イチャイチャパラダイス復刻上映! 帰郷後、雷影劇場にてそのポスターが貼られているのを見てサスケは言葉を失った。
なぜ、あんな卑猥な小説が、なぜ、復刻上映されるほど人気があるのか、そもそも映像化していいのかあんなものを──言葉にはしなかったが、頭の中で何度もそれを繰り返し、その場に崩れ落ちそうになっていた。
先日、昔の木ノ葉に飛び、自らの素性を隠すためにイチャイチャパラダイスに感銘を受け〜と口にしたばかりなので、このタイミングでなぜこの文字がこう何度も頭を過ぎるのかと目を回しそうになっていたところ、ナルトに名前を呼ばれて勢いよく振り向いた。
おかえり。そう言って微笑んだナルトの笑顔がいつも以上に心に染みる。火影の仕事も落ち着いているのか、いつもより血色が良く、随分と心地の良いチャクラが感じ取れた。こめかみから流れ落ちた汗もきれいになくなるほど、澄み切ったナルトの笑顔を見てサスケはほっと息をついた。
「サスケに相談してえことがあるんだけどよ。ちょっと今からこの映画、一緒に観に行ってくんねえか」
そう言って渡されたのは、まさに今、頭を悩ませた元凶となった復刻映画──イチャイチャパラダイスのチケットだった。
席の数は八十。その最後列、右端の二席。シアターへの入口はその席から一番遠い。あえてそこを選んだのか、ナルトは壁際の席に着くと、右手で頬杖をついてスクリーンに目を向けた。
上映前に購入したのはナルトのドリンク一つだけ。とてもじゃないがサスケは飲み物を買う気になれなかった。まして箱いっぱいに溢れる白い空気菓子など。自分たちの他にちらほら、前列の真ん中に一組、その前にもう二組、さらにその前にもう三組と、菓子をつまみながらいちゃつく恋人同士の姿があるが、正気を疑いたくなるほどだった。
ナルトに言われ、頷くままこの席にやって来たがこいつは一体何を思ってオレを誘ったのだろうか。訊ねる前に劇場が暗くなり、気持ちの整理をする前にさっそく予告が始まってしまった。俗物的な映画だからか、予告も当然とばかりに類似作品の映像が流れてくる。
本当に大丈夫なのか、スクリーンを見つめたままサスケは固まる。突如始まった本編を前にしてさらに言葉を失う。情緒というものはないのか、遠慮というものを知らないのか、いきなり濡れ場から入るその脚本の良し悪しについてはただただ文句を言ってやりたい──グッと歯を食いしばり、目を逸らそうとしたところでサスケは隣のナルトを見た。
ナルト、お前はなぜ、平然としている。
そう呟いたサスケに対し、ナルトは動じずに答えた。
「ん、オレ、これ結構読まされてっからな。見たところでそんな驚かねえってばよ。まあでも映像化してっとまたちょっと違うけど」
本で書かれた部分がどのように表現されているのかを、じっくり見て、音で聞き、比較しているのだろう。まるで自分が書いたものを査定するかのように画面を見つめるナルトを見てサスケは口を紡いだ。
思い返しているんだろう、師匠のことを。お前の記憶を辿ったが、どれだけお前が愛されて、慕われていたのかを知った。そしてそれは、お前もだ。ただの師弟関係ではない。身内のように思っていた存在を失うというのは──つらいよな、つらいなんて、そんな言葉じゃ言い表せない。そしてそれをわかってやれるのはオレだけだ。
例えどれだけこの場に喘ぎ声が流れようと──水の滴る音が響き渡ろうと、ナルトが感傷に浸っているときに余計なことを考えるな。深くそう言い聞かせてサスケは目を閉じた。
「ま、でも、大人んなってから見るとまたなんか違うよな。つーかやっと見れたってばよ。昔上映されたときなんか十二才だぜ。お前も里にいて、任務やってた頃な」
波の国への護衛任務。生死をかけた戦いを終え、仲間としての意識が強く根付いた頃だった。あの頃からナルトに対しての感じ方も変わったんだと、懐かしく思いながらサスケは記憶を辿る。
目を開けてみると、真っ白なベッドを映すスクリーンの明かりで、前列の客の姿が見えた。そしてその前と、その前にいる客も、映画の熱にあてられたのか、いちゃいちゃと寄り添い、口づけをかわしている。自分たちが小声で話していても何も言われないわけだ。誰もこちらを見ていない。それどころか、映画そっちのけでやりたいことをやっているこいつらは一体何なんだとサスケは渋い顔をした。
