互いに譲れず、譲らず。「あ、ヒノエ姉! フィオレーネ! 珍しいな、二人が一緒にいるなんて」
カムラの里の猛き炎……シラヌイは、姉と友人の組み合わせに笑って駆け寄った。エルガドにいる二人は定位置が異なるため、彼の言うとおり共にいることは珍しい。
「あら、シラヌイさん。ふふ、ちょうどシラヌイさんのお話をしていたんですよ」
「そうなのか? なんの話?」
一瞬だけ二人の視線が交わり、すぐに逸らされる。
「秘密です♡」「秘密だ」
その前。観測拠点エルガドにて。獄狼竜もかくやという真っ黒な空気を纏うのは、カムラの里の「癒しの太陽」ことヒノエと、エルガドにおいての準リーダーであり誇り高き騎士であるフィオレーネだった。
「…………」「…………」
一触即発。どちらかが動けば、片方が刈り取るつもりの膠着状態。それを破ったのは、ヒノエの方であった。
「あなた様は……確か、王国騎士様でしたよね? でしたら、里のハンターであるシラヌイさんではなく、王国の方と行動を共になさった方がよろしいのでは?」
にっこり、と笑う。だがその奥には剣呑な空気が漂っており、瞳も笑ってはいなかった。
「それを言うなら竜人である貴殿も同様だ。シラヌイは人間で、貴殿らと同じ時間は過ごせない。置いていく苦痛を背負わせるくらいなら、早々に手を引いた方がよいのではないか?」
こちらも笑顔を浮かべてはいるが、ひやりとするほどの冷たさを帯びている。爵銀龍を相手にした時とも違う、純粋な敵意でもない冷たさだ。
「シラヌイさんはきっと長生きしますよ? それに、私たちはシラヌイさんと終わりの時間も共にするつもりですから」
暗に「心中しても良い」という覚悟を示すヒノエ。そして『私たち』と言ったことで、妹のミノトも巻き込んでいたが……きっと彼女も同じ選択をするため、別段槍玉に挙げることではない。
「重たすぎる女は嫌われるぞ。そもそもだ、幼い頃から見てきたとはいえ、狩猟に同行した回数ならば私の方が多い。シラヌイの痛みも苦しみも、同じように感じてきたのは私だと思うが」
ヒノエはあくまでも里守であり、今となっては狩場に同行することはあれどもあくまで「補佐」。共に狩猟をする、という意味ではフィオレーネにアドバンテージがある。
そもそも、シラヌイは狩猟を好まない。モンスターを敬愛し、憧れてもいる故に、傷つけたくないと思っている。それに二人が気づいたのは、一体いつだっただろう。……とにかく、狩猟における痛みを共に背負えるのは自分である、とフィオレーネは考えていた。
「あら、狩場に同行できなかったからと言って、共有していないわけではありませんよ? 怪我をして帰ってきたシラヌイさんの手当てをし、食事を摂らせて……そういったお世話なら、誰にも負ける気がしません。傷ついたあの人の話を聞くことだって、一度や二度じゃありませんもの」
彼が『ハンターになりたくない』と初めて零したのは、ヒノエに対してであった。きっと否定しないでいてくれる、という信頼だろうか、あるいは励ましてほしかったのか。ヒノエにはわからなかったが、弱さを見せてくれたことが嬉しかった、という事実は間違いない。その後もシラヌイが「がんばる」と言っているのは、ヒノエたちの影響に他ならなかった。
「ではその役目、ここエルガドにおいては誰が果たしていると思う? 私だ。シラヌイの傷の手当てなど慣れたものであるし、狩猟の後の話もいくらでも聞いてやった」
傷つかないように、笑っていてくれるように。ただそれだけを願って、話を聞いていた。その時間の得がたく、儚く、美しいこと。
「それに貴殿は、狭苦しい里に閉じ込めて、外の世界も見せようとすらしなかったそうではないか。私は彼と共に、広い世界を見ることもできる。きっと貴殿などより幸せにできるだろう」
「あら、それはどうでしょう。環境の変化に戸惑ってしまって、どこにも行けないのではなくて? 穏やかな里の中で、ゆっくりと過ごしていればよいのです」
観測拠点へ招集された際、シラヌイが戸惑っていたことをヒノエは知っていた。そのため、エルガドへ招いたフィオレーネに対して否定的である。
フィオレーネの方も、エルガドで初めて見るものに目を輝かせるシラヌイを見てきたのだ。故に里へ引き止めていたヒノエには、思うところがあると言えよう。
「ふふふ」「ふふ」
二人は笑う。ここに余所者がいれば、きっと尻尾を巻いて逃げ出すほどの笑顔だった。
「……いつか、その血に塗れた手からシラヌイさんを取り返してみせますからね」
「言っていろ。独占欲の檻など、叩き壊してやる」
こうして、二人は同じ獲物を狙う”敵”として、お互いを認識したのであった。