六月の真夏日「いやぁ、暑かったわ」
外から戻ってきた瀬戸がネクタイを緩めながら額の汗を拭いた。
心臓外科の部屋は向こうなのだが、勝手知ったるなんとやらで循環器内科の部屋へ慣れた様子で入る。
空いている椅子を寄せてドカッと腰を下ろした。
「またそんな所に」
「休憩時間だろ、ちょっとぐらい休ませろよ」
汗で曇った眼鏡を拭きつつ、軽く唇を尖らせる。
そんな瀬戸の仕草に小さく溜め息をついて、これ以上話してもどうにもならないと諦めた。
堀田はカルテを診ていた手を止めて、先程自販機で買ってきたばかりの水を渡す。
「六月らしからぬ気温でしたから」
「背抜きのジャケットでもビチャビチャよ」
フタを開けて水をごくごくと半分ほど一気に飲み干して、美味そうに目を細める。
「はぁー、生き返ったぁ!」
何年か前から近くの公民館を借りて月に数回、市民向けの講演会をしている。
富永総合病院は今の院長で三代目。
それなりに地域と深い付き合いもあり、自治体側からの要請もあって様々な病気について噛み砕いた内容で行っている。どんなテーマにするのかは指名された人の裁量で決めている。
今回は心臓外科として瀬戸が担当だった。
話が多少脱線しやすいが、堅苦しくなく分かり易いと人気もある。
「こんな日にはキンキンに冷えたビールでも飲みたいもんだな」
「仕事中はダメですよ」
「分かってますって、今夜、どうよ?」
午後は数件のカテーテル検査が入っている他は予定もない筈だ。
手術や検査のスケジュールに変更はない。
「そうですね、私は構いませんよ」
「よっしゃ、後で連絡するわ」
腕時計をちらりと見て、待ち合わせはいつもの場所でと付け加える。
「んじゃ、水ごっそーさん!」
汗も引いてきたのか、飲みかけのペットボトルを持って瀬戸が出ていった。
「まったく、買い直すのも手間なんですが」
(了)