下水道から外へ出た時、いや、正確にはあの小屋に入ってあの押し入れを見た時から、鶴丸と一期一振は妙な既視感を覚えていた。それと同時に違和感も。本来あるはずのない遠征先の建物、そしてその中にある異常性質を有する物体。迂闊に足を踏み入れたことは事実だが、しかし抗えぬ好奇心があったのも真実なのだ。
荒れ果てた大地、文明の荒廃した世界。本丸空間とも、現世とも違う異質な存在。ひとの気配はおろか、生物の気配すら無い地平。どこからともなく漂ってくる生臭い臭気を見渡しながら、鶴丸は足元に転がる壊れた銃器を蹴り上げた。
「なあ、君はどう思う? 一期。俺の予想がただしければ、これはあの押し入れの先の冒険なんじゃないかと思うんだが」
「同感です」
宙を舞った銃器を右手で受け取り、銃身を眺める。とりわけ詳しいわけでもないが、彼らの世界にはおそらく存在しないものだ。この異空間と同じく、彼らの知る理には外れているものだろう。
それを証明するかのように、グリップにはとあるマークが刻まれていた。
「同心円に矢印……」
「おもしろくなってきたんじゃないか?」
答え合わせをしに行こうぜ。鶴丸国永は楽しげに笑みを浮かべる。これが本当にあの押し入れの先に広がる冒険なら、来た道はもう戻れない。だが行く宛てはある。ひとつだけ。
一期一振は銃を懐にしまい込む。ごつごつとした感触が多少不快ではあるが、そう気に留めるものでもない。
「“彼”を探しに参りますか」
「そうだな。とりあえず、ここら一帯の調査が終わったら西へ向かおう。足があるとは思えないが」
「馬でも連れていれば良かったですかな」
「はは、どっかに繋がれてるかもしれないぜ?」
軽い冗談を交わし、二振りは同時に背中を合わせる。臭いが強くなっている。
「あの報告書が正しけりゃ、これはちとまずいかもな」
「我々の機動でどこまで逃げられるか、まさか斬るつもりではないでしょうね」
「カエル切りにでも改名するかい?」
「それはまたの機会に」
目線で匂いの元を辿る。先に捉えたのは鶴丸だ。
「目標確認。ああ、たしかにクソッタレな見た目してるな。かわいいカエルちゃんだ」
「スレの皆にもおすそ分けするつもりですか?」
「そりゃあもちろん!」
右手に持ったクリップチップを指で叩き、およそ距離500程度離れた巨大な肌色の両生類のような実体を激写する。その見た目に反して機敏なため多少ぶれてしまったが、板の連中はさして気にもしまい。それに捕捉される前に逃げ出す算段だったが、どうやらその試みは失敗したようだ。
「完全に捕捉されたな」
「どうします。刀装はありますが、投げますが」
「投擲技術に自信はあるかい?」
「伊達にダイヤモンドに立っておりません」
「君は撮られるより撮る側だろ!」
「たまには被写体になってみるのもいいものです。帰ったらご一緒にいかがですか?」
「ははは、そりゃあいいな」
鶴丸と一期一振に気付いたそれが、跳ぶように距離を詰める。その体躯はさながら3メートルほどのカエルのようなもので、強靭な脚力を有している。一蹴りで数メートルは跳ねる。
一期一振は金色の刀装をひとつ取り出し、迫るそれに向けて力いっぱい放り投げた。鋭く放たれた魔球は途中で軌道を変え、飛び跳ねるそれの胴中に命中した。
「ストライク!」
しかし球はそれの分厚い皮膚によって跳ね返され、一時的にカエルのバランスを崩すだけにとどまった。鶴丸はそれを見越して一期一振が投擲した直後に地面を蹴り、カエルより高く舞い上がるとそれの脳天目掛けて切先を振り下ろした。鶴丸の刃は見事カエルを貫き、串刺しになったそれはくぐもった鳴き声のような金属音を上げる。
本体を引き抜いた鶴丸は宙を華麗に舞い、鳥のように軽やかに地面に降り立つ。
「鶴丸殿」
「かっっったいな…………」
柄を握る手が衝撃で震えている。ぶよぶよと柔らかそうな見た目とは裏腹にかなりの硬度を誇るようだ。空を切り、それの体液を振り落とす。
「刃こぼれはしておりませんね。しかし、実体はあるようですので怪我にはお気を付けを」
「ああ、かじられちゃたまらないな」
ここにいるのがこの一体だけとは限らない。それを証明するかのように、臭気は絶えず一帯を漂っている。仲間が近くにいるらしい。囲まれては不利だ。
無惨に死に絶えたカエルの傍らに落ちた金の刀装を拾い上げ、再び標準装備にリセットする。一期の装備が整ったのを確認し、鶴丸が本体で彼方に見える廃ビルを示す。
「とりあえず移動するか。あの廃墟を目指そう」
刀身を鞘に収め、斃れた巨躯を一瞥して歩き出す。
「先程、報告書がどうと仰いましたが」
「それがどうした?」
一期一振が言う。
「件の報告書の内容が正確であれば、あの時代のあの場所にあの建物があったこと自体異常だと思うのですが。あれは本当に押し入れだったのでしょうか」
鶴丸の言う報告書とは、なにも審神者が書いたものでは無い。どころか、彼らのうちの誰が書いたものでも無いのだ。そもそもその存在すら、政府の連中は知らないだろう。彼らにとっての未知の組織の暗躍も。
ではなぜ、一期一振と鶴丸国永はそれを知り得たか。
「彼らの調査不足だろうぜ。何なら俺たちで加筆修正しとくかい?」
「さすがに大目玉ですよ。組織のデータベースに勝手にアクセスした挙句、記録を書き換えるなどと……」
「冗談! さぁ行こうか」
けらけらと景気の良い笑い声を発し、足取り軽やかに先を急いだ。