ツメキリ伏黒は爪切りが苦手だ。
というか、猫はだいたいみんな爪を切られるのを嫌がる。稀に、されるがままで大人しい猫もいるけど、そういう子は本当に珍しいらしい。かくいう伏黒も、大人しい方ではある。暴れたりしないで、大人しく切らせてくれる。ただ、「ウゥ〜…」と弱々しく鳴いて訴えかけてくるけど。
最初は爺ちゃんが伏黒の爪を切っていた。でも、途中から宿儺が切るようになった。爺ちゃんが切る時はいつも老眼鏡をかけて、眉を顰めながら顔を近付けたり遠ざけたり。見ていてちょっとヒヤヒヤする感じで、伏黒も大人しいというよりは緊張で体を固くさせていたような気がする。それでも子供の俺らがするよりは遥かによかっただろうけど。
宿儺は猫の爪切りについてしっかり勉強したようだった。どこから神経があって、どこまで切っていいかとか。あまりにも嫌がった時の対処法とか。
だからなのか、初めて伏黒の爪を切った時は、爺ちゃんがした時よりもスムーズに爪切りを終わらせた。一見簡単そうに見えたから俺もやりたいと言ってみたら、宿儺に物凄い顔をされながら即却下された。
普段あまり鳴かない伏黒だけど、爪切りの時はいつもより鳴く。多分抗議している。鳴き方がこの時だけなんか違うから、なんとなくそうなんじゃないかと思っているだけだけど。その弱っているような困っているようなところが可愛くて、爪切りをする時は俺も傍で見ていることが多い。
中学の時、1回だけ伏黒が物凄く爪切りを嫌がったことがあった。爪切りが大嫌いな猫の動画を見たことがあったけど、本当にそれぐらい嫌がっていたと思う。多分、その日は虫の居所が悪かったんだろう。そんなタイミングで爪切りをしようとするものだから、伏黒を抱えようとした宿儺が「シャーッ!!」と本気の威嚇をされていた。ここに来たばかりの頃は、それこそ警戒してよく威嚇されていたけど、それ以来の本気シャーッだった。久々だったからか、あの宿儺が少し驚いて固まった。それがなかなか面白くて、でも笑ったら拳が飛んでくるから笑うのは耐えた。しかし、こんなに機嫌が悪いのに、意地なのかなんなのか、宿儺は伏黒を無理やり抱えて爪を切り出した。伏黒はずっと、にゃあにゃあにゃごにゃごひっきりなしに鳴いて宿儺に何かを訴えかけていた。宿儺は小さな声で「だめだ」「我慢しろ」「これに懲りたら…」とかなんとかぶつぶつ呟いている。
「にゃあー!」
「嫌じゃない」
「にゃあうゃあ!」
「意味はある。反省するだろ?」
「ナァァァアアアッ!!」
「いいや、お前が悪い」
「ヴヴッ!」
まじで会話してんのかな、こいつら。宿儺は俺の中で猫語を理解している疑惑が出ているし、伏黒も多分人間語を理解しているから、結構本気でちゃんと会話してるんじゃないかと思っている。だって口喧嘩をしているみたいだ。
そんな口喧嘩をしつつ、宿儺は相変わらず爪切りをスムーズに終わらせた。ずっと鳴きっぱなしだった伏黒は、機嫌が悪すぎて耳をイカ耳にしながら物凄い凶悪な目付きをしていた。
「ほら、終わったぞ」
「ゥンッ!」
「っ、!」
やっと宿儺の腕から解放される時、伏黒はまるで腹いせのように宿儺の腹を後ろ足で蹴飛ばしてどこかへ走り去った。猫の後ろ足の力はなかなか強いのだ。あれをモロにくらったのだから、そこそこダメージを受けていそうだ。
「宿儺お前、猫と喧嘩とか大人げな、」
「黙れ」
「ウス」
拳が飛んできそうだったので大人しく黙った。それなのに結局その後殴られた。八つ当たりだっ!
絶対この話誰かにしてやるからな。と心に決めたのにすっかり忘れ、その約10年後に話す機会ができたので言おうとしたら、直前に宿儺に頭を鷲掴まれたことによって阻止された。