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    RindouXoxo

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    June Bride FES 2024で人生で初めて出した、死ネタ、カニバリズム、暗いの三拍子そろった私の性癖にしか考慮してない本の灰七部分だけ期間限定公開します。

    記憶のにおい授業で課題が出たときは、どちらかの部屋で一緒に行うことが多かった。その日授業で教わったことを元に、お互いの得意な科目は教え合い、苦手な科目は一緒に悩んで、雑談をしながら、問題に答えていく。
    共に非術師の家庭出身の、二人きりの同級生。仲良くしなければ、という義務のような気持ちが最初無かったと言えば嘘になるが、気付けば一緒に過ごす時間が心地よいものになっていった。
    「この間実家からお菓子がたくさん届いたからそれ食べながらやろう」
    と灰原の一言で、今日の数学の課題は灰原の部屋で行うことになった。
    自分の部屋に荷物を置いて、教科書とノートと筆箱と、必要なものだけ持って隣の部屋へ向かう。呪術師という普通ではないこともしているが、放課後に同級生と学校の課題する、ということが〝普通の高校生〟らしいことのように思えて友人の部屋の前で緩んだ口元を自覚する。
    部屋の戸を叩くと、扉はすぐに開けられて、部屋の主が満面の笑みで出迎えてくれた。部屋の真ん中にあるテーブルの上には、すでに本日の課題セットとお菓子の袋が置いてあり、準備は万全なようだった。
    ずいぶん来慣れたこの部屋の、いつもの場所に腰を下ろした灰原に倣っていつもの場所に腰を下ろす。

     課題を終えると教科書とノートをテーブルからおろし、お菓子の袋を大きく開ける。一緒に課題をするとは言いつつも、結局いつも一緒にお菓子を食べながらだらだらと話すのが目的になっている。
    灰原が部屋の隅に置いてある箱から色々な種類のお菓子の袋をいくつか持ってくる。
    この間未開封のままコーラを置いて帰ったこと思い出し、冷蔵庫を開けても良いか尋ねると、もちろん。と嬉しそうな返答が返ってきた。小さな冷蔵庫からしっかり冷えたコーラを持って元の場所に戻ると、パーティー開けされたお菓子たちにグラスが二つ用意されていた。
    夕飯前ではあるけれど、それまでにはまだ時間はあるし、お腹も空いているので仕方がない。夕飯もしっかり食べるつもりだ。なにせ私たちは男子高校生なのだから。
    甘いものを食べた後に塩気のきいたものを食べ、また甘いものを食べ、コーラを飲む。

    「そういえばさ、七海の好きなタイプは」
    黒くて丸くてきらきらした目が見つめて問う。
    「どうしたんですか急に」
    「別に。なんか、一緒に数学の課題をやってコーラ飲んでお菓子食べて、普通の男子高校生っぽいなと思ったらさ、そういう〝ぽい〟会話とかもしてみたくなって。普通の男子高校生ってどんな話をするんだろうね」
    「さあ。呪霊の話はしなくても、そんなに私たちと変わらないんじゃないですかね」
     昨日見たドラマの話とか、スポーツの試合の話とか、漫画の話とか、特に深い意味は無いけれど、共有したい話をするのだろう。
    「そっかー。それもそうかもね。で、僕はね、たくさん食べる子が好きです」
    元気よくまっすぐ手を上に挙げて言う。
    「あなたらしいですね。おいしそうにたくさん食べる人って素敵ですよね」
    「だよね。そんな素敵な人の隣で一緒においしいものを食べてられたらなって思って。七海のタイプは」
    「好きな人のタイプ……今まであまり考えたことがなかったな」
    今までに異性から好意を伝えられたことはあったが、付き合ったことはなかった。その人が嫌いなわけではなかったが、特段好きだとも思ったことはなかったし、誰かと一緒にいたいとも考えたことはなかったからだ。
    答えを濁したつもりはなかったが、改めて考えてみると言葉に出ない。
    今、こうやって一緒にお菓子を食べて会話している相手を好ましいとは思いながら、それを今言うのもなんだか違う気がして。
    「しいて言うなら誠実な子ですかね」
    と無理やり出した無難な答えを灰原は笑顔で肯定してくれた。
    結局好みのタイプの話はそこまでになり、その後は先輩たちのかっこよかったところや、少し嫌だったことの話で盛り上がった。


