまとめて処理しておきたい気もする。結局、シートから全錠取り出した。
     なにか押しつぶすものが必要だ。すりこぎみたいなものがいい。が、キッチンにいってもすりこぎはなかった。固くて重ささえあればいいわけだ。棚の隅にあったウィスキーのボトルを取り出した。これは、リヴァイがもらったと言って持ち帰ってきたものだ。保育士がどうしてウィスキーをと思うが、どうやら職場の父兄からの横流しらしい。詳しく突っ込んで聞いてはいない。
     こたつに戻って、白い錠剤にウィスキーボトルの底をあてる。力をこめると錠剤は簡単に割れた。ごりごりと茶色いボトルを転がして錠剤をただの粉にしていく。
     ——あ、なんか、悪いことやってる気分だ。
     労働もせずに昼間から家に閉じこもって、錠剤から白い粉をつくっているって、言葉だけ聞けば背徳的だ。だが、エルヴィンは悪いことをやっているわけではない。うん、悪いことでは、……ないはずだ。
     時間を見てお湯を沸かし始める。あ 2345

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    TRAININGただそこにいた兵士の話その男が動くたびに、鎖がじゃらじゃらと鳴った。左の手首と両足首が太い鎖でつながれている。男には右腕がなかった。巨人に食われたのだと噂で聞いた。
     調査兵団第十三代団長エルヴィン・スミス、その人だ。
     兵士は憲兵団に所属していた。巨人がいる壁外へ行こうとする調査兵団のやつらは彼には理解できなかった。なにを好き好んでわざわざ食われに行くというのだろう。訓練兵団同期で調査兵団へ進んだものは、一握りの変わり者と、成績が悪くて憲兵団に入れず、駐屯兵団に入るためのくじ引きに負けたものだけだった。そのほとんどがもう死んでいる。五年前のウォール・マリア崩壊後の奪還作戦、その後のマリアルート確立のための壁外調査で命を落とした。
    「処刑台に連れて行け」
     宰相の言葉でエルヴィン・スミスの身体が、兵士の上司の手で引き起こされる。兵士は上司に手を貸すために近くに寄った。エルヴィン・スミスの顔が見えた。今、死刑を宣告された男は、薄ら笑いを浮かべていた。拷問で左目をつぶされ、あごにも無数の傷を負った男が笑っている。兵士はギョッとして動きを止めた。死の恐怖のあまり、この男は頭がおかしくなってしまったのだろうか。
      1867

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    TRAININGフランスに行くやっくんがキリンに打ち明けるだけの話やはり少し遠いな、と倉敷ヤクモは思った。以前はこの施設に来る際は、ほとんど車だった。今日は、あえて電車にした。同居人が通っているのと同じ道を通ろうと思ったからだ。
     品川駅から上野東京ラインに乗った。大宮駅までは乗り換えなく一本、乗車時間は四十分。大宮駅で降りてホームから階段を上り、駅構内の店を左右に見ながら西口へ。平日昼間なのに、大宮駅はなかなかの人出だった。看板を見ながらニューシャトル乗り場というほうへ進む。通路には幼児を連れた若い母親や、祖父母、メガネをかけた少年たちの姿が目立った。
     ニューシャトルはコンパクトな箱形の列車だった。入線時には昔のアニメの歌が鳴った。同居人はこんな音楽が鳴るなどひと言も言っていなかった。彼は知らないだけなのかもしれない。
     一駅、五分の乗車で目的地だ。親子連れや少年たちのほとんどがこの駅で降りるようだった。彼らと目的地は一緒だが、入る入り口が異なる。鉄道博物館の正面を通り過ぎ、裏口そばまで来てからヤクモは電話をした。
    「仕事中に呼び出して悪いね」
     内側からドアを開けた彼にヤクモは言った。長い金髪をゆらして、キリンはかまわない、と答える。キリンは、 2542

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    TRAININGファーラン→リヴァイ 一方通行リヴァイを知ったのは、つるんでいた仲間が聞き込んできた噂からだった。チビだがえらく強いやつがいる。たいていそういう噂は人のあいだを経るうちに、誇張されていくものだ。実際に見てみたら、たいしてチビでなかったり、特に強くもないということがよくある。
     今回もまた、その手合いだと思っていた。だから実物を目にしたときに、本当にチビで、恐ろしいほど強いのに驚いた。
    「てめえらは、死にてぇんだな」
     表情ひとつ変えずにリヴァイは言い、ファーランの仲間たちをあっという間に地面にたたきつけていった。ナイフを使うと聞いていたが、それを抜きもしなかった。盾にしていたラルスの巨体が地に横たわるのと同時に、ファーランは両手を挙げた。
    「待った待った待った! もう降参だ、これ以上痛めつけないでくれ!」
     容赦なくリヴァイの手はファーランの首元をつかんで締め上げる。ファーランよりも頭半分小さいのに、その手の力は恐ろしく強い。そのまま背中を近くの家の壁に押しつけられた。
    「俺にかまうんじゃねえ。二度とだ」
     解放され、ファーランはずるずるとその場にしゃがみこむ。去ろうとしたリヴァイの足に必死にしがみついた。
    「なあ 1792

