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    ワオ!

    いろいろ置き場

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    ワオ!

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    スターライトの男性職員がイケメンばかりな理由と、涼川さんの教員免許取得について考えたお話

    #アイカツ!
    aikatsu!

    JOB CHANGE CRISISJOB CHANGE CRISIS



     木製の大きな扉の前、すっかり慣れた様子でノックを二つ。きっとすぐに中から声がかかるので、ひんやりとしたドアノブをつかんでひねる。

    「……どうぞ」
     何度目かは忘れたが、この部屋の主とする話は決まっていた。

    「お呼び立てしてごめんなさいね。毎年恒例のアレなのだけれど……涼川さん、貴方スターライトで担任持ってみない?」
     なんて、また断られちゃうのかしらと、笑いながら織姫学園長は言った。




    ***




     姉貴からスターライトの仕事を紹介された当時、応募資格の欄には「同業者・男性」とだけ書いてあった。

     そのころにはバンドの活動もまあまあ軌道に乗っていて、特に職を探しているわけでもなかったので、その怪しげな仕事を受ける必要は俺には一切なかった。
     十代二十代の若い男が女性アイドルの学校で働いて良いと思ってんのか、対象年齢が明らかに違うだろと紹介者に若干呆れつつ断ったのは、変な仕事を持ち込まれた弟としてまったく正しい反応だったと思う。
     しかし、やはり姉貴も姉として正しい行動にでた。ゴリ押しだ。
     条件は満たしているし私の尊敬する方が困っているのよ履歴書送っちゃつたのよとしつこく泣きつかれてしまっては断り切れない。

     結局、姉貴の顔を立てるという理由で面接だけ受けに行くことになってしまった。
     絶対に浮くだろうなぁ面倒だなぁと思いながら臨んだ面接の場には、意外なことに十数人の若い男(若い男!)が集まっており、それに加えて全員がモデルやら俳優やら、どこかで見覚えのある華やかな顔ばかりだった。

     事務清掃員の面接会場にはとても見えない光景に拭いきれない違和感を覚えるが、悪目立ちするよりはいいかと判断して考えるのを止める。どうせ受からないし、深く関わらない方が良い。

     姉の顔を立てる名目がある以上、決して手を抜いたわけではないがその日の面接はめでたく望みどおりの手ごたえがないものだった。
     そもそも興味がないのだ、尋ねられたアイドルの名前も学園についての知識も…一つ残らず答えられなかったものだから、すっかり落ちた気になって一仕事終えたと悠長に構えていた。
     しかし、いつまでたっても不採用通知が来ない。
     代わりとばかりに次の選考の案内が届き、また手ごたえの無い面接を受ける。全員とりあえず通す方針なのかと思いながら、それを繰り返すこと幾度か。

     最後に届いたのは、仮採用通知と学園長面接のお知らせだった。





    ***

    「はじめまして涼川さん、あとはここにサインをしていただいて、正式雇用となります。長期の選考審査にお付き合いいただきありがとうございました」

     初めて入る学園長室は伝統を感じさせる格調高い造りで、大きな窓が印象的だった。差し込む光はやわらかく室内を照らしていたが、一方で机に座る学園長の顔を少し見えづらくするようだった。

     今日、スターライトを訪れたのはもちろん採用を断るためだ。

     内心冷や汗をかきながら。すみません、働けませんと、今まで流され続けたツケを払うつもりで来た。
     なんで俺がと思わないでもないが、俺が受けた面接だから仕方がない。怒られるか呆れられるか……わからないが、人事にも他の希望者にも失礼すぎる話なので、相手との関係が悪くなるのは必須だろう。最悪姉貴にも迷惑がかかるかもしれない。(そもそも誰のせいだ)
     それでも、バンドを蔑ろにすることは出来ない。後ろめたさを感じつつしっかり謝って辞退させてもらおうと思っていた。
     腹を決め、謝罪のために軽く息を吸った俺を遮るようにして、しかし話は続く。

