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    Lfio

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    速村

    きらきらひかる ちいさい頃、海でおぼれた。ぎらぎらした日差しも賑わう人の熱もない、秋の、静かな夜だった。
     十年に一度か、はたまた百年に一度か。そんな流星群の日だった。両親と立ったテトラポッドの上、ひときわ瞬く軌跡にはしゃいで。三度願いを繰り返す前に、暗がりへと足を滑らせた。
     四肢に纏わり付いたパジャマが重くて、もがきながらあぶくを吐いた。容赦なく波が打ち寄せて、隙間に引き込もうとする。身体の内側へと入り込む闇黒の塩水に噎せながら、抗うように上を見た。手を伸ばした。どこまでも続く闇の中に、ゆらゆら揺れる月のひかりが導くように差していて。それが、息を飲むほどうつくしくて。このまま連れていってほしいと願った。そこで意識を失った。
     再び目を覚ましたとき、見上げた先にひかりはなかった。分厚い雲に覆われた空は、沈んだ先で見上げた水面よりも低かった。落ちた場所に隣り合う砂浜は、見渡す限りの闇ばかりがあった。
     父が、母が、手を握って泣いていた。よかったと繰り返す声を聞きながら。取り戻したひどく重い頭で、本当によかったのだろうかと思った。
     あの時、きっと、私は半分死んだのだ。ぽっかり空いた半分には、夜が入り込んだのだと思う。だから輝く太陽よりも、あえかな月が好きだった。
     部屋にひかりを閉じ込めて、身一つで夜に滑り出す。錆びた非常階段を下りて、自転車置き場の裏を抜ける。少しだけ道を歩くと堤防を上がる階段があって、その上に遊歩道があった。ぬるい夜風に吹かれながら、その道を散歩するとき、ようやく生きていると思えた。
     それなりの都市部を流れる川だ。深夜であれどその堤防には、そこかしこに人の気配があった。それがまた、気に入っていた。
     水際に下りる傾斜に腰掛け、蛍のように煙草を燻らせる者。派手なランニングウェアを纏って、軽快に走り抜ける者。くたびれたスーツとネクタイ姿で身を引きずるように歩き、時折立ち止まっては虚ろな目で流れを見つめる者。誰もが書くに足るような物語を持っているように思えた。内側に淡くひかる何かが少しでも透けて見えやしないかと、ひとりひとりに目を凝らした。いわゆる、職業病と言うものなのだろう。存在し得ない誰かの人生を、彩り豊かに綴るために。舞台に上がるかもしれない、ありふれた誰かの息遣いを、少しでも取り入れたかった。
     そうしていると、目の前からまた誰かが歩いてきた。異邦人めいた若い男だ。その身に纏う彩りと空気は、明らかに他と違っていた。
     一目見て、うつくしいと思った。一歩進むごとに男は、見慣れた景色を映画へと変えた。色素の薄いブロンドの髪が、皓々と落ちる光によく映える。街角でよく見かけるようなありふれたパーカーとジーンズが、まるで彼のためだけに仕立て上げられた品であるかのように、すらりと長い手足に馴染んでいた。
     私は、足を止めてしまった。視線を隠すことも忘れて、ただ、その男に見とれていた。すると、あと少しですれ違おうかというところで、男もぴたりと立ち止まった。珊瑚の海の浅瀬のような、澄んだ水色の双眸が私を見つめた。
     いつものように、疎まれるのだろうと思った。知らない人間にまじまじと見つめられるのは、あまり気持ちの良いものではない。
     すみません、あまりにも知人に似ていたもので。馬鹿げたうそだと知りながら、常套句を構えたときだった。
     ああ、と感情たっぷりに息を吐いた目の前の男が、小走りでこちらに駆け寄ってくる。そうして私の両手を取ると、そのまま胸の前で握り締めた。
     やっとあえた。そう呟いて、宝石のような瞳がきらめく。
    「すきです」
     真っ直ぐに見つめて告げられた、それはまるきりロマンスだった。まるで空気を読んだみたいに、川辺を夜風が吹き抜けた。
     道端の草が波のように鳴って、男の金色の髪もなびく。それはまるでさらさらと、細かな光の粒を振りまいているかのようだった。
     それを扱うのが生業であるのに、私はすっかり言葉を失くしてしまった。目の前に佇む彼が、一体何を考えているのか。ただのひとつもわからない。ただ、覗き込んだ瞳は明らかに、ただごとではない熱を帯びていて。逃れることが出来ないまま、ささやかな呼吸だけを繰り返した。
     あまりにも、私が驚いていたからかもしれない。たっぷり数秒そうしたあとで、男はぱちぱちと瞬きをして。そうして、思い当たったように口を開く。
    「先生の書く、おはなしが」
     欠けた意味合いを補完するように、紡ぎ出されたていねいな音。それには少しだけ、耳慣れないイントネーションが混じっている。それでもきちんと、こちらの言葉を喋った。おまけに私の書いたものを読んで、さらには好んでいるらしい。
     つまるところ、ファンということなのだろうか。それを聞いてなお私は、いまいち上手く飲み込めなかった。
     だってその男は、私の手を握ったまま、ぽろぽろと涙を流していた。頬を伝って滑り落ちたそれは、足元に転がるころにはダイヤになる。そう言われたって信じてしまうほど、綺麗に輝く涙だった。
     手遊びに書いたような仮初の物語ひとつで、ここまでの顔が出来る男がいることに、私はひどく衝撃を受けた。それと同時に、なにか大切なことを忘れているような。そんな漠然とした焦燥に駆られていた。
    「せんせい」
     男は、もう一度私を呼んだ。熱烈に繋ぎ止めていた、あたたかいてのひらが離れてゆく。
    「明日、またあおうね」
     そうして男は、ようやくわらった。花が咲いたみたいなそれは、やっぱりひたすらにうつくしくて。的確に表現することばを、私はどうしても見つけられなかった。
     ただ、ひとつ喩えるとするなら。暗く沈んだ海の中で見た、あのひかりに似ていると思った。
     ぶんぶんと手を振りながら引き返していく男を見ながら、あした、と、残された言葉を繰り返す。すでに日付を回った深い夜が、その瞬間にも刻々と過ぎて行った。
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