他の表現があったはず顕現してから言葉を使うのが苦手で困っている。ご飯は｢うまい｣、戦は｢たのしい｣、短刀たちは｢かわいい｣。それだけでは駄目らしい。この世には、もっと沢山の言葉があって、それを使わなければならないらしい。まだまだ俺は、どう言えば良いか分からないことが多い。
一緒に洗濯物を干していた加州が、｢ずっと聞きたかったんだけどさ｣と切り出した。んあ、と答えてシーツを洗濯竿にかける。加州はタオルに洗濯バサミを挟んで、｢御手杵と蜻蛉切って付き合ってんの？｣と尋ねる。ぴたり、と俺の手が止まる。｢付き合ってる｣という言葉の意味は分かる。恋人同士ってことだ。恋人同士ってなんだ？秋田に読み聞かせた姫と王子みたいなことか？なんだか違う気がする。うんうんと考えて、なんとか答える。

黄昏泣き皮膚を切ったら血が出るように涙が溢れ出る。
なんということはない、無意識に流れる。夕暮れ時に突然に始まり、放っておいたら1時間くらいで収まる。集合体だからか、バグというやつか、原因はハッキリと分からない。

｢黄昏泣きなのだろうな｣
俺を腕の中に収めた三日月さんが言う。俺の両目からはダバダバと涙が出ている。いつからか、俺が涙を垂れ流す時、三日月さんは俺を腕の中に収めるようになった。まるで隠すようなその行為は、少し気恥しさと居心地の良さを感じていた。
｢なんだそれ？｣
｢人間の赤子は黄昏時に訳もなく泣くらしい｣
ムッとする。赤子扱いしている。
｢俺と同じってか？｣
三日月さんは、袖で涙を拭った。宝物の埃を払うように。

悶々ベッドに横たわっていたら、白いシャツが床に落ちるのが見えた。
思わず視線をスティーブに向けると、ギリシア彫刻のような身体が目に飛び込んでくる。
砂漠で水を求める人のように掠れた声で名前を呼ぶ。
スティーブは俺にゆっくりと覆いかぶさり、唇を重ねた。キスは次第に深まり、スティーブは俺の服に手をかける。

肌を重ねることは好きだ。ぬるついた皮膚が溶け合ってスティーブと境目が無くなるような気がするから。洗脳以外で自分が自分じゃなくなるのは初めてで、狂いそうな快楽の中で自分に血が通っている感覚を呼び起こす。俺を生に縛りつけているのはスティーブだと思い知らされる。そのことが憎らしく何よりも愛しかった。

｢僕を見ろよ｣
ギラついた青い瞳に、思わず吹き出してしまう。

湯上り 風呂上がりに廊下ですれ違っただけだ。それだけなのに、長曽祢に手首を掴まれた。戦の帰りであろうか、ところどころ泥と血が付いている。長曽祢は何も言わない。軽口でも叩いてくれれば手を振り払うことが出来たのに。あまりにじっと見てくるから、虎に睨まれた何とやら、心臓は早鐘を打ち動けない。汗が一筋頬を伝うのが目に入り思わず、はっと息が漏れた。それを合図にするかのように長曽祢は自室に向けて俺の手を引く。湯上りの身体がじんわりと汗ばむ。