月の姫「ぼく、迷惑をかけないようにするので……置いていかないでくださいね」
ファジーくんとの初任務の時、彼がそう言ったことがある。にぱ、と笑って、まるで当たり前のような口調で。
私はそれが不安になって、「どうして置いていかれると思ったの?」と聞いてしまった。
「だってぼく、何もできないから……その、駒鳥さんが傷つかないように頑張るけど、もしそうなっちゃったら、って……」
「だ、大丈夫だよ。私の方こそ、迷惑かけちゃったらごめんね」
「そんな……駒鳥さんが迷惑なんて、ありません。じゃあ、行きましょうか」
初任務は、誘拐事件の首謀者たちを断罪することだった。ファジーくんはどう見ても細身で、戦えるようには見えなかったから心配だったけれど……
「お前、何者だ! どこから来た!」
「ぼくのことを知りたいんですか?……いいですよ」
ファジーくんがその人をじっと見つめると、彼は急に倒れてしまった。唇の端から泡を吹き、ぴくぴくと痙攣している。……し、死んでる?
「ね、ねえ、ファジーくん、今の人……」
「生きてますよ、だいじょうぶ。少しの間、何も出来なくなるけれど……」
そう言いながら、私へは絶対に目を向けない。怯える周りの人たちへ近づいては、薄らと微笑みかける。……その笑顔は、少し苦しそうに見えた。
「これでおわり。情報はもう全部入手しているみたいだから、ぼくたちのお仕事はおしまいです」
すぅ、とファジーくんの雰囲気が変わる。それはさっき私と話していた、柔らかなそれだ。安心して、距離を詰める。
「そうだ……ぼくの呪いの話をしていませんでした。ぼくの呪いは『かぐや姫』。目を合わせた人の精神に、人類が知るには膨大すぎる知識を強制的に注ぎ込むもの。そして……いつかは月に帰るんです」
「かぐや姫……」
東の国のおとぎ話、だったっけ。たしかに、お姫様と言われても疑わないくらい綺麗な顔だけど……って、違うんだ。
「目を合わせた人……って、だからずっと私の顔を見なかったの?」
「それは……ええと、はい……。コントロールはできるんです。でも、もし間違えてしまったら、と思うと……」
はにかんで、少しだけ私の目を見てくれた。その瞳には三日月が浮かんでいて、とっても綺麗。こんな目を見て溺れてしまうなら、それはそれで幸せなんじゃないか、と思うくらいに。
「ファジーくん、ありがとう。大丈夫だよ。目を見られなくても、ちゃんと話はできているんだもの」
「…………! あ、ありがとうございます……!」
嬉しそうに笑うと、ぎゅ、と抱きついてきた。その距離の近さに驚くけれど、決して嫌な気持ちはしない。むしろその温かさも相まって、少し嬉しかった。
「ふふ。これからよろしくね、ファジーくん」