    「正式採用の前に一つだけ、ある特殊業務について了承していただかないといけません」

     生来の華やかさをもって、にこやかに進められていた説明から一転、声のトーンが真剣なものに変わった。
     笑顔はそのままなのに意思を持った瞳が、値踏みするようにこちらを見る。
     吸い込んだ息を持て余して、そのまま飲み込んだ俺は、そういえばここは、いかにも秘密を語るのにふさわしい空間だなと思った。

     凝った装飾の施された厚い扉、革張りの椅子にやわらかく腰かけた表情の捉え辛い人、静かで張りつめた密やかな空気。
     少しも動けないようなプレッシャーの中でも頭は妙に冷静で、織姫学園長は今から面接時に感じていた《違和感》についての話をするのだと、すぐにピンときた。
     そして今、何かに巻き込まれようとしていることにも。
     これから俺は、いったい何を聞かされるというのか。

    「我が校はご存知の通り伝統あるアイドル学校、アイドル目指す子供達を多数お預かりしています。彼女たちは励み、競い合い、より高みへと昇るため日夜努力をセルフプロデュースを欠かしません。しかし、アイドルであると同時に、彼女たちは思春期の子供たちでもあります」
     含みのある遠回しな話し方が、漠然とした不安を煽る。

    「思春期、女の子と言えば何を思い浮かべます?」
    「……恋愛、ですかね」
    「その通り」
     求められていた答えを言えたようでなによりだったが、にっこり笑った彼女の話を、なんとなくこれ以上聞きたくなくてげんなりした。

    「ただでさえ彼女たちは、魅力的である事が仕事になりますので、誘惑は後をたちません。勿論恋をする事は悪い事ではありませんが、恋愛へと発展してしまうと相手によってはアイドルとして、芸能人として、致命的なダメージを受けることになります。生徒にアイドルの可能性を見出し、お預かりしている立場の我々としては、なるべくそういった事態を防ぎたい。そこで、涼川さんにお願いしたい、特殊業務の出番になります」

     ここで一息。

    「貴方には学園中のアイドルの【憧れの人】になっていただきたい」
    「……」
    「……」
     思わず見つめあってしまった。

    「はぁ、」
     想定を少し超えた突飛な響きに、間抜けな返事しかできない。
     憧れの人、はぁ、なるほど……?

    「あら……乗り気じゃないお返事。最近スターライトの生徒にスキャンダルが多いのはご存知?それも恋愛関係で」
    「いえ、全く 」
    「そう、良かったわ。必死でマスコミに規制をかけて回っているのだけれど、それでも数が多くて多少は噂が漏れてしまっているみたいなの。もう一つ聞くわ、神崎美月はご存知?」
    「ああ、はい、それは流石に。中学一年生ながらスターライトクイーンの座を獲得した、《あの》ですよね?」
    「ええ《あの》神崎美月。逆に他にスターライトの生徒を知っているかしら」
    「 ……、すみません」
    「そう、そこが問題なの」

    「神崎美月の一強になってしまってから学園ではスキャンダルが後を絶たない。決してそれだけが原因ではないと思っているのだけれど、皆自分に自信が持てなくなってしまっているのは確かなようね。仕事の面では学園がサポートできるわ、もちろん本人の努力次第ではあるけれど。ただ、スキャンダルは今までの対策だけでは難しいみたいで……」
    「俺の《出番》ですか」
    「えぇ!」
     満面の笑顔、出来のいい生徒になれたようで本当に喜ばしい。
    「恋愛はしなくていいわ、恋をさせてあげて、必要ならリップサービスも。生徒たちの目をよそに向けさせない事ができるのであれば、やり方は貴方次第でいいわ。この条件をのんでいただいて正式採用になるけれど……」
     よろしくお願いできるかしら?

