思いやりのパニック/ハッピーバースデー、をもう一度思いやりのパニック/ハッピーバースデー、をもう一度
まっくらやみの、ろうか。あかるいのはおつきさまだけ。そんなまっくらななかで、はなしごえがきこえてきた。
ねぇねぇ、最近、ひどいんだよ。ユウタって。
昨日は2時でしょ。おとといは3時に寝たの。お仕事忙しいのは分かるけど、寝てないし、目の下のクマもすごいし。夜はずーっと、戦ってるか、パソコン、の前!ごはんはなんとか食べてるけど、眠ってないの!休んでないの!
心配か?
うん!ユウタにちゃんと休んで、元気になってほしい!!ちゃんと言わないと、だめだよね。
そうだな。ちゃんと言わないとわからないことも多いと思う。
じゃぁ決まり! お料理の作り方とか、教えてくれてありがとう。えっと、お兄ちゃんも頑張ってね。
あぁ。ありがとう。
思いやりパニック
ピピピ。ピピピ。いつも通りのアラームに起こされて、目を覚ます。
でも、目の前にあるのはいつも通りじゃない光景だった。
「あー、起きた!おはよう、ユウタ。ご飯作ってるから、待っててね。」
「起きたか。おせえぞ。冷めるからとっとと支度しろ。」
「しゃけしゃけ。」
「・・・え?」
あまりに見慣れた小さな少女と、同期のエプロン姿がそこにあった。かつて自分が涙とともに見送ったはずの人・・・いや、姿は同じだけど、違う気がする。でも、リカだと直感が起き抜けの頭にささやいていた。
それから十数分後。
焼き魚に卵焼き、。キャベツと油揚げの味噌汁。炊き立てのご飯が並んだ食卓を囲んで、食事と一緒になんとか事情を呑み込もうとしている自分がいた。
「だから、目が覚めて、筋トレしようと部屋の外に出たら、こいつがいたんだよ。な。」
「うん。マキもイヌマキも、ちゃんとリカに気づいてくれたの。それでね。リカがユウタにご飯作りたい、って言ったら手伝ってくれたの。」
「まぁ、一人分作んのも、3人分作んのも、4人分作んのもかわんねぇし。こいつ、味付けうまいんだよな。材料代、後で半分払えよ。コンビニにひとっ走りして買ってきたんだ。それから、包丁はあぶねぇから、私らが切ったが。」
「明太子。」
おいしい。フライパンで焼いたとかいう焼き魚も、甘めに味付けされた卵焼きも箸が進むし、塩加減もちょうどいい。味噌汁のだしもなんというか、自分好み。起き抜けの体に温かい食事が染みる。でも。
「どうして、リカが・・・?人の姿に??え、っと、リカ、だよね?」
「うん。ユウタといっつもいっしょにいるほうのリカだよ。」
「お前のことが心配だから、こうなったって聞いたぞ。」
「ユウタ!この一週間寝てないでしょ!ごはんもあんまり食べてなかったし!だからね。リカがお世話することにしたの。大丈夫。今まで通りに戦えるし、力も変わってないし。え、と・・・ユウタの呪具もちゃんとしまってあるよ。」
「ま、せいぜい機嫌を損ねないように頑張れ。」
「しゃけしゃけ。」
まぁ、そこからが大変だった。
確かにパンチやキックの威力は変わっていなかった。見た目がドロップキックやとび膝蹴りに変わっただけだ。でも、ワンピース姿で戦うものだから、大変によろしくない。よろしくないと思ったのでその場でハーフパンツをもってきてもらった。
なにより、武器をスカートの中から取り出そうとしたのには驚いた。
「どこで覚えたの・・・リカちゃん・・・」
「えいが!ゆーじと、ユウタと、まえにいっしょに見たスパイのやつ。」
「さっきのキックは?」
「ユージのやつ!格好いいでしょ!」
ダメだ。頭痛を通り越してめまいすら覚えそうだ。
ハッピーバースデー、をもう一度
「・・・もうすぐ、降りそうだな。長雨にならないといいが。」
「こう」なってから、天候に対する感覚が鋭くなった気がする。家入からは心配しなくていい、と言われているし、洗濯物を取り込むタイミングもわかるから、いささか便利ではあるのだが。
雨が降る前に、背中から、首元にかけて、ひりひりとした感覚が湧き上がってくる。