    ローカル線を乗り継いで、無人駅を降りた先で、一日に数本しかないバスの時刻表を確認する。
    天気予報で雨は降らないとは言っていたが、厚い雲が太陽を隠し薄暗い昼間だった。
    朝早くに出発し、昼過ぎに目的に到着して任務を遂行し、今日中には寮に帰る一日がかりの任務の予定だった。
    二年生ふたりで十分対処できる任務のはずだったのだ。

    めったに人が通らない通りの、誰もいないバス停で、本当にバスは来るのかと心配になりながら時刻表と時計を見比べていると、灰原は「そんなに心配しなくてもバスは来るって」と言って笑った。
    その言葉通り、時刻表よりやや遅れてバスは私たちの前で停車した。
    バスの中にはおばあさんが一人乗っていただけで、一番後ろの椅子に二人で並んで座る。
    そのおばあさんも次の駅で降りていき、車内は貸し切り状態となっていた。
    朝早くに出てくるのはしんどいが、こうやって二人で少し遠くの行ったことのない土地に行くのは旅行に行っているようでわくわくした。実際は、いつも任務終わりには観光している時間も元気もなくなっているのだが。
    バスは駅から遠ざかり、どんどん人の気配が少ない方向へ走っていく。

    次第に少なくなっていく家々を眺めていると、隣から「おみやげ、何にしようね」と緊張感のない話題を振られた。
    何もなさそうなこの土地の名産品などあるのだろうかと失礼なことを考えていたら、
    「昨日夏油先輩に会ってさ。お土産のリクエストあるか聞いたら甘いものって言われたんだよね。なんだろう、お饅頭とかかな」
    夏油先輩って甘いものが好きだっただろうか、甘いものいったら五条先輩のイメージだったが、などと考えていると、
    「五条先輩が好きだから甘いものって言ってたから、夏油先輩用にしょっぱいものも買っていこう。家入先輩も甘いものよりしょっぱいもののほうが好きそうだよね」
    と続いて、なるほどやはりと一人納得した。
    「降りた駅にはお土産を買えるようなお店は無かったし、買うとしたら乗り換えで降りたあの駅でしょうか。饅頭とせんべいが無難なところかな」
    「やっぱりそうだよね。なんだかいつもお饅頭買ってる気がするな。ま、おいしいから良いか。全国の饅頭食べ比べ」
    うんうんと頷きながら一人納得している。頭が揺れるたびにつやつやの黒髪が揺れる。
    「ここらへん、ほんとに田舎だね。想像してたよりずっと何もなかった」
    とこっそり耳打ちされ同意を示す。
    まばらに見えていた家や畑はいつの間にかなくなって、道路の両脇には木々が生い茂り、ただでさえ薄暗かった外がより暗くなっていた。まだ時間は昼過ぎのはずなのに、日が暮れてしまったような感覚になる。
    目的の停車駅がアナウンスされ、降りるボタンを押す。
    バスから降りると目の前には今にもつぶれてしまいそうな民家があった。人が住まなくなってからどのくらいの時間がたったのだろうか。屋根は一部が崩れ、穴の開いた壁やガラスの嵌っていない窓から草や木が飛び出してきていた。
    「すごい家だね。おばけが出そう」
    と灰原は関心したように言う。
    「でも、呪霊が出るのはここではありませんよ」
    カバンから地図を出し歩き始めながら答える。
    分かってるよー。と言いながら駆け寄ってきた灰原が横に並ぶ。

    バスを降りてさらにここからしばらく歩いた先に祠があり、そこで人体の一部が見つかったらしい。それを調査しに来た警察も連絡が取れなくなり、呪術高専に連絡がきたということだった。派遣された窓の調査によると、祠の周りの状況と残穢から、動物によるものではなく、呪霊の被害の可能性が高いだろうと報告された。今のところ被害はそこまで大きくなく、等級の判断も二級と下され、こうやって田舎のはずれまで私たち学生二名が派遣されたのだ。