     かしらと言われて、はたと気づいた。ここまで聞かされて、否と言わせてもらうことは可能なのだろうか。
     目線を向けた先には学園長の崩れない笑顔。俺が辞退の言葉を切り出せなかったのは本当に偶然なのか。
     覚悟決めちゃいなよ!とサムズアップした馬鹿姉貴の笑顔が脳裏によぎる。
     恨むぞ一生。

    「流石に、全校生徒は、厳しいのですが……」
    「それは……、冗談よ」

     苦し紛れに発した俺の答えはお気に召したようだ。思わずというように笑われる。
    「他にも何人かお願いをしているから大丈夫。涼川さんが引き受けて下さって安心したわ」
     断られるだなんて少しも思っていなさそうな笑顔でようこそと言う。

     ようこそ、スターライトへ。

     喰えない人だなぁというのが第一印象。






    ***


     不本意な就職活動から一転、拍子抜けする事に学園での仕事はなんの不満もなく順調だった。
     結局そのとき採用されたのは俺一人だったようで、やることはそれなりにあったが、慣れればたいしたことはない。バンドの練習時間や活動時間も希望通りに持てたため、メリハリのついた生活にかえって曲作りが捗るようにすらなった。
     特殊業務についても同様で、気負っていたほどの心配はなかった。

     最初はホストまがいな行動を期待されているのかと憂鬱だったが、話を聞くとそうでもない。やりかたはあなた次第で良いわとしきりに繰り返すので、どうしたものかと思いながらとりあえず掃除をした。
     するとしばらくして、若い男が働いているという噂が広まる。

     学内にいる男が珍しいのか目立つ上、勤務先は寮だ。
     恐らく一番気安い位置にいる同年代の男が俺なのだろう。放っておいても遠くから見つめてくる者、直接的にアプローチしてくる者、後を絶たなくなり、結果的に業務として一応の目的は果たせるようになった。
     本気のものは少数、多くは少女達の浮ついた習性だとわかっていても、軽率な態度にこれでもプロかと密かに辟易してしまう。なにも知らずにはしゃぐ少女たちは、正直少し鬱陶しい。

     また、関わりが増えるに伴い、いくつかの失敗もした。
     一番反省したのは、生徒の告白に曖昧な返事で返したことが原因で、付き合うことができたと各所で触れ回られてしまったときだ。
     俺とその生徒がデキてるという噂が広まるのは本当にあっという間の出来事で、恐ろしいことに気が付いた時には学園中に蔓延していた。
     学園長から直々に「生徒にとっては噂の正誤は関係ないのよ」と釘まで刺されてしまったが、本当にその通りで、俺がスキャンダルの元になっては世話ない。
     誤解はすぐに解けたものの、あくまで多数の「憧れ」でなくちゃいけないということは、一人一人に媚びをうる事とはまた違うようだった。
     結局普段通りの対応をするのが一番良いという結論に落ち着き、騒動の反省から、直接的な告白は誤解のない言葉で断るようになった。
     またそのころから、俺の存在に慣れてきた風な生徒たちに対して、自分から動くことも増えた。
     そもそも仕事である以上、最低限出会いは演出しなければなるまいと思ったのが一つ と、そうでもしなければ特殊業務としてやる事が無かったのが一つ。
     とはいえ、芸能人になりたての生徒は特に見ていて危うい所も多く、アドバイスと称して声をかけるタイミングにも困ることはなかった。


     そうと気が付くまで半年ほどかかったが、結局特殊業務というのは、想像していたよりもずっと健全(?)で、穏やかな仕事だった。

    ***


     様々な生徒の話を聞いていると、関わりのあまりない生徒の話も入ってくる。何となく関係性や恋愛事情を把握できてしまう中で、ヤバそうなモノだけ織姫学園長に報告をするような事を続けていたら、まあまあ成果があったらしい。
     初めて迎える年度末には担任に誘われた。
    「特殊業務もそうだけれど、貴方のアドバイスは的確だって評判よ。ね、本格的にアイドルを育ててみない?」
     想像もしていなかった誘いに驚き、とっさに面倒なことになったなと思う。
     今の仕事はまあまあ楽しかったが、今以上の興味は持てそうになかった。
    「お誘いはありがたいのですが……すみません。担任を持つとなると今までより時間が制限されます。自分のバンドも生徒もどちらも疎かになってしまうのは避けたいです」

    「そう、じゃあ、仕方ないわね。来年度も仕事内容は今のままで、引き続きお願いするわ」

    「……意外とあっさり諦めて下さるんですね」
     思わず声に出していた。

    「いやだ、そんな強制したりしないわよ」
     心外だとばかりに半目で見られるが、ここで働くことになった経緯を思い出してもらいたい。見つめ返すと、冗談めかして細められていた目つきが解けて、ふと穏やかな微笑みがこぼれた。
    「それに涼川さんはまだ、本当のアイドルの輝きを知らないみたいだから」
     思いがけない事を言われてドキリとする。

    「本当の?」

     本当のってなんだ?

