縁側であぐらをかいて座りながらうとうと船をこぐ。
暑くもなく寒くもないこの季節のまどろみは最高だ。
封印後、仕事に忙殺されていたが、かなり久しぶりの休みが取れたので実家に顔をだしたのが昨晩だ。
みんな喜んでくれて、おじいさんに遅くまで将棋に付き合わされたのでとても眠い。将棋とは名目で、今の裏会の状況が知りたかっただけなのかもしれないが。
しばらく直接顔を見ることができなかった良守ともう少しいろんな話をしてすごしたかったのだが、ふりそそぐ日差しがあたたかく、誘われた眠気には勝てない。
良守は、台所でお菓子作りに勤しんでいる。自由な時間ができたとはいえ、せっかくの休みに楽しんでいるのを邪魔するのは気が引けた。前だったら揶揄っていただろうから丸くなったということだろうか。
しばらくしてふと意識が浮上する。隣に人の気配を感じたからだ。
目を開けて働かない頭でぼーっとしながら横を見ると、良守が座ってこちらを見ている。
「ん?なに?」
「眠いならちゃんと寝れば?」
「いや。昼間に寝入ってしまうと体がだるくなってしまうからな」
「そんな寝づらそうな体勢だと逆に疲れるじゃん」
「まあ、仮眠だから」
「ふーん」
そういうと視線を庭にそらし何か考え事を始めた。珍しいこともあるものだとみていると、改めてこちらを向き、思ってもみなかった言葉を口にした。
「じゃあさ、横にぐらいなったら?膝貸してやるから」
「へっ?」
言ってる意味がすぐに理解できず変な声がでてしまった。
「だから!ちょっとでも横になったほうが楽だろ。そんなに目の下にクマ作りやがって。膝枕してやるって言ってるの!」
「珍しいこともあるもんだ。明日は雨か?」
思わずこぼれてしまった感想に、良守はこぶしをプルプルさせる。
「人の好意は素直に受け取れよな」
まったくこの弟は。人の機微な変化には目敏く気づく。
「ちょっと仮眠して目が覚める頃にはちょうどケーキ焼けるから。甘いもの食えば少しは元気になるだろ。ほら」
そういうと、足を投げ出して座り腿をぽんぽんと叩き有無を言わせない。
これではどちらが兄かわからない。仕方がないので、ゴロンと横になると頭を乗せる。
くすぐったかったのか最初はもぞもぞと動いていたが、おさまりのいい位置に固定すると静かになった。するとしばらく経ってからあろうことか肩をポンポンとリズムよく叩きだす。
慌てて寝返って顔を見上げると目が合った瞬間、顔が赤くなるのが見えた。
「いや…えっと…昔、兄貴がよくやってくれたから、そのほうが寝れるかなと思って…」
どうやらすでに寝入っていたと思っていたようだ。せっかくの気遣いを揶揄う気にもなれず、そっかとだけ言ってまた寝返る。何も言わなかったからかしばらくするとまた同じようにリズムよく叩きだす。これはまるで子供扱いだと思わなくもなかったが、心地よいリズムにいつのまにか眠りに落ちていた。
甘いケーキの匂いに誘われて目を覚ます。時間にするとそんなには経ってないだろう。
気づくと肩には良守のパーカーが掛けられ、膝枕の代わりに二つ折りにした座布団が置かれていた。
起き上がって伸びをする。そういえば子供の頃の懐かしい夢を見たような気がするが、寝る前の良守のおかげだろうか。板の間だったとはいえ久しぶりにぐっすりと昼寝をしたような気がする。
夢の内容を反芻しながら庭を見ていると良守が様子を見に来た。
「あれ?起きた?」
「ああ。いい匂いに誘われてな」
「ちょうどよかった。今焼けたから切ってくる」
今日は至れり尽くせりだ。本当に明日雨が降るんじゃないだろうかと空を見上げる。そんなことを考えているとお盆の上に切ったケーキを2つ乗せて運んできた。
「今日は、スペシャルふわふわチーズケーキだぜ」
「どれ。じゃあ食べてみるかな」
フォークでひと口切るのもふわっとしていて、口にいれるとまさに溶けてしまうような食感だ。
「うん!うまい!」
心配そうに見ていた良守は、ほっと一安心したのか自分でも食べ始める。
「よかった。今回は成功して」
「前は失敗したのか?」
「オーブンから出したらぺしゃんこだった」
「そうなのか。今回のはお店で出してもいいと思うけどな」
「ほんと!?まだあるから兄貴いっぱい食べて帰って!痩せすぎだからな、父さんがまた心配する」
それだけ言うと、恥ずかしくなったのか自分の分を急いで平らげてそのまま台所に戻ってしまった。
これは自分のために焼いてくれたものだと思ってもいいのだろうか。帰ってきて疲労感たっぷりにやせこけた兄を心配してくれたと思ってもいいのだろうか。まだ手元にあるケーキを見つめながら考える。
長年あった深い溝は、こちらが思うほど深くはなかったのかもしれない。いや、逆に弟が埋めてくれているのかもしれない。
もう少し頻繁に帰ってきて少しは兄らしいことでもしてやるかと考えつつ、残りのケーキを頬張った。