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    TRAINING好きじゃないと言わなくちゃいけないへいちょ。まず、口うるさい。
     リヴァイの一挙手一投足について、ああだこうだと言う。机に向かってまっすぐ座れ、茶を飲む際に音をたてるな、食事は残さず全部食べろ、上官の話を聞くときにらみつけるな、同じ班の兵士とはうまくやれ、字は丁寧に書け、椅子で寝ないでベッドで寝ろ。無視をしてもこりずに何度も言ってくる。
     ハンジなどは、あんなに細かく言ってくるなんて、愛だよね、と呆れたように言う。
    「お母さんでもないのに、普通、大の大人に対してああは言わないでしょう。あ、別にリヴァイが小さいからエルヴィンには子供に見えているんじゃないかなんて言ってないよ」
    「うるせえ」
     たいして必要無いであろうときも、エルヴィンはリヴァイを近くに置いておきたがる。
    「リヴァイ、王都での会議に同行しろ」
    「リヴァイ、訓練には私も参加する」
    「リヴァイ、次の壁外調査では私の直属として動いてもらう」
     隙あらばずっと、エルヴィンは独り言ともつかないことを言い続けている。
    「王都に新しい店ができていてな、川沿いの四番街の先だが、もともとあのあたりは住宅街だったのに、最近は商店が増えている。住民たちの生活が安定して豊かになっているから 2195

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    TRAININGビームライフル少年の挫折と父との会話地元では誰にも負けたことがなかったし、北海道・東北ブロック大会にでても自分より強いものはいなかった。「今年の東北は男鹿アキタがいる」大人たちが自分の名を誇らしげに口にするのを聞いた。「しばらく東北の天下が続くだろう」「小学校三年生で全国優勝すれば、噂になって東北のビームライフル人口が増えるのではないか」
     文字通り負けなしで全国大会へ駒を進めた。そこで初めてライバルとなる存在に出会うことになった。神奈川県の男子だ。彼もビームライフル競技を始めて半年で、神童と言われていた。
    「同い年なんだ、よろしくね」
     彼は同年齢では背が高いほうだった。アキタの目線の上から手を伸ばしてきた。アキタは軽くうなずくだけにとどめた。試合前に戦う相手と手を組むつもりはなかった。
     アキタと彼は当然のようにファイナルへ進出した。ふたり以外は小学校五年生がひとり、残りは六年生で占められていた。最初の十二発で五年生が脱落した。五十秒で一発を二回繰り返すごとに、六年生が脱落していく。最後に残ったのはアキタと彼のふたりの三年生だった。
     ビームライフルは呼吸ですべてが決まる。身体の動きを止めるための重くて固いライフルコ 3181

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    TRAININGエルリワンライのお題「にゃんこ」で無理やり急いででっちあげ。「ひょっとしてリヴァイは猫なのかもしれない」
     エルヴィンがそう言いだしたのは、夜が明ける直前のことだった。団長がすでに何徹目なのかモブリットは知らない。モブリットは幸いにして、まだ二徹目だ。一昨日の朝、ハンジの実験につきあっていたら爆発が起きて、その破片が頭にぶつかって気絶した。
     その、数時間の安らかな眠りを提供してくれた直属の上司は、立ちあがって頭のてっぺんから奇声を発した。
    「いいねいいね! そうかもしれないよ、あれ実に猫っぽいじゃない。絶対、犬じゃない。あれは猫だよ、猫!」
     ハンジもたぶんエルヴィンに負けず劣らず寝ていないはずだ。この人たちの体力にはほんとついて行けないし、まったくついていきたくないとモブリットは常々思っている。
    「ハンジもそう思うだろう。まず、身のこなしが異様に軽い」
    「わかる。今度さ、立体機動装置着けないで屋上から突き落としてみようよ。どこから落としても、ちゃんと足から着地すると思うよ!」
    「分隊長、人殺しはやめてください!」
     この人は本当にやりかねないから怖い。それに、リヴァイにそんないたずらをしかけようとしたら、落とそうとした側が危険だと思うのだ。 1666

