ナイショの合図
「後で立香ちゃんのお部屋行くね」
明日の予定は今日と同じ。9時からのミーティングからスタート。
その後は朝食を食べて日課の素材集めと種火集め、それからQP……とまぁいつも通りの明日の予定が入っている。緊急で呼び出されたりちびっ子達の鬼ごっこに一緒に入れてもらったりとかしない限りは今日も大体そんな感じのタスクをこなす。
少し違うとするならば、さっき夜ご飯を食べようと食堂に向かっているとき廊下ですれ違った一ちゃんからボソッと『後で立香ちゃんのお部屋行くね』と言われたことだった。
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「こんばんはお邪魔するね」
「ん、いらっしゃい。緑茶とほうじ茶どっちがいい?」
「じゃあ緑茶がいいな。あ、それから昼間にブーディカのお姉さんから貰った、えーっと『糖質控えめオートミールクッキー』?も少し持ってきたから一緒に食べよっか」
「わーい!」
そう言って緑茶を入れたコップと水が入ったペットボトルを持ってわたしはベッドに腰掛けて、目の前の椅子に一ちゃんが座って向かい合うといつものおしゃべりスタイルを完成させた。
一緒に持ってきたお菓子入れにガラガラとクッキーが満たされるのに罪悪感を覚えつつ糖質控えめだしオートミールなので大丈夫だと心の中の自分を正当化して黙らせた。
本当は紅茶がいいんだけどカフェインで寝れなくなるのはいやだからここはあえて白湯にする。
お互い飲み物を片手に、今日の見回りであった事とか食堂の期間限定スイーツのこととか、レイシフトから帰ってきた時なんかはその先々で会った人達やエネミーのこととかを話したりする。新規のサーヴァントの人が来たらその人とどこで会ったかなんかも話すかな。
近況報告がてらにそんな他愛のない話をだらだらと時間が許す限り話すのだ。
あ、でもわたしが怪我した時はその話をじっくり聞きだしてくるのはちょっと勘弁してほしいな…だからって黙っていたら余計怒られるのは目に見えて分かっている(経験済み)なので渋い顔されるのは分かりつつちゃんと白状する。
でもなんだかんだで、彼は優しいから自分がケガした時よりもひどい顔をして優しく撫でてくれたりするのだ。別にわざと怪我してるわけじゃないし安全で帰ってこれるならそれに越したことはないんだけど、その撫でられたり優しくされる瞬間が嬉しくてやらかして怪我してもお説教が怖いと思うのと同時にほんの少し、ほんの少しだけ嬉しくなるのは秘密。
不謹慎だけど、わたしを心配してわたしでいっぱいになってるみたいなそんな顔が…なんてやっぱり誰にも言えないね。
でもそれはほんとにたまーにでいいの。いつものお喋りな夜も勿論好きだし、うん、満たされている。
過ごす時間が寝る前じゃないならケーキとか和菓子とか食べながら話をしたり聞いたりしたいんだけどな、夜開催のこのひと時はもぐもぐうっかり食べれないのが改善点。
最初は「太っちゃうからお茶だけでいい」て言ったのに回数を重ねる毎に一ちゃんが目の前で色んなもの食べ始めるんだもんずるだ。しかも砂糖不使用とかノンフライとかそういうカロリーの低そうなものばかり持ってきては食べてわたしをゆさぶるのでこれは不可抗力…仕方ない、よね?
一ちゃんはむしろ太っていいくらいとか言うけどわたしは断固拒否。女の子としてのちょっとしたプライドは許してくれ。
美味しそうに焦げがついているクッキーの中にはドライフルーツが細かく入っていて理性に逆らって一つ二つと頬張っていると彼がわたしの髪に手を伸ばし温度が触れる。
どうやら今日は以前彼が贈ってくれた椿油というヘアオイルを使ってみた感想を聞くのがメインだったらしい。サラサラいい匂いでわたしもお気に入りの一品。
レイシフト先で買ったものをダヴィンチちゃんに頼んで少し改良してもらったらしくダメージケアや保湿効果もお墨付きらしい。
「うん、綺麗だ」
わ、わ…ナチュラルに頭を撫でて毛先を耳元でスリスリ指で擦られている。そういう仕草がずるいし恥ずかしい。
でもつ、付き合ってるし別にいいんだけどもね。わたしだってもう少し歳を重ねたりしたらたぶん大人な魅力出てくると思うし?多分…
「……ふ、耳真っ赤。かぁわいい」
「…………」