その背中―正確には後頭部から尾てい骨のあたりまで―には、今も焼かれた時の傷が残っている。あの時はとにかく悠仁を守ることで頭がいっぱいだった。自分が生き残ることなんて考えてもいなかった。
だが。
「死ぬな。脹相」
悠仁が無意識に発したその言葉を聞いて、呪力が膨れ上がった俺は無意識に反転術式を回していたらしい。
血の壁とともに崩れ落ちた俺を、とっさに東堂が送り、家入たちが治療してくれたのだそうだ。
弟たちに、悠仁が呼んでいるから、戻れと押し出され、意識が戻ったのはすべてが終わった後の数日後だった。目を開けた俺の前には涙を目いっぱいに浮かべた悠仁の顔があった。
それから年が明けて、火傷だらけの体を動かせるようになって幾分かが経った。
高専預かりの特級呪物兼、呪術師虎杖悠仁の兄。その扱いは変わらない。
渋谷での件もあり、再封印の話も出たが、乙骨や東堂、悠仁など、の連名の嘆願書もあって、その件は無期限の見送りになったそうだ。あとで見せてもらったが、自分のための署名が思ったより多いのにも驚いた。
その代わり、呪術師に準ずる形で任務に参加すること、時々負傷者の治療・補助にあたることで罪を償うように、契約を結んだ。反転術式を使える人材は貴重だから、生かされたというのもあるらしい。
ぼんやりと考えを巡らせていると、声がする。
「おーい。虎杖の兄貴。持ってきたわよ。はい。あんたの分。」
「あぁ。助かる。」
眼帯の女呪術師が釘崎野薔薇という名前で、壊相と血塗と戦ったやつだ、ということは最近になって知った。殴り合いになる寸前でもちろん悠仁に止められ、話をするうちに、「とりあえずお互いに、和解はしないけど悠仁を泣かせることはやめよう」ということになった。
手渡されたのは、皮膚用のメディカルクリームだ。 家入と相談したうえで、釘崎が取り寄せたのを悠仁が見つけて、俺にも薦めてきた。
「使ってみてどうよ?あたしはぼちぼち痣薄くなってきたけど」
「俺はまだ時間がかかりそうだな。水が沁みないのは助かる。」
「そっか。もう一パックなくなったら頼むか・・・。また虎杖に渡しとく。つーか、虎杖の兄貴、通販使いなさいよ。便利よ。置配もできるし。」
そして、支給されたパソコンの前で俺は頭を抱えることになった。
心配した悠仁が覗き込んでくる。
「脹相・・・使い方、大丈夫なん?」
「それは問題ない…釘崎が教えてくれたサイトまでは行けたんだが一つ、問題があってな…。」
「固まって、どうしたん…て、あ。」
{生年月日を入力してください}
俺には誕生日と呼べるものがない。人として生まれることができていないのだから、当たり前のことなのだが。
「今まで書類とかどうしてたんだよ…。」
「高専に出したときは空白で問題ない、と言われた。」
なぜなら、俺は規則の上では「呪物」だからだ。気にすることもなかった。
しかし、目の前の悠仁はしかめっ面のままだ。
「っていったって、無いと不便だろ。心当たりとか・・・」
「ない。」
「俺と一緒の日にする?」
「俺はお前の兄だ。同じ日に生まれた、とするのは・・・あ。」
「どったの?」
11月16日。と入力して、キーボードの決定キーを押した。
「なんで、11月16日?」
「九十九に、言われたのを思い出した。人として生きろ、と言われたんだ。」
「呪いとしての君はここで死んだ。生きろ、今度は人として」
そう言われたのが、奴と戦った日だから、覚えている。受肉した日は10月31日より前であることは覚えているが、正確な日付は覚えていない。
だから、この日にしよう。人として生きろ、と言われた日。悪くない、と思う。
「そっか。じゃ、11月になったらケーキとプレゼント、用意すっから覚悟しとけよ。」
「その前に、お前の分が先だろう。もうすぐじゃないのか。」
「あ、マジだ。その時にいっしょにケーキ食おうぜ。」
「あぁ。」
今の俺は、兄弟愛という呪いと、祝福の上に生きている、と思う。
「ハッピーバースデー、とびっきりのやつにしてやるからな。兄貴。」
「あぁ。期待してる。」