「下品な話でわりーけど。エロ仙人にはそういうことも教えてもらったんだ」
「そうか……」
「でも、デートの仕方なんかは教えてくれなかったな。やっぱ修行がメインだったってばよ。オレってばお前のことで頭いっぱいだったし。お前を連れ戻すことしか考えてなかったからな」
ナルト────
懐かしいな、はは、あっ、だめよ、そんなところに、よくないわ、いいじゃないか少しくらい、じゃあ、ちょっとだけよ
ナルトの声に混ざって女の高い声が聞こえてくる。薄暗い中でも気づいたが、ナルトは少し照れくさそうにサスケを見てはにかんでいた。
何に対するはにかみなのか。サスケのことばかりだった過去の自分が照れくさいのか、今この状況に、サスケと二人でいることが照れくさいのか。すぐに前へ向き直り、頬杖をついてしまったナルトから、サスケはそこまで読み取ることはできなかった。
ナルトと映画を観たことなんて、指で数えるくらいしかない。こんな薄暗い空間で恥ずかしそうにする姿を見たこともない。まして、こんな隅っこの席に、並んで映画を見ながら過去の出来事を語り合ったことなんて、今までには一度もない。
サスケはナルトのことを「唯一」だと思っている。ナルトも同じくサスケは、かけがえのない存在だと思っている。和解後、言葉には出さずとも互いにそれを感じ合い、痛みを分け合いながらここまで過ごしてきた。
そうする必要など無いと思っていたからだ。だからサスケはナルトを抱いたことはないし、強かな想いを込めて手を繋いだことはないし、まして「お前を愛している」と口にしたこともなかった。
だが、今、隣にいるナルトが、まるでそれを求めているかのような表情を自分に見せたのを見て、サスケは人生最大の悩みに直面していた。この劇場で流れているのがイチャイチャパラダイスだとしてもだ。
思い返せば、入る前に気になる点はいくつかあった。なぜナルトはわざわざ奥の席に座ったのか。サスケが帰郷したことに気づいているとはいえ、わざわざ映画館まで来て、映画のチケットを渡すだろうか。嫁のヒナタもいるというのに、いくら師匠の作品だからといって、自分と一緒に観るだろうか。
ジュースを右側に置き、サスケ側の肘置きにはちょこんと左手が乗せられている。その手をしきりに見つめてサスケは苦悩していた。
握るべきか。せっかくナルトが、そうしたいと言っているのに、応えなければ傷つける。言えなかったことを言うべきか。胸の内に秘めていたことを今ここで、ナルトに。
「ナルト、オレは──」
顔を近づけた瞬間、あっ、とナルトも左を向いてサスケと目が合った。そして唇も重なった。二人の脳裏を過ぎったのはアカデミーでのファーストキス、あのときと同じ柔らかい感触が唇を伝い、全身にびりびりと電気のようなものを走らせた。二人の時は停止した。目を見開いたまま互いの唇を確かめ、バックグラウンドで流れる愛の夢を聴きながら二人は静かに目を閉じ、キスの感覚を分かち合った。
劇場を出てすぐ、ナルトはサスケを連れ出した。何か言いたいことがあるようで、サスケに顔を見せないように、袖を引っ張ってスタスタと進んでいく。後ろからでもわかる、真っ赤になったナルトの耳をじっと見つめながらサスケは眉を寄せた。
「撤回したいと言うなら聞かんぞ」
「ち、ちげーってばよ。さっきのチュウはまあ、いいとして……変な誤解されたくないだけで」
「変な誤解?」
やっぱり撤回宣言か、とナルトの腕を取って引き止める。振り向いたナルトは今にも蒸発しそうなほど赤い顔をして、サスケの肩を掴んだ。
「あ、あのさあサスケ。ああいうことしたくて誘ったワケじゃねえんだってばよ。よく考えたらお前とあの映画観に行こうなんておかしいよな。なんか、当たり前みてえにサスケと行くかって思っちまってたけど。自来也先生との思い出ってなると、どーも修行のことが過ぎって……そうなるとお前が出てきちまって」
シカマル誘えばよかった、と、顔を押さえながら呟いているナルトを見て、サスケはほっと息を吐いた。そして今度こそ、自分からナルトの右手をとって五本の指を絡めた。
想ってくれてありがとう、その思いを込めて今日、二度目の唇をあてた。