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    TRAININGクシェルが変容してしまった自分にがっかりする話。書き直しが必須。産んだときは周囲の娼婦仲間に助けてもらった。もともと仲のよかったピア、イーダ姉妹だけではなく、客の取り合いをやっていたビルギットまでもが助けてくれた。
    「あんた、客の子供を産むなんてほんとバカだよ」
     ビルギットは娼館の元締めのテオからもらってきたと、お湯の入ったたらいを持ってきた。陣痛でもうろうとしていたクシェルはまともに返事もできなかった。
    「ほら、あと一息だよ、オランピア」
    「頭が見えている。もう一回だけがんばるんだよ」
     ピアは出産したことがあるらしい。イーダが取り上げたそうだ。生まれた赤ん坊は息をしていなくて、二人で泣きながら墓にもっていったと聞いた。不吉な話、と思ったがピアとイーダには悪気はない。地下街では身ごもっても、出産までこぎつけることがまれなのだ。ピアは死産であっても、そのあと体調を崩すこともなく、商売に戻れることができたので幸運な部類に入る。
    「はい、いち、に、さん!」
     ピアのかけ声とともにクシェルは下腹に力を入れた。陣痛で感覚のなくなった腹だが、どうすればいいのかはわかった。
     暗い部屋の中に、みゃあ、と猫の鳴き声のようなものが響いた。ビルギットの安堵の声が被 2434

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    TRAININGなんでもない瞬間に自覚するえるり自覚をしたのはいつだっただろう。
     ささいなことだった。そのとき同室の兵が、咳払いのうるさい男だった。飲み食いしたり、話していたりするときはでないようだが、ひどいと十秒に一度、えへん、ごほごほとやりだす。ほかにも緊張しているときなどはでないようだ。つまり、自室でくつろいでいるときなどには間断なく出続けている。
     最初は無視していたリヴァイだが、さすがに二日も続くと気になって注意した。少し静かにできないのか。その兵は、悪い、気をつけると言ったが、ちっとも治る気配はなかった。本人でも治すのは難しい、無意識の症状なのだろう。何度も責めたところで、変わりはしない。無視しようとつとめたが、起きている間じゅう、ずっと続くえへん、ゲホッ、たまには寝ていてもベッドから響くゴホゴホは、確実にリヴァイをいらいらさせた。
     一度気になってしまうとだめだった。その日も、二段ベッドの下の段から聞こえてきた咳払いの声にリヴァイの意識は完全に覚醒した。暗い窓の外から見える月からすると、まだ真夜中だ。眠ることを諦め、ベッドから飛び降りると部屋を出た。
     月明かりが廊下の端の窓から入ってきていた。暗い廊下を進んでいくと 1775

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    TRAINING初冬の北陸の湖で白鳥を見ているだけのイズホク(CPではない)——イメージちがったなあ。
     速杉ホクトはジャンパーのポケットに手を突っ込んで首をすくめた。視線の先には風でさざ波のたつ濃い青の湖。水面には無数の白い鳥がうごめいている。こんなにたくさんの白鳥を見たのは初めてだ。まとめて見ると、白鳥という生きものは身体がおおきくてぼってりしている。水面を移動しながら、長い首を縮めたり伸ばしたり、朝日を浴びてオレンジ色に染まった羽根を黄色のくちばしでつついたりと忙しい。そして、思っていたよりもやかましい。
    「先輩、これ、どうぞ」
     いつのまにか横に戻ってきた出水が、コートのポケットから取り出した缶をこちらに渡してくれた。受け取るとまだ温かい。缶コーヒーだ。サンキューと言って、さっそくホクトはプルトップを開ける。
     まだ十一月の頭だというのに、えらく寒い。どう考えても、もっと冬の装備でくるべきだった。移動の荷物を軽くすることにこだわりすぎた。東京駅で会ったときにも出水はずいぶんな大荷物だなと笑ったのだが、たぶん、出水のほうが正解だ。
    「さっき、あっちのふたりにも渡してきたんですけれどね、なんだか逆に迷惑そうな顔をされてしまいましたよ」
     出水が目線だけでさ 2151