    「とにかく、来年度もよろしくお願いするわね」

     うふふといつもの微笑み。
     今は別に、喜ばれるようなことを言った覚えはなかった。





    ***


     織姫学園長との話は妙な引っ掛かりを持って俺の胸にしばらく燻っていたが、やがて新しい年度が訪れ、去年と同じ仕事を同じようにこなしていくうちに忘れた。
     今年もこれといった面白味はなく、バンドの片手間にただ働くだけだと思ったし、事実そうだった。

     しかし、何やら様子が変わってきたのは、年度の始まりから半年ほど過ぎた秋のころ。
     星宮いちご、霧矢あおいが編入生としてスターライト学園に足を踏み入れたところからだった気がする。



    ***


     当初から、星宮いちごは目につく生徒だった。
     編入生という何かと話題を呼ぶ存在である上に、やることなすことが素人臭く軽率な少女は、一年生よりもよっぽど見ていられない存在で、周りを巻き込んであっちこっちで大騒ぎしている姿は非常に目立つ。
     霧矢あおいと共に迷走している場面には、やりすぎだとは思いつつカードまで出してしまった。
     成り行きで生徒には秘密にしていたバンド活動についてもバレ、気づけば見かければ声を掛けたり、芋を出したりするくらいの顔見知りになっていた。

     正直なところ、話す前も話すようになってからも、こいつは特殊業務の対象にはならないだろうという予感だけ何となく持っていたから、ここまで親しくなるのは想定外だった。
     俺も芸能人の端くれではあるので、自分に興味を持ちそうなやつ、恋愛を求めていそうなやつは雰囲気でわかる。そして星宮いちごが、そのどちらにもあてはまらないことも最初からわかっていた。

     ガキに興味はないし、仕事に関係ないのであれば話しかける必要はないのだが、身元を知られている気安さもあってか、不思議と交流が続く。

     迷ったり間違えたりしながらも、上を見つめ順調にステップアップしていく様が見ていて面白かったのかもしれない。

     考えてみると、仕事抜きで興味を持ったアイドルというのは星宮いちごが初めてだった。





    ***


    「今日呼び出したのは他でもない、涼川さんにスペシャルオファーが届いているのよ」

     カーペットを踏み踏み、重い扉を開け学園長室を訪れた俺を迎えたのは聞きなれない文句だった。年度末に呼び出されるのは毎度の事だったが、今回は趣向を変えているらしい。
     お決まりらしいセリフには全然ピンと来ないものの、心底楽しそうな声に何故か姉のおもちゃにされ続けた幼少期がフラッシュバックした。
    「結構です……」
     とっさにそう答えると、あらつれないと言うコメントと共に非難めいた視線が投げられる。

     しかし、口角はあがったままだ。
    「依頼人は是非に、と言っているわ」
    「はぁ」
    「ちなみに依頼人は私よ」
     うふふと笑う。

     大人の女の人というのは……

    「涼川さん、ねえ、中等教育免許取ってみない?」

     楽しそうな女の人には逆らわず、言うことを聞いた方が無難だというのは長年の経験でわかっている。今回など既にどっと疲れているし、できればこれ以上の疲労は避けたい。
     しかし、俺にも譲れないものはある、しっかりしなくてはと思い直し、言葉を探す。

    「去年もお断りしたと思うのですが、バンドの時間を削るつもりはないので今以上の時間を割くことはできません。業務に加えて学校まで通うのは無理です。やる気のあるやつならともかく……俺には、その意欲はありません」

    「まあ、そうよね。じゃあとりあえずその話は保留にしましょう」

     あまりに急な話題転換に戸惑うが、テンポに容赦がない分、たぶんわざとだ。
    「それで、ここからは提案なのだけれど、涼川さん前に作詞について少し言っていたわよね」
    「?はい」
    「活動も大規模になってきたことだし、バンドの事を考えると確かに知識の面で、もっと厚みがあっても良いと思うわ。誰かに師事してみたりとかは考えたことない?」
     突然痛いところを突かれた。