    地図に従い、舗装された道を外れ、脇の道に入っていく。定期的に人が通るのか、広くはないが人一人が通れる幅の踏み固められた道が緩やかに登っていく。
    聞いていた時間は歩いただろう。そろそろ目的地に着くはずなのだが、鬱蒼と茂る木々と緩やかにカーブする道で先が見えず不安になってくる。
    「そろそろなはずなんだけど」
    と口の中でつぶやいていると、
    「あ、あれじゃない」
    と後ろを歩く灰原の声がした。
    目を凝らすと木の間から周りとは違う淡い色ものがちらりと見えた。
    間違った道を進んでいたわけではなかったことにほっとして、目の前を流れる小さな沢をまたぐ。
    対岸に足を踏み入れると、とたんにあたりの臭いが強くなったように感じた。湿度の高い土の臭い、緑の臭い、そして肉が腐ったような臭い。
    肌寒いくらいの気温だったのに汗がにじみ、背中を伝うのを感じる。
    後ろを振り向き灰原と顔を見合わせる。やはり呪霊による事件で間違いないようだ。
    帳の必要はないと判断し歩みを進める。
    ようやく少し開けた祠の前にたどり着いて、違和感に気が付く。
    腐ったような臭いは強くなっているのに、異様にきれいなのだ。バス停の前にあったような朽ちた祠を想像していたが、まるで建てたばかりのような、赤茶色の屋根に淡黄色の観音開きの戸には汚れもなくコケも生えていない。今朝供えたばかりに見える花も供えてある。
    周りを見渡してみても人影や呪霊の影は見えない。
    呪霊はこの祠の扉の中だろうか。
    「ここ、ですよね」
    「たぶん、そうだよね」
    ケースから武具を取り出して、片手を伸ばし扉に手をかける。
    「いきますよ」と声をかけ、戸を手前に引くと思ったよりも軽い力で静かに開いた。
    中からは強烈な臭いと、溶けて崩れかけた人の腕のようなものがこぼれ落ち、汚い音を立てて地面に落ちた。
    中の様子は暗くてあまり見えないが、同じようなぐずぐずに溶けた固まりがあるようだった。
    これは、と言いかけたとき、奥から今まで感じたことのない呪力を感じた。今まで払ってきた呪霊とは比べ物にならない。感じたことのない恐怖。
    少し無理をすれば祓えるというレベルではない。私たちでは適わないことを姿を見る前に感じる。
    自分たちの手に負える存在じゃない。一級以上の術師を呼んでもらわねば。
    「灰原!」
    名前を呼び彼のほうを見ると、彼も同じ判断をしたようだった。
    「とりあえずいったん引こう!」
    そう言って一歩下がると、祠の奥から骨と皮でできたような黒い腕が勢いよく複数伸びてくる。
    向かってくる手を切り落としていくが、素早く数が多くてさばききれない。
    少しでも隙を作って距離を取りたいが、次々と襲ってくる腕はその余裕を与えてくれない。
    目の前に伸びてくる腕に反応するのがいっぱいいっぱいで、隣で戦う灰原のほうをちらりと見ると彼も余裕がないようだった。
    二人とも、ただあの祠から距離を取って、この場から離れることが出来ない。距離を取ろうにも灰原も私も近接戦闘でなかなか距離が取れない。
    「うっ」と灰原が声を漏らしたのが聞こえてそちらに顔を向けると、頬が切れたのかだらだらと血が出ていた。
    「大丈夫ですか」
    と焦って声をかけると、
    「大丈夫。ちょっと掠っただけだから。心配しないで」
    と明るい声が聞こえたが、息は上がっていた。
    このままで削られていく一方だ。
    どうすれば、どうしたら。何か、囮でもあれば良いのか、など考えすぎていたようで対応しきれなかった黒い腕が右腕を掠る。
    落としそうになる武器を左手に持ち替えて、顔の前に迫っていた腕を叩き切る。
    あの沢からこちら側がこの呪霊の領域のようなものなのだろう。
    とりあえずあちら側に逃げなくては。このままでは二人ともやられてしまう。
    私が囮になれば灰原は、と思い浮かぶ。
    「七海! 」
