これは二人の未来のはなし 自動ドアを潜り、まず視界に飛び込んできたのは、ごろりと大きなかぼちゃだった。
オレンジと黒。それから、黄色と紫。コウモリ、蜘蛛の巣、ランタン、おばけ。華やかな装飾が売り場を彩っている。
今日は十月三十一日。そう、ハロウィンだ。
降谷は近所のスーパーマーケットを訪れていた。と言っても、降谷の自宅の近所ではない。宮野志保の、自宅アパート兼ラボの近所である。
とある事件に関わる映像解析を依頼するため、夕刻に彼女の自宅を訪問した。依頼はまだ終了した訳ではない。現在進行形で、解析をしている真っ最中だ。
懸命に解析を頑張ってくれているのは、彼女が開発した万能な解析ソフトで。その間、人間は暇を持て余すことになる。
時間も時間だったから、夕食を食べようかということになって。けど、長時間自宅を空けている訳にはいかないから、家で食べようということになって。それならば買い出しをしなくては、と。そういうことになった次第だ。
「せっかくだから、ハロウィンぽい料理でも作ろうかしら」
「このかぼちゃを使った料理ってことか」
右手を伸ばし、二分の一にカットされたかぼちゃを手に取る。種がしっかりと詰まっており、ずっしりと重い。果肉の色は鮮やかで、皮の色は艶やかだ。
申し分ない品質だろう。カートに乗せたカゴの中へ、そっと入れる。
「和風より洋風……かな」
「かぼちゃのミートドリア、とかは?」
「いいな、それ。美味そう」
メインが決まれば、あとは副菜だ。サラダとスープにしようと、二人の意見は一致した。冷蔵庫の中身について志保に確認を取りながら、必要な材料を一つずつ選んでいく。
ハロウィンは、元々はアイルランドに暮らしていたケルト人が起源の祭りらしい。彼らにとって秋の終わりであり、同時に冬の始まりでもあるこの日は、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたそうだ。
日本でのお盆のようなものだろうか。しかし、現在この国に伝わるハロウィンは、全く性質の異なった楽しく愉快なイベントへと変化している。
「降谷さん、見て見て。ハロウィンのお菓子、たくさん売ってるわ」
野菜売り場、精肉売り場などを抜けて、菓子類のコーナーにたどり着いていた。
ハロウィン限定のパッケージをした袋菓子が、陳列棚にたくさん積まれている。これらは、今日中に売り切りたい商品だ。夕方の集客ピークを前にして、早くも値引きされているものもあるようだった。
「こういうのって、中身は普通のお菓子と一緒なの?」
「たぶんそうじゃないかな。けど、見た目が可愛いよな」
「そうよね。せっかくだし、いくつか買っちゃおうかしら」
志保は右手にチョコレート、左手にクッキーの袋を手に取った。視線の先があっちへこっちへ。棚に並ぶ別の菓子にまで、目移りしてしまっているようだ。
「全部買う?」
ついつい、口元が緩んでしまった。志保は、ハッとしたようにこちらを見た。
「ご、ごめんなさい。私、浮かれすぎよね」
いい歳して、恥ずかしい。その顔には、そう書かれているようだった。決まりが悪そうにして、志保は両手の袋を手放した。
「いや。僕も浮かれてるよ。全部買っちゃおう」
伸ばした手で、まずはチョコレートの袋を掴む。次にクッキー。それから、パイ菓子にポテトチップス。掴んではカゴに放り、掴んでは放り……と繰り返していく。
「えっ、ちょっと待って! そんなに?」
「だって、食べるのは今日中じゃなくてもいいんだし。けど、買えるのはもう今日だけだぞ」
あっという間にいっぱいになってしまったカゴを見て、志保は丸めた目を瞬いた。
「貴方……結構浮かれてるわね」
「浮かれてるって、さっき言ったろ」
どうやら、見た目にはそう見えないらしい。けれど、やはり浮かれている。
そりゃあ当然浮かれるだろう。浮かれるに決まっている。
「降谷さん、こういうイベント好きなの?」
「そうだな。結構好きだよ」
クスリ。未だ不思議そうにしている志保の目を見て、微笑みかける。
「付き合ったら、こういう年中行事のイベントごとなんかは、大切にするタイプかな」
「……えっ」
「意外だった?」
「へっ?」
「クリスマスに、誕生日に……。あとは何があったっけ」
見る見るうちに染まり上がっていく、白い肌。
そのあからさまな変化を確認しながら、一つ一つ言葉を選び、声に乗せて畳み掛ける。
「……け、けど……」
「ん?」
「降谷さん……お仕事、忙しいでしょう」
彼女も言葉を選んでいる。遠慮がちに、ぽつりぽつりと零れる小さな声。
「それはまぁ、そうなんだけどさ。……その時は、あとで埋め合わせするぐらいしか、できることはないかもだけど」
苦笑いを浮かべる。避けられない現実はある。しかし、当然理想だってある。
志保の瞳が、降谷の口元を見つめている。眼差しから、緊張が伝わってくる。
「大切な日を大切な人と過ごしたい。そういう気持ちはもちろんあるよ」
目と目が合う。大きな瞳を真っ直ぐに見据えて、そして。
「僕だって、ただの男だ」
綻んだ唇から、情けない本音が零れ落ちた。
「あの……あのね」
「うん」
「ハロウィンも、クリスマスも、誕生日も。……一緒にいたいって、思う。わ、……私も」
志保は俯いてしまっていた。
さらさらと落ちる髪。見えなくなった横顔。
その中で一つだけ、覗いている真っ赤な耳。
「……うん」
志保には見えていないけれど、降谷は小さく頷いた。
広げた右手を、丸い後頭部の上に乗せる。滑らかな髪を、そっと撫でる。
想いが滲む。混じり合う。
溢れ出すまで、あと少し。