「ただいま」
玄関から正守の声がする。
「おかえり。時間わかんなかったからご飯準備してないよ。どうする?食べに行く?」
良守はいつものことなので、ソファに座ってスマホを見ながら玄関から向かってくるであろう正守に声をかける。
リビングを仕切る扉が開くと、青白い顔をして今にも死にそうな正守が入ってきた。
「おわっ!どうしたんだよ?」
そのまま近づいてくると、ソファに座っている良守にそのまま雪崩れ込む。
「なんか疲れすぎて体が重いんだよね」
「なんか体熱くねぇ?」
おでこに手を当てる。
「やっぱり熱いよ。熱あるんじゃね?体温計持ってくるからちょっと待ってろ」
「そんなの大丈夫だから良守補給させて」
「バカ言ってるなよ。ちょっと離せって」
なんとか抜け出して体温計を持ってくると無理やり計らせる。
「ほら、38.5℃もある。どっかで風邪もらったんだろ」
「頭領なのにありえん」
「頭領とかそういうの関係ねぇから。とりあえず布団いこ?立てるか?」
良守も大きくなったとはいえ、自分よりも大きい正守を支えてなんとか寝室まで運ぶとベッドに横たえる。
「着替えできる?」
すでに熱で朦朧としてきている正守を見て、クローゼットから着替えを持ってきたが動きも緩慢になってきていたので仕方なく手伝ってやる。
「すまん」
「いいって。とりあえず寝てろ」
力なくベッドに横たわる正守に布団をかけ部屋を出ていった。
キッチンに戻ると冷蔵庫を開けてため息をつく。
「病人が食えそうなものなんもねえな」
とりあえず濡らしたタオルと氷枕を手に部屋に戻る。
正守は寝苦しそうにしているので、そっと頭を持ち上げて氷枕を差しいれ、おでこには濡れたタオルを乗せてやる。
「ちょっと買い物行ってくるけど、すぐ戻ってくるから」
聞いているのかわからなかったが声だけかけて財布を片手に買い物に出た。
しばらくして袋を抱えて部屋に戻ると寝室をのぞく。先ほどよりは落ち着いているように見える。
「薬飲むにしてもまずは何か食べないとだよな。おかゆなら食えるかな」
台所でおかゆを作り始める。それに買ってきた桃を剥く。墨村家では小さいころ熱を出した時に桃缶がでてきたが、スーパーでちょうど特売だったので生の桃を買ってきた。
できあがったものをお盆に乗せて寝室まではこぶ。
「兄貴、薬飲むのにちょっとだけでも食えるか?」
おでこに乗せたタオルは温くなっていたのでそばに置いておいた洗面器の水に浸す。
「いらない…」
「でも食わないと薬飲めないし。ちょっとだけでもほら」
そう言いながらスプーンに取ってふうふうと冷ましてやる。
「ほら」
半身をなんとか起こした口元に運んでやる。なんとか茶碗半分くらいまで食べたところで力尽きベッドに沈む。
「桃なら食える?プリンも買ってきたんだけど」
「………」
「無理か。じゃあとりあえず薬だけ飲んで」
甲斐甲斐しく世話を焼く普段なかなか見ない良守の姿に、熱で朦朧としながらも正守は幸せな気持ちになる。
「幸せすぎて死にそう…」
「バカ言ってんな!早く治せよ」
照れ隠しに強めの口調になって怒るとそのまま部屋を出た。
しばらくしてぐっすり寝ていた正守はふと目を覚ました。薬が効いたせいか寝る前よりかなり楽になっている。
部屋の光源は極力絞られているが真っ暗ではない。ふとベッド脇を見ると、ベッドに寄りかかって本を読んでいる良守がいた。
「良守?」
思っていたよりも掠れた声になった。
「兄貴?起きたの?具合どう?」
タオルをよけておでこに手を当て、熱の具合を見ている。
「だいぶ楽になった。ありがとう。でも、お前ずっとここにいたのか?」
「ずっとじゃないけど。目が覚めた時誰もいないと心細いかなと思って。それより、なんか食えそう?さっきほとんど食ってないし。桃剥いたのあるけど」
「あぁ、じゃあせっかくだし食べようかな」
「ちょっと待ってろ」
そう言いながらキッチンに取りに向かうついでに氷枕の中を入れ替えてくる。
「自分で食べられる?」
そう聞きながらも、ベッドの端に腰掛けフォークに刺した桃を口元まで持ってきてくれる。そのままパクっ。冷えた桃が火照った体に染み渡る。良守に食べさせてもらってるというシチュエーションだけでも美味しさが増す。
「水は?スポドリのほうがいいかな。これ飲んでもう少し寝た方がいいよ。俺ここにいるからさ。なにかあったらすぐ言って」
布団に再度潜った正守を心配そうに見つめる。こんなことがあるならたまに具合悪くなるのも悪くないなと不埒なことを考えながらも、熱のせいかうとうと眠りにつきそうになるが、ここまでしてくれるのならもうちょっとだけ甘えてもいいかなと思いつく。
「なぁ、良守」
「ん?どうした?なんか欲しい?」
「ううん。寝るまででいいから手繋いでてくれない?」
「は?何言ってるんだよ。心細いのか?」
「うん」
素直に頷くと、一瞬ビックリした顔をしたが照れながらも優しく手を握ってくれた。
正守は幸せな気持ちに満たされながらもすぐに眠りに落ちていった。
翌朝、目が覚めると昨晩のようなだるさもなくスッキリとしていた。
ふわ~っとあくびをしながら伸びをしようと思って、手の違和感に気づく。良守が手を握ったままベッドにもたれるようにして眠っていた。
「あれ?良守もしかしてずっと握っててここで寝ちゃったのか?」
「ふあぁぁぁ、兄貴おはよう。具合どう?ってか体痛えぇ」
「お前そのまま寝ちゃったのか?」
「あぁ、なんか珍しく兄貴甘えただなぁと思って、顔見てたらいつの間にか寝ちゃった」
悪びれた様子もなく言うと、正守のおでこに手を当てる。
「うん、もう大丈夫そうだな」
それだけ言うと、濡れたタオルと氷枕、昨夜食べた桃の皿を持って部屋を出て行った。
汗で濡れたシャツを着替えてキッチンに向かうと、良守はいつものように朝ごはんを準備していた。
「良守、ありがとな」
「なにが?」
「看病とかいろいろ」
「別に大したことじゃないし、お礼言われるようなことでもないし」
「そっか。でも良守のおかげで一晩で治ったし、今日はお礼になにかするよ」
「そんなんいいって!」
「でもほんと助かったし、なにかして欲しいこととか」
「いいよそんなの!………でもそんなに言うなら……昨日みたいにちょっと甘えてほしい…っていうか…」
だんだん声が小さくなってきて最後の方は聞きとれないほどになる。
「え?聞こえなかった」
「やっぱりもういい!」
語尾までははっきりは聞こえなかった正守だったが、良守が耳まで真っ赤になってそっぽを向いてしまった理由は勘の良さで気づいた。そんなかわいい姿を放っておけるわけもなくそばまで行って抱きしめる。
「良守、ほんとにいいの?兄ちゃんなんでもしてやるよ?ちゃんと言って?」
耳元でささやくと、さらに顔を真っ赤にする。
「クソっ!このエロ坊主!耳元でしゃべるな~!!お前は一生寝込んでろ!!」
照れ隠しだとわかるその暴言に笑いながら、キャンキャン吠える良守を抱えるとそのまま寝室へと消えていった。
結局ベッドの上で正直に言わされた良守のリクエストに答え、一日甘々な時間を過ごした。