     メジャーデビューしてからというもの、求められることは様々で、得意分野だけでやっていけるものではない。
     加えて、ある程度コンスタントに新曲を発表し続けなければならないこともあり、似たような表現を使わないようにするのに苦心していた。

     正直自分の知識の中だけで回すにも限界が来ている、けれどどこから学んでいけばいいのか。
    「作詞の権威の児嶋先生、今専門で少し授業をしていらっしゃるそうなの」
     え、と思う。
    「授業自体は、作詞のことだけ取り上げているわけではないそうなのだけれど、知識の幅を広げるには好都合だと思うわ。この間お話したとき研究室に入れば個人的に指導も受けて下さるといっていたから、これはまたとないチャンス」
     いつの間に出したのか専門学校のパンフレットを振って見せる。
    「時間の確保についてだけれど、学校に通う間、清掃業務の時間を減らして構わないわ。ここは色々な分野の授業を受けられるからきっとあなたの糧になるはずよ」
    「まってください」
     これは、あまりにも。
    「あまりにも、俺に都合が良すぎます」
     作詞の権威に個人的に指導?お願いしたいに決まっている。
     けれど、業務の時間を減らしてでも通うというのは、おかしい。雇用主にここまでしてもらう理由がない。免許の件にしてもそうだ。
     不審そうな俺の態度をみても学園長は動じず、心得たとばかりに再び口を開く。

    「涼川さん、私は貴方の才能を、貴方が思っている以上に認めているわ。かつて芸能界に関わった者として、今教育に携わる者として、貴方の才能を伸ばすチャンスがあると思ったら、それを出し惜しんだりはしないの」
     自身も能力を伸ばし、才能を育て、輝いてきた学園長だからこそ重みのある言葉だった。
    「それに、この話は純粋に今までの貴方の活躍を踏まえて来たものよ、私が勝手に断って良い案件ではないでしょう」

     そう言っていつものように微笑む。しかし、それを見る俺は、とてもいつも通りとは言えないような、大きな衝撃をうけていた。
     だって、スターライトでは、ただの事務清掃員としてしか認識されていないと思っていたのに。

    「ここからが交渉。最初の依頼に戻るのだけれど……その学校で、教科は何でもいいわ、教員免許を取って来てくれたら、学費は学園が負担しましょう。勿論免許を取ったから担任を必ず持てと言う話ではなくて、そうね、時々生徒たちにレッスンを付けてくれればいいわ」
     どうかしら、何にせよ選ぶのは貴方なのだけれどと笑った顔を見て、
     ―――無駄な抵抗だったなと、気づく。

     交渉と言っても結局は、俺に都合のよすぎる提案なのだ、作詞以外にもその他教養を勉強できる機会はなかなかないし、学生として過ごすキャンパスライフだって、俺の曲を聴くメイン層の日常を知る貴重な経験になる。今特に求められている「売れる曲」の為には共感だって不可欠だろう。
     ここまでお膳立てされておいて、何もしないのは無理だ、自分の才能を誰よりも信じて、誰よりも大事にしているのは他でもない自分自身なのだから、チャンスがあれば手をのばす。
     別に授業料くらい賄える稼ぎはあったが、周到すぎる学園長に少しくらい恩を着せた方がいい気がして、ここはありがたくのせられようと思った。

    「分かりました。もったいないお話ありがとうございます。そういうことなら是非、免許を取る方向でお世話になりたいと思います」
    「よかったわ!じゃあ手続きを進めておくわね」

     期待しているわと言いながら、パンフレットといくつかの書類を渡され、その日は解散する。いつものことながら凄い仕事の速さだ。
     書類を手に廊下にでるともう日が沈み始めていて、窓から差し込むオレンジの西日が眩しい。
     学内の寮へと続く道を紙の束を折らないように気を付けながら歩く。

