二人の関係は?プロローグ.ことの始まり
チームを解散して、オレたちはみんな高校生になった。売られた喧嘩は買うけど、退学なったらまずいからそれなりに平和に過ごした。放課後はみんなでファミレス行ったりカラオケ行ったり。まぁ、みんなでバカやってるだけで楽しいよな。
なんて思ってたのに!高校来てみれば周りの興味は恋愛一色になっていた。なんだこれ。誰が可愛いとか、誰と誰が付き合ったとか、どうでもいい。そう、オレは生まれてこの方恋愛なんてしたこともなければ、興味もねぇ。
物心ついた頃には父親は死んでいたし母親は入院したしで、両親が仲睦まじく寄り添ってるなんて姿は見たことない。挙げ句の果てにはエマがウチにやってきて、父親がヨソで女と遊んでたのは確定だ。家族のことは大好きだけど、自分もこんな家庭を作りたいなんて願望は一ミリもない。
「ケンチン、放課後暇?クレープ屋で期間限定イチゴスペシャルが始まんだけど」
「オレのイチゴ強奪しねぇと誓うなら付き合ってやる」
「オレ、嘘つけないからな……」
「おい」
こちらケンチン。同じく恋愛にまるで興味がない男だ。父親が誰かなんて知りもしねぇし、母親からも三歳で捨てられた。永遠の愛って実在してんのか?と真顔で言うこの男、寄ってくる女を見てもめんどくせぇとしか思わないらしい。しかしコイツ、モテんだよなぁ。高校入って大人しくしてるからか、声を掛けてくる女子が急増中。この前日直で一緒だった相手が『黒板の高いところやっとくって消してくれた♡』と大騒ぎしてんのを見たんだけど、そん時コイツ『喋ったことないヤツと一緒にやるより一人の方が楽』って言ってたかんな。信じられるか?オレ、コイツに『人を想う心を持て』って言われたんだぜ?
「なんでコイツがモテんだろー」
「本人目の前で言うか?」
考え事してたらうっかり口に出ちゃってたわ。全然傷ついてなさそうな、呆れた視線が飛んでくる。
「モテんの嬉しい?」
「面倒」
いつか痴情のもつれで刺されんじゃねぇのかな。せっかく中三の時刺されても生還できたのに。
「実は童貞だって言いふらしてきてやろうか?」
「オマエも童貞だろ」
そう、まるで恋愛に興味のねぇオレたちは十五歳になっても元気に童貞やっている。
「まぁ、ケンチンいるからいっか!」
「そりゃどーも」
オンナ作るよりダチと遊ぶ方が楽しいお年頃。そう開き直ることにした。
ガキの頃から連んで不良チームまで作ったオレたち六人だけど、高校が一緒なのはオレとケンチンだけ。三ツ谷は近所の別の高校に行ったし、パーは金持ちが行く私立に行ったし、一虎なんてあのリンリンうるせぇピアスつけたまま進学校に行った。ちなみに場地は中学でダブったからまだ中学生。
そんなわけで、必然的にオレとケンチンは二人でいる時間が長かった。一緒にバイクの免許を取りに行ったり、テスト勉強したり。誕生日はもちろん、バレンタインもクリスマスも一緒に過ごした。そうして高校三年になった時、いつの間にか周りの様子が変わっていた。
「龍宮寺先輩、好きです!」
今日も教室の入り口から、中まで丸聞こえな声が聞こえてくる。
「わりぃけど」
「いいんです、伝えたかっただけなんで!お二人のこと応援してます」
もうケンチンが誰とも付き合う気はないと学校中に知れ渡り、今や中庭に呼び出されるなんてこともない。教室にやってきて好きだと叫び、断る前に帰っていく。三分もかかんねぇインスタント告白である。
「おかえりー」
「なんか応援されたんだけど」
「お二人って誰のこと?」
「さぁ」
これがいつの間にか変わった周りのこと。オレもケンチン程じゃねぇけど告白されることはある。そこで決まって言われんのが『二人の邪魔をする気はない』だ。
「もしかしてさぁ……オレたちが見えてないだけで、背後になんか憑いてるとかある?」
