素直になれなかった 夜の月明かりに、優しく照らされた屋敷の一室。瑠凛の横に並んだ道長は、彼女の白い指を絡め取り笑った。
「なあ瑠凛。いい加減聞かせてほしいんや。……あんたは、誰を想ってそないな顔するん?」
迫る瞳は切なげで、苦しそうでもあった。瑠凛は居心地の悪さを感じ、そっと目を逸らす。
「べ、別に誰も……」
「嘘言うなや。誰も想うとらん女が、そないな顔せえへん。な、教えて?」
首を傾げて上目遣いで問う姿は、雨の日に取り残された子犬のように悲しそうだ。翡翠色の瞳と視線がぶつかった瞬間、瑠凛は耐えきれず立ち上がる。
「だ……っ、道長さんのことなんか好きじゃありません! ばーっか!!」
それだけ言って屋敷から飛び出した瑠凛の後ろ姿を見つつ、道長は「……なんなんや?」と疑問を浮かべていた。
「……や、やっちゃった……道長さん、何も悪くないのに……こんな子供みたいなこと、あの人は嫌いでしょうね……」
屋敷から飛び出し、街の方に出てきた瑠凛は、見るからに落ち込んでいた。周りからしても、すぐにわかるほど。顔の広い瑠凛はそれだけで周囲から案じられ、たくさんの言葉をもらった。
──あの男がそんなことを気にするとは思えない。
──道長様なら、笑って許してくださいますよ。
──アイツは性格悪ィけど、物わかりはいいからな!
それでも、なかなか瑠凛の心は晴れない。許してくれると、理解してはいるのだ。でも、素直になれなかった自分が恥ずかしいのは変わらない。ただ好きだと伝えることもできない弱虫は、怒られなかったらきっとそのままだ。
一方その頃、道長は一人で街を歩いていた。理由は簡単、瑠凛を見つけるために。
いつもの彼なら、こうも気にかけてはいないだろう。だが、屋敷を出るその一瞬。ほんの少し見えた顔が、ひどく苦しげに……そして悲しそうに見えたのだ。好いた女があんな顔をしていて、放っておけるほど冷酷な男ではない。だから、こんな遅くに街を歩いている。
「(にしても、見つからへんな……街やないんか? せやけど、街の方で見かけたいう話やし……)」
部下から聞いた話を思い返し、特徴的な白い長髪を探す。ようやく見つけたと思ったら、そこは道長の屋敷の前だった。
「……瑠凛、うちの前で何しとん?」
道長からすればそれは当然の疑問だったが、彼女はとても驚いた様子で肩を跳ねさせた。そして、おずおずと道長の方を向く。
「え、ええと……先程の謝罪、と……その、ちゃんと話さなきゃ、と思いまして……」
「……ふうん? いきなり怒鳴って出ていったことについて、弁明があるん?」
わざと意地悪な言い方をする道長は、声を荒らげたことについてより、うら若い女性が夜出歩くことの方に苛立っていた。だが、それは努めて表に出さず瑠凛の話を待つことにする。
「わた、わたし……道長さんが、……す、好き、で……それなのに、手に触れられて、近づかれて……驚いて、しまったんです。……怒って、ごめんなさい……」
ぽつぽつと語られた理由に、道長は驚いた顔をした後に吹き出した。まさか、そんなにかわいらしい理由だとは思いもしなかったのだ。
「ふっ、あっははははは! なんや、俺に惚れとったから恥ずかしゅうて逃げたんかいな! っははは、道理で顔が赤い思うたわ! そぉかそぉか、ふぅーん……」
そこで言葉を区切った道長を、不安そうな顔で瑠凛は見つめた。一体どれほどの罰を受けるか……いやそもそも、「元は平民の身で、不遜だ」などと言われるだろうかと考えを巡らせ、瑠凛は不安そうな顔をする。
「触れられるんが嫌やったわけやないんやろ? せやったら……もっと触ってもええやんなぁ?」
「えっ……? ま、まぁ嫌とは言いませんよ……?」
瑠凛からの返事を聞き、彼はますます笑みを深める。ゆっくりと細い手首を捕え、自室に連れ込むと自分の方に引っ張った。
「今からどんだけ、俺があんたのこと好いとるかって体にわからせたる。恥ずかしい言うて逃げへんようになるくらい、浸からせたろなぁ……」
耳元で囁かれる言葉に、瑠凛はぞくりと背筋を震わせる。それは恐怖でも嫌悪でもなく、紛れもない期待だ。すっかり力の抜けた体を抱きとめ、道長は嬉しそうに笑った──