    きたまお

    TRAININGロッド・レイス巨人のところで久々に合流したエルリ夜明けまではまだ相当時間がある。
     普通であれば、せいぜい月の光しか届かない夜中に、地上からの赤い炎が空を焦がす。木々や草地が燃えている。あたりはずっと鼻をつまみたくなる焦げ臭い匂いが充満している。炎にあぶられて生木が割ける音、草が燃えさかるごうとした音が絶え間なくしている。白い煙、黒い煙が一帯を覆っている。
     リヴァイの視線の先では、赤黒い小山のようなものがうごめいている。四肢をつっぱり、先へ先へと進んでいる。地を削りまっすぐ進み、進行方向にあるものはすべて踏み潰している。林も、畑も、農家も、大地すらも巨体の下になり、潰れ、燃えかすになっていく。先ほどから馬車の荷台の上からエレンが声をからして叫んでいるが、効果があるようには思えなかった。
     そもそもリヴァイはエレンが壁外で巨人たちを操ったという現場にはいなかった。戻ってきた調査兵たちの証言をあわせると、どうやらエレンが操ったらしいという結論に達しただけだった。あの、意思もなにもない巨人を操るなどできるのかは疑問だった。本気にしたわけではない。女型の巨人にそれらしい行動があったので、いまはわずかな確率でも試さないわけにはいかなかった。 1564

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    TRAINING上司キースに悩むエルヴィン。ちょっとエルリ風味「調査兵団もこちらで不服はありませんな」
     憲兵団師団長が禿頭に手をやり、こちら側を見た。エルヴィンの右に座っているキース・シャーディスは、顔を下に向けたまま、目だけを動かしてエルヴィンを伺う。テーブルに着くほかの人員には見えないように、エルヴィンはあごをわずかに引いた。
    「はい、調査兵団も同意します」
     キースが師団長へ答える。総統局、憲兵団、訓練兵団の各首脳陣がやれやれと首や肩を回した。キースはうつむいたままだ。
     いつからか、団長のキースが部下であるエルヴィンに判断を仰ぐことが増えてきた。最初は些細なことだった。この兵士はどこの分隊が向いているだろうか、兵団の食料の仕入れ先を変更する必要はあるだろうか。エリックはスピードはあるが注意力にかけることがあるので、丁寧に部下を見るフラゴンの下が良いです、いまの出入り業者は憲兵団からの紹介で、仕入れ金額を憲兵団と握っている気配があるので、徐々に変えていった方がいいでしょう。
     そのうちに、キースの質問はどんどん増えてきた。調査兵団の後援になってくれる有力者はいるだろうか、いくらまで資金をひっぱれるだろうか、新兵の訓練メニューを作ってくれ、 2821

    きたまお

    TRAINING106話付近、ニコロが料理人として定着したあたりで、ニコロのご飯を食べる皆さん。初めのうちは海でとったものを食べるなんてどうかしていると思っていた。なにせ、人類は一年前に海に到達したばかりだった。ハンジ団長やアルミンは海にいる魚や虫みたいなもの、なにかわからない黒いぐねぐねしたものも夢中になって追いかけていたが、ジャンは気持ち悪くて触るのも嫌だった。
    「海の幸を食べないなんて、海に囲まれた島の人間としてあるまじきことだ。それだけでもおまえらは十分罪深いよ」
     大皿にどんどん料理を盛りながらニコロが言う。ニコロはマーレ人の捕虜だが、もとは料理人をしていたそうだ。自分の店を持つための資金作りとして、パラディ島調査船に志願し、あっけなくこの島で捕らえられた。口は悪いが腕はいい。
    「いやでも、これを食べるってどうかしてると思ったぜ」
     ジャンは大きな鍋から、真っ赤にゆであがった固い不気味な生きものを引き上げる。昆虫みたいに固い殻に包まれて、真ん中の胴体は四角形、足が左右に五本ずつ出ていた。一番上の足にはザリガニみたいなはさみがあって、気持ち悪いことに全身にびっしり短い毛のようなものが生えている。
    「でも、うまいだろ」
     言葉に詰まった。前回も最初は敬遠していたが、ニコロが 2217

    きたまお

    TRAINING「数式まみれの空箱」
    起動実験直前のスバさんとチクさんの話。ツイったにももうあげちゃった。
    ガラスドアは大人の胸のあたりの高さに幅二十センチくらいの白いラインがはいっている。部屋の外から見ると確かに白い。内側から見ると、黄ばんで見える。ラインの上下は透明なガラスなのだが、それもスモークフィルムが貼ってあるように見える。
     ——強力な空調があっても、駄目だよなあ。
     東スバルは口をぽかりと開けて、煙が出ていくままにした。いま、喫煙室には誰もいない。なにも面白みのない狭い室内を見るのも飽きて、小さなテーブルによりかかってガラスドアから外を見ていた。と、この組織には珍しい白髪頭を後ろでひとくくりにした老いた男が通り過ぎるのが見えた。珍しい、こちらに来ているのか。普段は自ら創設した大宮の研究所に閉じこもりっきりだ。その後ろに、黒い髪の毛をオールバックにした男が続いた。おや、これもまた珍しい。所長のおつきで来たのか。来月、大宮で大きな実験が行われるから、そのための打ち合わせにきたのかもしれない。
     男がドアの前を通り過ぎる際、一瞬、こちらに視線をよこしたようだった。一度、ドアを通り過ぎたあと、ふたたび戻ってくる。自動ドアを開けて入ってくるなり、形の良い眉をひそめた。
    「煙い」
    「喫煙室 2956