「昔チーム作る時、金たんねぇのに神社のお守りもらった祟りか……?」
「そんなんオレらだけに幽霊憑いてんのおかしいじゃん!六人で仲良く呪われようよ!」
三ツ谷に電話して『一人でいんのに背後か隣に人がいるように見られたことある?』って聞いてみたけど、答えはノーだった。やっぱりオレらだけだ。
「ケンチンがフった女の生霊じゃねぇだろうな?」
「怖いこと言うな」
この日は日和ったケンチンがうちに泊まりにきた。二人でスーパーのお得用食塩大袋を買い、抱き締めて寝た。オレたち二人とも霊感ねぇから、退治しようにも見えねぇんだよな。
そんなこんなで、こんなオレたちも高校卒業である。場地以外。ケンチンはバイク屋で働くし、三ツ谷はデザイン系の専門学校行くし、パーと一虎は大学に行くらしい。
今日は近況報告のために、六人でいつものファミレスに集まっている。
「結局マイキーどうすんの?」
「自由に生きる!」
特にやりたいことも思いつかず、じぃちゃんの道場手伝ったり適当にバイトでもしながら生活しようかなって。
「でもなー、いつまでも実家にいんのもなー」
働かざる者食うべからずって言うじゃん。自立して生活した方がいいんだろうと思うけど、金がなぁ。
「え、マイキーはドラケンと一緒に住むのかと思ってた」
「へ」
三ツ谷に言われたのは、思いもよらない言葉だった。
「なんか二人で並んでんのが当たり前の光景だもんな」
たまにはオレとも遊べと、一虎が唇を尖らせ口を挟む。
「ケンチンと一緒に住む……」
考えたことなかったけど、想像してみたらなかなかしっくりくるじゃねぇの。
「つまりは家賃半額キャンペーンってこと!?」
「折半な」
ケンチンはオレに横槍を入れながらも、腕を組んで考え出した。
「でも確かに家賃半分でいいのはありだな。問題はどっちも家事が出来そうにねぇことだ」
「自分で言う?まぁオレの半分はあんこでできてるから、オレのごはんはたい焼きでいいよ」
「ダメだろ」
まぁ何を言っても先立つモノは金である。
「うちにいい物件あるか聞いてみようか?」
パーのこの言葉が決定打になった。
「じゃあまぁ、一緒に住むか?」
「ウン、よろしく!」
腐れ縁のケンチンと、ルームシェアをすることになった。十八歳、春のできごと。
三月、新居決定!
さて、一緒に住むとなればさっそく家探しである。なんといってもオレたちにはパーがいる。無敵だ!
「どんな家がいいとかあるか?」
「事故物件以外」
パーの質問にケンチンが食い気味で答えた。交通の便よりも風呂の有無よりも大事なのは幽霊が出ないこと。オレたちには高校三年の時背後霊が憑いている疑惑があったものの、その存在を確認できないまま今に至っている。
「オレバカだからよくわかんねぇけど、事故物件ってその後一人住んだらもうその次から事故物件って呼ばなくていいんだってよ」
「へぇ……」
よくわかんねぇならいっそのこと何も言わないで欲しかった。それでも幽霊に日和ってるとはカッコ悪くて言い出せなかったオレたちは、結局家賃の安かった築年数三十年の文化住宅に住むことを決めた。
ケンチンの仕事が始まる前にと、三月下旬オレたちは新居に引っ越した。2DKのキッチン以外は畳部屋。歩くとたまにキシキシ鳴るけど気にしたら負けだ。二階建ての文化住宅、二階の角部屋がオレたちの部屋。そんなわけで、隣と真下の部屋へと手分けして挨拶に行くことにする。ケンチンが隣に行くと言うので、オレは下の階担当。
「こんにちはー!」
「はい?」
第一印象が肝心だからな、まずは元気よく挨拶する。ガキの頃これで近所からおやつのお裾分けを貰いまくったから任せとけ。
「上の階に引越してきました!佐野と龍宮寺です!」
「サノトリュウグウジ?」
出てきたおばちゃんに自己紹介したら、カタコトみてぇにおうむ返しされた。
