渋谷正守は、渋谷駅のハチ公前で良守と待ち合わせをした。
呼び出す口実は簡単。
-うまいスイーツの店見つけたから行かないか?
正守自身は、幹部の仕事で都内に来ることも多く、その都度スイーツの店を探索しては、良守を誘う口実にしようと考えていたところだった。
良守は大学で東京にきたものの、新生活に慣れるまではあまり誘わないほうがいいかなという気持ちもあり、しばらく会えていなかったので久しぶりだ。
そして、都心部から少し離れたところにキャンパスがありその近くに住んでいるので、渋谷なんてほとんど来ることもないだろう。用事がなければ来ることもないだろうし、ちょっと都会の空気を感じさせてやりたいという兄心(というかマウントを取りたい気持ち)もある。もし、もう渋谷に慣れてたらお兄ちゃん泣くけども。
というのは表向きで、やっぱりデート気分で一緒にでかけたいというのが本音だ。
正守は早めに駅に着くと、正守を待つ良守を観察しようとハチ公が見える少し離れたところに立った。
都会の雰囲気に慣れていない良守が挙動不審にアワアワしながら来る姿を眺めて、あとで笑い話にしてやろうという出来心だ。
しばらくすると、改札から良守が出てきた。一丁前にモバイルSuicaなんて使ってる。まあ、今の時代当たり前なんだけど。
事前に調べてきたのか、少しキョロキョロと周りを見回してハチ公像を見つけると、まっすぐにそちらに向かっていった。
だが、みんなが待ち合わせの目印にするものだから、その周りには多くの人がいて近くまで寄ることができない。
仕方なくハチ公からあまり離れずに待っていられる場所を見つけると、改札のほうを向いて立った。
来た時にすぐわかるようにということなんだろうけど、その改札から向かわないかもしれないってことは頭にないのだろう。
そして、正守はすでに改札を出て良守を眺めている。来るはずのない正守を一生懸命探している姿はかわいい。
面白いからもう少し観察することにした。
(ちょっと早めに来ちゃった。渋谷なんてテレビだけの世界かと思ったけど、意外と楽勝だったな)
良守は、正守から入学祝いにもらった腕時計を見て、待ち合わせまでまだ時間に余裕があることにほっとした。
とはいえ、やはり渋谷。人が多すぎる。待ち合わせ場所に指定されたハチ公も思っていたほど大きくない。地元にあったハトの像のほうがよほど目印として役に立つだろうに。
人の多さに埋もれてしまっているし、こんなに待ち合わせの人が多かったら正守が来ても良守を探すのは大変かもしれない。
そう思って、来たらすぐわかりそうな場所をキョロキョロと探しつつ待っては、人に隠れてしまってまた移動を繰り返した。
「あのぉ、もしよかったらカラオケ行きませんかぁ?」
「あ、、え・・・」
横から急に話しかけられると思っておらず、びっくりしてしどろもどろになってしまう。
「お兄さん、さっきから不思議な動きしてるけど、よかったら私たちと遊びません?」
振り向くと、若干派手なメイクと服装をした女性2人組がいた。
「あ、あの、知り合いと待ち合わせしてるんで」
「彼女?」
「いや、違います」
「じゃあ、友達?その子も一緒でいいよ!」
答えるまで逃げられなそうだ。そしてこんなグイグイ来られたらどう逃げたらいいのか分からない。でも、こんな姿を正守に見られたらめんどくさい。
「友達じゃなくて兄貴なんで!!」
「え~じゃあそのお兄さんも一緒にどう?」
こんな二人に囲まれて、どうしたら抜け出せるのか。都会怖い、もう帰りたい、こんなとこで待ち合わせした兄貴のバカヤローと心の中であふれてきて、それが目からあふれそうにる。
「悪いけど、二人で出かけるからゴメンね~」
突如降ってきた低音ボイスにはっと顔をあげると、正守がニコニコしながら二人の女性の間に割って入り良守のそばまできた。
その笑顔に二人の女性はぽーっとしてしまっているが、その笑顔の正体が実は恐ろしいことを知っている良守は冷や汗が出てきた。
こんな風に女性にナンパされていたのを見られて、あとで何をされるかわかったものではない。
「あ、兄貴、あの、俺断ったからね?」
「ん?そうなのか?」
必死に言い訳をする正守に張り付いた笑顔は、良守には目もくれずに女性を見ている。が、その笑顔の下にある感情は、二人を一瞬で消すことすらできるに違いない。
「弟が迷惑をかけてたみたいでゴメンね。でも、俺たち用があるから他当たってくれる?」
言葉は優しいものの、言い方はナイフのようだ。
「あ、大丈夫です。すみませんでした。他探してみますね~」
さきほどの勢いはどこへやら。二人はそそくさとその場を去っていった。
「さて、良守行くか」
「あ、兄貴ごめん」
「なにが?」
「あんなナンパ初めてでどうしていいかわかんなくて・・・」
良守を見ずに行こうとする正守を見て、怒らせてしまったようで泣きたくなる。久しぶりに会えると思っていたのにスタートからくじけてしまった。
「なんで泣きそうになってんだよ。お前断ったんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ問題ない。せっかくのデートなんだからそんな顔するな」
「で、でーと!?」
「違うのか?」
「そ、そう」
「だよな」
そういうと先ほどまでの貼り付けたような笑顔とは別の笑顔を見せ、良守はほっとした。
「じゃ、記念にハチ公の前で写真でも撮っておくか」
そういうと正守はスマホのインカメラを起動すると、良守を引き寄せシャッターを押した。
「ち、近いって!」
周りからの好奇な視線がグサグサと刺さり、この場からすぐ離れたい。
「なんで?兄弟なんだからいいだろ」
こういう時だけ都合よく兄弟を持ち出す。まあいいけども。
「さて、スイーツ食いに行くか!今日は5軒回るぞ!」
「え?5軒?聞いてない!」
そうは言いつつも、正守が選ぶスイーツが美味しくなかったことはなく、良守は現金にも一気に気分が浮上した。
「兄貴、早く行こうぜ」
正守の腕をつかむと走り出す勢いで引っ張った。
「色々と楽しみだな」
正守は、今日のスケジュールを頭の中で再度調整した。
その後、仲良くスイーツ店巡りをした二人は宵闇に紛れてホテル街へと消えていった。