     葉っぱ一つ落ちていない石畳を踏み踏み(さっき自分で掃いた)モアザントゥルーを、もっと大きくしてみせるし、しなくちゃいけないと考えていた。




    ***


     キングの暴走があったのは、それからしばらくして。

     何事もうまくはいかないもので、決意もそうそうモアザントゥルーはガタガタだった。
     かってに専門に通い始め、益々売れる曲を意識した俺の事が気にくわなかったらしい。バンドのこれからを考えて出した結論を、よりによって一番長い付き合いのキングに否定され揺れる。うまく行かなくてイライラした。
     こじれるだけこじれて、とうとう脱退まで宣言された日はちょうど貴重なバンドの練習日。何で今なんだよとか、単細胞モヒカン、とか言いたい事は沢山あったが、キングの居ない場で今後についてなんて話合う気はなかったから、その日もただ練習をするだけの予定だった。

     イライラが収まらなくて、頭を空にするため学内の仕事をしていると、星宮がやってきてキングが訪ねてきたと話を聞かされた。キングの単細胞に呆れつつ、邪険にしていたはずのお節介なリボンは、いつの間にか俺たちのいざこざの真ん中にいた。
     流れでたどり着いた土手で、ポツリポツリと言葉を口にしていく。
     よっぽど弱っていたらしい、年下の女の子に悩みを相談する日が来るとは思っていなかった。でも、ナオへの興味なさと掃除のお兄さんこと俺への素直なミーハーさ。
     ちょっとズレた間だとかがおかしくてすぐにどうでも良くなってしまう。
     困っている人を放っておけない、コイツの性質は知っていたつもりだったが、俺もその対象なのかと、あまりの溌刺さに少しおののく。
     つくづく変なやつだ。

     しかし結局はその星宮のお節介のおかげで、モアザントゥルーは解散を免れる事になる。

     あの日の出来事は本当に不思議なばかりで。
     ファンシーなセットを男四人で見上げるだけでもシュールなのに、加えてキングは号泣していた。
     妙な光景だけど、メンバーが揃ってそこにいることがなにより嬉しく、忘れられない、心の底から楽しいライブだった。
     アイドルに教えられることがあるとは、数年前には思いもよらない事だった。

     その後、星宮がアメリカへ留学すると聞いたときもあまり驚かなかった。仲の良かったやつらは寂しそうにしていたが、やる気に当てられたように活動に励んでいたし、俺も、不思議と専門に通う頻度が増えた。

     またいつか帰ってくる日に、あいつがもっと熱いアイカツを見せてくれるのをみんな心待ちにしていた。







    ***





     鳴りやまない拍手、圧巻のステージ、ファンの熱狂とアイドルの興奮が混ざり合い共感しあって生み出された、とてつもないエネルギーは  いつまでも見たものの胸で強く脈打っていた。

     あの秋の日に、おしゃもじをマイクに持ち替え、スターライト学園へとやって来た星宮いちごは「大スター宮いちご祭り」で間違いなく一つのゴールへ到達した。

    「スゲェだろ、アイドルも」
     光り輝くステージを見上げながらカノンに言った言葉がしっくりくる。

     そうだ…アイドルは、凄い。

     俺は最初から見ていたんだ、ずっとこの熱を知っていた。ただの女の子がトップアイドルに成長するまでの全てを、少し遠くからではあるけど、見ていた。
     いつか織姫さんの言っていた話を思い出す。俺が知らなかった「本当のアイドルの輝き」
     もし、この熱い気持ちが、強い感動が、それによるものであるのなら。

     …なるほど確かに、星宮いちごみたいな輝きを、奇跡の物語を、もっと近くで見たいと思ってしまうのは、仕方のない事だと思う。



      


    ***


     木製の大きな扉の前、すっかり慣れた様子でノックを二つ。
     きっとすぐに中から声がかかるので、ひんやりとしたドアノブをつかんでひねる。
    「……どうぞ」
     何度目かは忘れたが、この部屋の主とする話は決まっていた。
    「お呼び立てしてごめんなさいね。毎年恒例のアレなのだけれど……涼川さん、貴方、スターライトで担任持ってみない?」
     何て、また断られちゃうのかしら、と笑いながら織姫学園長は言った。