「高校卒業したばっかで金ないから、ダチと二人で住むの。オレが佐野で、もう一人がケンチン」
「ケンチン?」
「ケンチンは龍宮寺のあだ名」
普段ケンチンって呼んでるから、ついこういう時口から出ちゃうよな。ようやくオレの言いたいことを理解してくれたおばちゃんは、田中ですと名乗ってくれた。
「これどーぞ!」
「あらあら」
田中さんに持ってきた菓子折りを渡せば、おばちゃんはちょっと待ってねと奥へ引っ込んでいく。
「お返しできるものこれしかなかったわ」
部屋の中からゴトゴト音がしてると思ったら、出てきた田中さんはお裾分けと言って醤油のボトルを一本くれた。
「大変でしょうけど頑張ってね」
「ありがとー」
節約のために男二人で住むと言ったからか、なかなかの好感触だな。手に入れた醤油を抱き抱えながら二階に帰る。
「え、何持ってんの」
「醤油」
オレの戦利品を目にしたケンチンが、驚いたように目を瞬いた。
「菓子折りのお返しに貰った」
「引越しの挨拶にお返しなんてあんのか?」
「コレが処世術ってやつだよ、ケンチン」
オレが勝ち誇って言えば、ケンチンはオレが買った菓子折りなのにと悔しそうだ。
「しょうがねぇな、コレやるよ」
「それは別にいらねぇ」
貰った醤油を押し付けようとしたけど、それはすかさず押し返された。どっちも料理なんてしねぇもんな。
「隣のヤツはどうだった?」
「大学生の男だった。佐藤っていうらしい」
田中さんと佐藤くんね。覚えた。
挨拶が終われば次は部屋の片付けだ。喧嘩とバイクに明け暮れていたオレたちには、なんせ金がない。冷蔵庫や洗濯機なんかは、兄貴のダチだとかケンチンの先輩だとかに使い古しを貰ってきた。ちょっと冷蔵庫に謎の殴ったような凹みがあったり洗濯機がやたらとゴトゴト音を立ててるがいいんだ。寿命なんかじゃない、コイツらはまだ頑張れるって信じてる。
「ケンチン、ベッドと布団どっちがいい?」
ちなみにシングルベッドも一個譲ってもらえたんだよな。キッチンの他に二部屋あるなら一人一部屋が普通なのかもしんねぇけど、なんせオレは冬はこたつを置きたい。でも部屋の広さ的にこたつとベッドは置けそうにない。そこでキッチンの隣の部屋を居間、その奥を寝室にしたのだ。ベッド二つ並べんのは狭そうだから、一人はベッドの横に布団敷く予定。今更お互い隣にいたら気まずくて寝れねぇとかないしな。
「オレの方が仕事で先起きるし、マイキーベッドでいいぞ」
オレはどこでも寝れるから気なんて遣わなくてもいいのに。やっぱケンチンって優しいよな。
なんていい気分で寝た引越し翌日。
「やっぱりオレがベッド使う」
「昨日の優しいケンチンはどこに?」
コンビニで買ってきたパンとおにぎりを食いながら、なんとも早い手のひら返しにあった。
「朝顔の上に降ってきたオマエの枕で息の根を止められそうになった時にどっか行った」
「やんちゃな枕がごめんな」
オレの枕が、まさかケンチンの鼻と口を塞いじゃうなんて。
「やんちゃなのはオマエの寝相だ。どうやったら枕をベッドから落とすことになるんだよ」
「オレの内なる衝動が……」
「寝相な。全然内に収まってねぇわ」
そんなこんなで寝る場所を交代することになったりはしたものの、オレたちは順調に二人暮らしをスタートさせた。
しかし一週間が経った頃、事件は起きた。
「マイキー、起きろ」
ケンチンに揺さぶられて目を開けるけど、部屋が暗くてなんも見えねぇ。
「えー、まだ夜じゃん……」
「しっ……」
ケンチンが緊迫した雰囲気を出すから、オレも思わず口を噤む。
すると聞こえたのだ、壁の向こうから。ギシ、ギシと軋むような音が。
「えっ、何の音?」
「わかんねぇ。目が覚めてからずっとコレだ」
歩いてるにしては、そんなに広くもねぇ部屋なのに鳴り止まねぇ。しかもこんな夜に部屋の中歩き回ることあるか?