    灰原が呼ぶ。
    「僕が囮になるから。七海は逃げて、先輩たちを呼んで」「駄目です」
    遮るように言葉をかぶせる。
    「でも、このままじゃ」
    分かっている。このままでは二人とも死ぬと。ここで二人揃って行方不明になってしまったら、これからもまた被害は増えていくだろう。
    「僕、さっき脚も切られちゃってさ。隙が出来たら七海は走って逃げてよ」
    だんだんと数を増していく呪霊の腕をかろうじて躱しながら、いつもと同じように、何も特別なことではないように言う。
    「でも、」灰原の案が最善なのかもしれないが、それをお願いしますと言えるほどまだ自分は呪術師になりきれていなかった。
    灰原は私の前へ出て「ごめんね。七海。あとは頼んだ!」そう言って祠へ足を進める。
    勢いを増した呪霊の攻撃が灰原を飲み込んで、ばつんという音がした。
    灰原と発したつもりの、開いた口からは何の音も出なかった。
    腰から下がなくなった彼の体がゆっくりと地面に落ちていくのが見えた。
    呪霊の攻撃は勢いが止み、地面に落ちた灰原の脚に黒い腕がまとわりついている。
    逃げてと言われたのに、彼の体をそのままにしておくことはできなくで、せめて残った体だけでもと駆け寄り抱きかかえる。
    呪霊は灰原の下半身をずるずると祠のほうへ引きずっていって、もうこちらには興味をなくしたようだった。
    一目でもう助からないことがわかる。いくら家入先輩でも、無くなった体の半分を戻すことも、死んだ人間を生き返らせることもできない。
    目の奥も頭も熱いのに、いつあの呪霊がまた攻撃を再開するかわからない、とりあえずここから離れなければと冷静な自分の声がした。
    灰原の体を背負って急いで来た道を戻る。
    全く力の入っていない体は、軽いのにとても重かった。
    とにかく、とりあえず、あの沢の向こうまでいかなくてはという気力だけで足を進める。
    脚がもつれる。でも決してこの体は置いていくことはできなかった。
    背中の彼の体からは赤い液体がだらだらと流れ続ける。生暖かく粘度のある赤が背中を、脚を濡らして、張り付いた制服が体の動きを余計に重くする。
    やっとのことでたどり着いた足元を流れる小さな水流をまたぎ、呪霊の気配が追ってきていないことを確認する。
    舗装された道路の近くまで行けば携帯の電波も通じるはずだ。そう思ったところで木の根に足をとられ、灰原を支えていた手はとっさに前につくことが出来ず、顔から地面に倒れこむ。
    体を起こし、そのまま地面に座り込む。ここまで歩いてきた道を振り返ると、赤い道が続いていた。
    返事が返ってこないとはわかっていながら、灰原に謝って背負いなおそうと手を伸ばす。伸ばした手は赤黒く染まっていた。
    灰原の顔を見ると自分の手とは正反対に真っ白になっていた。
    視界がゆがむ。
    ごめんなさい。
    灰原の体を膝の上に乗せ、まだぬくもりの残る小さな体を力いっぱい、抱きしめる。
    ごめんなさい。
    首元に顔を寄せると、血が乾き固まりかけた髪が頬に触れる。
    あふれ出た涙は止まらず、乾き始めていた血を濡らしていく。
    ごめん、ごめんなさい。
    意味のない謝罪の言葉しか出てこなかった。
    私が弱いから。
    あなたの代わりに私が囮になるべきだった。
    顔を離し、灰原の顔を覗き込む。
    頬の大きな切り傷は乾き始めていたが、その上にも涙が落ちていく。
    好奇心でいっぱいの丸いこの目が開くことはもうない。
    精悍な眉毛がわかりやすく感情を表すことはない。
    そして、この口で優しく私の名前を呼んでくれることは一生ない。
    額に、瞼に、唇をおとす。
    ただ、愛おしいものに唇で触れたいと思ったから。
    そっと唇に口づける。
    はじめてのキスは鉄の味がした。
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