余計なお世話! 走行中のダブルトレインの車内はいつも通りにとっても静かで快適なのに、ぼくはどうにも落ち着かないような気持ちになる。ぼくの背中にずっしりとかかる体重は重たくて仕方がなくて、時々ふわふわと首筋や手首に触れる羽毛が酷くくすぐったい。そういう全ての感覚が、今はどうにも鬱陶しくて堪らなかった。
「ねぇ、重たいよ」
思ったよりも不機嫌そうな声が口から飛び出して、ぼくはそっと口を閉じる。拗ねたような悔しいような、そんな曖昧なぼくの気持ちが伝わったのか伝わってないのか、ぼくとそっくり同じ顔が後ろからぼくの顔を覗き込んで、にっこりとご機嫌に微笑んだ。
「あははっ、拗ねてるの?クダリ」
「拗ねてるよ。だってノボリってば、きみが来てからずっとずーっと、きみのことばっかりなんだもの!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!ノボリの馬鹿…ノボリの兄弟はぼくなのに」
背が高くて真面目なクダリにも、小さくて気紛れな猫目のクダリにも、こんな気持ちを感じた事なんてなかったのに。今まで出会った誰よりも“ぼくに自身に近い”と感じる、アーケオスの特徴を持つこのクダリのことが、ぼくはどうにも苦手だった。
そりゃあ、白と赤の混ざった大きな翼や太くて立派な爪や牙は格好良いと思うし、大事な手持ちのポケモンたちとお話出来るなんて夢のようなお話だとは思うけど。
出会って早々にぼくのノボリの興味も関心も好奇心も全部全部攫っていって、その上きみたちのお仕事を見てみたいから、なんて言いながら午前中はノボリにベッタリで。ノボリはノボリで、ぼくにそっくりなクダリに懐かれてデレデレしちゃってさ。最初はすごいな、羨ましいなって思ってただけだったのに。自分でも何でかよく分からないくらい、この"ぼく"に嫉妬してるんだ。出来れば、早く自分の世界に帰って欲しいなって思う。勿論ぼくの心の平穏のためでもあるけど、きみのノボリだって絶対心配してるのに。
「……今度は泣いてるの?」
「泣いてないよ。あのね、きみの世界のノボ……わひゃあ!なっ何!?」
突然腰を掴まれて、ぼくは思わず飛び上がる。ヒトらしくない赤くて太い指の腹や、整えられた鉤爪がコートの上から優しく脇腹を撫で上げた。肌がぞわぞわするのは多分昨日ノボリとえっちしたばっかりだからで、でも、そんな事はバレちゃいけない。この"ぼく"がノボリとどんな関係かなんて、まだ何も分かってないんだから。
「んー…やっぱり細過ぎる気がするなぁ…ちゃんと食べてる?もうちょっと鍛えないと、夜辛くない?」
「…っ、なあに?夜って何のこと?」
「何って…きみもノボリとえっちしてるんでしょ?」
「んぇ……っ!?な、なんで…そんなこと……」
突然の爆弾発言にぼくの頭はパニック寸前。どうしてバレたんだろう。それに、この"ぼく"はきみもって言ったんだ。きみも…って事はつまり、この"ぼく"もやっぱりノボリに抱かれてるんだ。そう思ったら今までのうじうじした気持ちは全部吹き飛んでいって、代わりに何とも言えない羞恥心が襲って来る。
ぼくがまともに言葉を紡げないのを良い事に、まあるい爪の先が器用に肌の上を滑っていく。
「だって、ここにくっきりキスマークついてるし」
首筋を撫でられて身体が震える。そう言えば昨夜、快楽に溺れて意識がふわふわしてる時、ノボリに何度か吸い付かれたような気がする。見えるところに痕はつけないで、っていつも言ってるのに。お返事だけはハキハキしてるのに、全く聞いてくれないんだから。
「最初に会った時からちょっとだけ、腰を庇って動いてるよね」
「ん…っ」
いつもノボリが入ってくる、ちょうど最奥の辺り。ほとんどついてない腹筋をなぞるように爪の先で引っ掻かれて、ぞくぞくと快楽の名残がお腹を疼かせる。腰を庇ってるなんてそんな事、今まで誰にも気付かれた事なかったのに。
やっぱりもっと鍛えた方がいいんじゃない?なんて心配そうに宣う"ぼく"の身体には何だかちょっと悔しいくらいにしっかりとした筋肉が付いているようで、背中に触れた身体には少しだけ厚みがあった。だけど全くもって余計なお世話だし、ぼくもノボリも、身体を鍛える暇があったらもっと楽しい勝負がしたい。
「それにきみからは、きみのノボリの匂いがとっても強く漂ってる」
何だかとっても嬉しそうな声色と、こぼれ落ちた笑い声。事後にはしっかりシャワーを浴びたはずなのに、移り香なんて本当に残ってるのかな。
居た堪れなくて逃げ出したいのに、後ろからがっしりと囚われた身体はいくら身動いでも抜け出せない。同じクダリなのに、どうしてこんなに違うんだろう。
「きみったらこんなにノボリに愛されてるのに、まだ不安なの?」
「ねぇ、もういいから……早く離して?」
「だめ。まだわかってないもん」
「分かってるってば……ひゃんッ!も、もう!今度はなぁに!?」
うなじにピリリと走った痛みにびっくりして、思わず変な声が出ちゃった。同時に急に身体が自由になって、慌ててうなじを手で隠すしながら振り向いたら、にこにこと楽しそうな"ぼく"と目が合う。ノボリにキスマークを付けられた時とはちょっと違う種類の痛みに血が出てないか心配になって、そうっと触れるけど、血は出てないみたいだった。
「ちょっとしたおまじない!ふふ、ぼくもね、前に友達に噛み付かれた痕がノボリにバレた時…すっごく大変だったんだから!」
きみも頑張ってね、と無邪気に笑う顔には邪気も悪気も全くない。多分きっと、心からの親切心なんだろうけど。
ノボリのちょっとばかり行き過ぎた嫉妬深さを身を持って知ってるぼくは、青褪めるしかなかった。あぁもう、昨日たくさんえっちしたばっかりなのに!どうかノボリにこの厄介極まりない噛み痕がバレませんようにと祈る事しか、今のぼくには出来なかった。