「もしかして、ゆゆゆゆ幽霊?」
「でも壁の向こうから聞こえるなら、取り憑かれてんのは佐藤じゃねぇか?」
果たして幽霊は壁をすり抜けるんだろうか。隣人佐藤くんにはぜひとも幽霊を離さないでいて欲しい。
「はっ、こんなこともあるかと思って!」
オレは手探りで押し入れに向かい、引っ越してきてそのまま突っ込んでいた段ボールを引っ張り出した。
「じゃーん!」
「置いてあったのか」
高校三年の時二人で買ったお得用食塩大袋である。引っ越しの時離れがたくて連れてきてよかった。今夜は抱き締めて離さない。
ケンチンも壁に近寄りたくないって駄々を捏ねて、布団にくるまって床で塩を抱き締めて寝た。オレと塩とケンチンの川の字が爆誕した夜だった。
塩を真ん中に川の字で寝る生活をしていたら、しばらくは穏やかな夜が続いた。
だけど一週間経った夜、悪夢のような出来事が再び訪れた。そろそろ寝るかと寝室に移動したら、また例のギシギシ軋むような音が聞こえてくる。
「やっぱ佐藤くん呪われてんのかな……」
「呪われても元気に生きてる佐藤すごくねぇ?」
佐藤くんが死んでないということは、そんな強くない呪いなのか?様子を伺うために、そっと壁に耳をつけてみる。
「あんっ♡」
「ん?」
なんか今、思いもよらない声が聞こえなかった?
「ケンチン、ちょっと」
「え、なに」
嫌がるケンチンの頭を鷲掴んで、無理矢理壁に押し付ける。
「いてぇ!」
「ちょっと聞いてみて」
「ん?」
問答無用でケンチンの耳を壁にくっつけると、ケンチンにもあの声が聞こえたらしい。
「どう?」
「……実家で慣れ親しんだ声が聞こえる。」
ヘルス育ちのケンチンには、思い当たる節がありすぎたんだろう。今までの気苦労が無駄だったと悟り、あからさまに落胆している。
「つまり?」
「佐藤のヤツ、女連れ込んでんな」
週一回聞こえてくる音。カレンダーを眺めながらよくよく考えてみると、音が聞こえるのは決まって土曜の夜である。なるほどな、ギシギシいうのはベッドが軋む音だったわけか。佐藤くんが女連れ込んでセックスしてたっていうオチ。
「よし、佐藤殺すか」
「待て待て待て」
もう『くん』を付ける気にもならない、ヤツは敵だ。
隣に突撃しようとベッドを降りれば、ケンチンが慌ててオレを羽交い締めにしてくる。
「ご近所トラブルはまずい。オレたちパーの紹介で入居してるし」
「じゃあうるさいぞって意味を込めて渾身の壁ドンするとか」
「マイキーが思いの丈をぶつけたら壁に穴あくんじゃねぇか?」
壁を補修するのに金を請求するのは困る。でも泣き寝入りなんて悔しいだろ。
そう思ってたんだけど次の日共用廊下で佐藤に出くわしたケンチンが満面の笑みで挨拶したところ、佐藤は勝手に日和って引っ越していった。
「パーごめん!住人減っちゃった!次は童貞っぽいヤツ入居させといて!」
「童貞っぽいヤツ?マイキーみたいなヤツってことか?」
「パーじゃなかったら殴ってんぞ?」
いつもの六人で飯食いに行った時に、パーにはちゃんと謝った。謝罪の意味も込めてパーのことは殴ってねぇし、オレ偉い。
本当今回の何が悔しいって、オレもケンチンも童貞だから何の音かすぐに気付けなかったってことだよ。
「はぁ、無知の知ってヤツだな…」
「え?ムチムチの乳?」
飯に夢中だった一虎が、ハッと顔を上げた。パーといい一虎といい、なんでコイツらが大学行って勉強なんてしてるんだ。
「それにしてもマイキーたちの隣の部屋空いてんのいいな!なぁ、場地ー。オレたちもルームシェアしようぜ」
「高校卒業するまで無理」
一人だけダブってる場地は、相変わらずガリ勉スタイルで三ツ谷に勉強を教えてもらおうとしている。
「そうだ三ツ谷、オレらも教えて欲しいことあるんだけど」
「なに?」
「料理!」
穏やかな生活と言うには、オレとケンチンにもまだまだ課題があるのだ。