王子様/執事様 目が覚めて、いつも通りの天井を見ては目を伏せる。
ああ、どうか素敵な素敵な王子様。わたしをこのお城から連れ出して。
わたしのお家は、宝石商で財を成したらしい。なので小さい頃から跡を継ぐために厳しい教育をされてきて、今もそれは続いている。
家庭教師がずっとついていて、上手にできなかったらお父様に叩かれる。それが続いて、慣れてしまって。
それに、ほとんど部屋から出ることはなかった。ご飯は使用人さんが部屋に持ってきて、お風呂やお手洗いは自室の隣にある。だからお部屋の外に出る必要はなかったし、そもそも「出るな」と言われていた。
でも、一度だけ。お父様の仕事の補佐に、執事さんがついたことがある。
白い毛並み、大きな体。ふわふわの尻尾に、柔らかそうなお耳。ヴィクトリア家政というところからやってきたライカンさんは、とても綺麗なひとに見えた。
「は、はじめ、まして」
身内以外と喋ることがなかったので、とても緊張してしまう。でも、ライカンさんは優しく微笑んで、わたしに傅いてくれた。
「お初にお目にかかります。ヴィクトリア家政のライカンと申します。どうぞお見知り置きを、お嬢様」
手を取られ、はじめてのことに顔を赤くする。でも彼はそんなわたしを見て、優しい目をしてくれた。
「え、えと、その……わたし、あんまりお部屋から出ない、けど……よろしく、おねがいします」
「……ええ」
その言葉を追求しなかったのは、彼の優しさだろうか。それとも、業務外のことだからだろうか。わからないけれど、少し安心する自分がいる。
あれ以来、ライカンさんと会うことはなかった。契約の期間もそう長くはなかったようで、わたしにはお別れのお手紙が寄越されるだけに終わった。
「綺麗な字……」
それを大事に仕舞って、忘れないようにして。わたしの初恋は終わる……はず、だった。
お父様が、倒れるまでは。
そもそもこの人は、そう若くない。年々お父様の体は弱っていたらしくて、それが表に出ただけ。
だから、別段悲しくはない。この人がこれ以上わたしに何かをすることはないのだと、安心はしたとしても。
「お嬢様、これからどうなさいますか」
使用人さんが、不安そうに訊いてくる。それに、どう返すか迷った。お父様の跡を継ぐにはまだ知識不足だし、だからといって何もせずにいたら財は減る一方だ。
「……他のところに、働きに出るのも良いかもしれませんね」
ふと過ぎるのは、あの日会ったオオカミ執事さんのこと。もし、あの人と同じところに就職出来たら……
「(さすがに希望的観測が過ぎるかな)」
とはいえ、目標があることは悪くない。就職活動を頑張ろうと、心に決めた。
ヴィクトリア家政に就職するのは大変で、それはそれはもう何度も落ちた……のだけど、後で先輩から聞いた話によると、貰った書類も面接も受かるに十分だったらしい。
「でも、わたし落ちて……」
「あー……まあ、過保護な奴がいたってことだ。ちゃんと優秀だよ、貴方は」
よしよし、と頭を撫でられる。それがくすぐったくて、目を細めた。
「過保護なひと?」
「貴方もよく知る、真面目で潔癖症のあいつだよ」
それだけ言うと「仕事に行く」と先輩は立ち去ってしまった。でも、ああ……もしかして。
「わたし、守られてたのかな……」