    きたまお

    TRAININGのろける団長が書きたかったがあまりのろけなかったエルリ狂犬だとか野良猫だとか言われていることは承知していた。否定する気にもなれない。地下街ではたまたまファーランとイザベルとつるんでいたが、もともとひとりが性に合っている。
     だが、世の中には物好きがいるもので、その最近入った狂犬とやらを見てみたいという御仁があらわれたそうだ。キースの部屋に呼び出され、渋面を作った団長直々に「一日だけある方の護衛を頼みたい」と言われた。
    「調査兵団は壁の外に行くのが仕事じゃねえのか」
     腕を組んだまま言う。机に肘をおいたキースがため息をついた。
    「そう言うだろうとは思っていたが、有力な後援者のご機嫌をとるのも必要なことだ」
    「俺はたまたま立体機動装置を使いなれて、巨人をそぐのがうまいだけだ。壁内で人間相手に手加減するなどできねえ。殺しちまう」
     事実だから仕方がない。殺すことは慣れていても、殺さないように手加減することは慣れていない。
     もう一度キースがため息をついて、顔を斜め上にあげた。視線の先にでかい金髪の男が手を背中側に組んで立っている。エルヴィンは大きな目をリヴァイに向けて口を開いた。
    「調査兵団の仕事は壁外を巨人から人類の手に取り戻すこと。壁外調査 1916

    きたまお

    TRAINING兵長が傷ついた鳥を保護し、元気になったら放す飛び上がった先に、それがいた。
     巨大樹の森はウォール・マリア領内にある。壁外調査の際に比較的安全が確保される場所であるため、工程に組み入れられることが多い。奇行種とおぼしき十五メートル級の巨人が、森の中まで入り込んでいた。届きはしないのだが、巨人が下から腕を伸ばしたり、幹に体当たりをしてくるのがうっとうしくて、立体機動装置を使って樹の上を目指した。
     さすがは巨大樹、地上より二十メートルの高さに上がっても、枝の幅は二メートル以上はある。ひょいっと身体を持ち上げたら、枝の根元、幹のすぐそばに先客がいた。
     最初に目に入ったのが焦げ茶色に黒の混じった平たい頭だ。頭に比して大きな真っ黒く丸い目。目の上のひとすじと、ほおはほとんど白に近い茶色だ。とんがった先をもつ下向きの黒いくちばし、翼の色は頭と同じ焦げ茶で腹には茶色の斑が入っていた。体長三十センチもなさそうな小さな鳥だ。
    「おっと、悪いな」
     人に驚いて飛び立ってしまうだろうと思い、リヴァイは言った。が、予想に反して鳥は飛び立たず、首を少し傾けてリヴァイを見ただけだった。よく見ると、左の足の爪の先が黒い。血だ。
    「なんだ怪我してるのか」
    2558

    きたまお

    TRAINING夜空を見ているエルリ。リヴァイが調査兵団に来て間もないころ、空を見上げているところに出くわしたことがあった。
     兵団本部から夜、帰ってきて馬房に馬をつなぎ、兵舎を見上げたら屋根の上にいた。リヴァイだとわかったのは、その影が非常に小柄だったからだ。いや、女性兵士を含めたら小柄な兵は他にもいる。エルヴィンは、それがリヴァイだと遠くから影になった全身像を見ただけで思ったし、もう少し近づいて月明かりが届いたとき自分の予想が正解であることがわかった。
     両手を腰にあてて、顔を斜めにあげている。風が吹き、長い前髪がゆれた。驚くほど細い腰だ。立体機動装置を使いこなし、また地下街で捕らえるときに格闘もしたから、細く見えても必要な筋肉がついていることは知っている。だが、こうして見上げてみると、その細さが際立って見えた。
     エルヴィンの両手ならば、指で作った輪にすっぽりと抱え込めるのではないか。
    「なんだ」
     頭上から声が振ってくる。声の後に、小作りな顔がこちらを向いた。エルヴィンがいることなどとうに気がついていたということか。
    「なにをしている」
    「俺の勝手だろう」
     吐き捨てるように言われた。言葉と一緒に実際、なにかの思い 1229