     執務机の前に立って、心の中で何度も繰り返した言葉を声に出す

    「いえ、やらせて下さい。担任」

    「……驚いた。どういう心境の変化?」
     一瞬目を瞬かせながらも、たいして驚いていない様子で不敵にロ元が上がっていく。
    「心当たりがないこともないけれど」

     本当に何から何まで知っていそうで恐ろしい。
    「何となく、です」
     織姫学園長は相変わらず何でもお見通しみたいな目でこちらを見ていたけれど、俺も少しは意地をはりたい。

    「ふうんそう、まあ、何にしてもとっても助かるわ。引き受けて下さってどうもありがとう」
    「こちらこそ、何度も声を掛けて下さってありがとうございます」
    「あなたは、アイドルを好きになってくれると思っていたのよ。ずっとね」
     
     思いがけず優しい目で微笑まれ、なんとなくソワソワしてしまう。
     この人は本当になんでもお見通しなのではないか。

    「担任としてお願いしたい仕事はいくらでもあるのだけれど、生徒たちと触れ合う機会が増える分、特殊業務については引き続きより力を入れて行うようにお願いするわね。なんて、今年もチョコを山ほどもらっていたあなたには、いらない心配だったかしら」

     不意にバレンタインイベントでの事が思い出された。前々から気になっていたことがひとつある。チョコレートの数で無邪気にはしゃいでいたあの人のこと。

    「あの、薄々感じていたんですが、もしかして、ジョニー先生は特殊業務の事知らないんですか……?」
    「あら、言ってなかったかしら?そうよ」
     というかジョニー先生に、そんな器用な真似できると思う?とあまりにもあっさり言われ、拍子抜けしてしまう。出来なさそうだ。

    「それにあの人はアイドルの事をよく知っているもの、特殊業務なんて言って釘を指さなくても大丈夫よ。どんなに好かれようと、万が一にも生徒と間違いは起こさないわ。」
     織姫学園長は懐かし気に目を細めて言った。付き合いの長い彼女達の事だ、色々あるのだろう。

    「とにかく、楽しみにしているわ。涼川〈先生〉の働き」

     室内を照らす柔らかな光と、見え辛い織姫さんの顔、なんとなく、最初にこの部屋に来た時の事を思い出していた。

    「ねえ、アイドルって素敵でしょう?」
    「 ……危なっかしくて、目は離せません」
    「素直じゃないわね」

     そういいつつ零れる笑顔に、また喜ばせてしまったなと気づく。メロメロですとでも言っていたら、噴き出してくれただろうか。


    ***


     あいつが中等部を卒業して、もう一年経つ。
     アイドルの輝きを、煌めくドラマを再び間近で見ていたい、出来る事なら立ち合いたいという思いが止まず。うっかり教師にまでなってしまった。
     憧れは、次の憧れを生む。

     俺がはじめて持つクラスには、どんなアイドルの、どんな物語があるのだろうか。

    「星宮以上のアイドルを育てて見せますよ」

     いつか、絶対。


    〈end〉





















     あとがき



     スターライトの男性職員がイケメンばかりな理由と、涼川さんの教員免許取得について考えたお話でした。
     様々甘々ですが一案と言うことでご容赦下さい。(教科は国語が良いなと思います。)
     お手に取っていただきありがとうございました!




    ○四葉さん
    特殊業務の新しい人員として学園長がスカウト。アイドル時代の名前が売れていたのが原因で職場探しに困っていた四葉さんのため、夢を応援する意図が大きい。

    ○特殊業務
    織姫学園長としては生徒たちを顔の良い男に慣れさせて、暴走させないようにするのが目的。普通にしていてくれていればいいと思っている。
    アプローチを仕掛ける生徒の存在が予想できるので、涼川さんにはからかいと牽制を込めて業務の内容を伝えていた(涼川さんも、からかわれていたのだろうと最近は気づいている)

    ○教育実習
    涼川さんの教育実習先は姫桜女学院。

    ○寮
    スターライトでは職員自身も業界で活躍している有名人であることが多々あるので、生徒と同じような保障を受けることができる。その一つにファンやマスコミからの保護が含まれ、希望者は学内の男性職員寮に住むことができる。

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