急に視界が黒く欠け、その中がギラギラと点滅し出した。心なしか吐き気もある。
(しまった…)
ファウンデーションとの戦いを終えたミレニアムは現在プラントへ向かっている。
各モビルスーツパイロット、戦闘艦橋という最前線で戦ったラミアス、ノイマンには今、休息が与えられている。
パイロットスーツから着替え、ノイマンはあてがわれた部屋で人心地ついたところであった。
極度の緊張からの解放からかはたまた疲れからかノイマンには偏頭痛の前兆が現れていた。
(寝れば多少良くなるが…)
いつもなら偏頭痛の薬は常備薬として自室に保持しているのだが、アークエンジェルを失ってから連戦であった為すっかり頭から抜けていた。
偏頭痛には大変よく効く専用の薬がありノイマンはそれを処方してもらっている。ただ艦内の医務室なると専用の薬まであるかどうかは微妙といった所だろうか。
(そもそもコーディネーターって偏頭痛になるのか?)
専用の薬がなくてもまぁ痛み止めぐらいは貰えるだろうとノイマンは部屋を出て医務室に向かう事に決めた。本格的に頭が痛み出す前にとノイマンは急いで部屋を出たが、出た所で自分が医務室の場所を知らない事を思い出した。
(ブリッジに行って聞こう…)
ブリッジにはコノエ艦長を始めミレニアムの正規のクルー達がまだ残っているはずである。
次第に痛み始める頭を抑えながらノイマンはブリッジに向かう。入り口から顔を覗かせればすぐに副長であるトライン少佐が声をかけて来た。
「あ、ノイマン大尉!休憩中でしょう?どうしたんですか?」
「お疲れ様です。お忙しい所すみません、トライン少佐。医務室の場所を教えて頂きたいのですが」
話しかけて来てくれたトライン少佐に少し安堵しながらブリッジ内に入る。そして訳を話した、その時である。
ブリッジに居た全員だろうか、一斉にノイマンの方を見た。
「えっ、なんです!?」
驚きで少し大きな声を上げてしまう。
「えぇぇ!?大丈夫ですか!熱ですか!?やっぱり戦闘艦橋なんてよくわからない所登ったから…」
トライン少佐がそんな事を言いながらわたわたと近づいて来て、額に手を伸ばしてくる。
そんな大事では無いんですけどと言う暇もなく横からハインライン大尉も近づいてくる。
「トライン少佐、戦闘艦橋はよくわからない所ではないし、登っただけでは健康被害はおきない。ノイマン大尉、貴方はナチュラルですよね?ナチュラルへの影響も考慮はしたが足りなかったか?とりあえず顔を見せて下さい。ああ、涙目になっている。顔色も悪い。脈拍は少し早いが体温は正常範囲内だろう。どこか痛むところは?背中など痛ければ大事になる可能性もあります。さぁ、痛むところがあれば早く言って下さい」
トライン少佐に額に手を当てられ、ハインライン大尉には手を取られ脈拍を計られている。
2人の勢いに驚き後退したいところだがこれでは退がれない。操舵席の方からノイマン大尉死んじゃうんですか!?なんて声まで聞こえてくる。
(何でこんな大事に?)
トライン少佐は未だノイマンの額や頬に手を当てながらわたわたしているし、ハインライン大尉には高速で何かを聞かれているがいまいち聞き取れない。手は取られたままである。
ノイマンは偏頭痛とは違う種類の頭痛を覚えた。
「2人ともノイマン大尉のこと離してあげなさい」
救世主が現れた。コノエ艦長である。
トライン少佐とハインライン大尉はその言葉にノイマンから手を離した。
「全員少し落ち着かないか。…悪かったね、ノイマン大尉。医務室の場所が知りたい様だけど、どうしたのかな?」
コノエ艦長の言葉でブリッジは少し落ち着きを取り戻したがまだノイマンの方に視線がチラチラ向いている。
「少し頭が痛いので、鎮痛剤を貰えたらと思いまして。こんな大騒ぎになるとは思わず、申し訳ないです」
「いや完全にこちらが悪いから気にしないで欲しい。この艦の中だとブリッジクルーが医務室に行くということが殆ど無いものだから」
なるほど、とノイマンは思った。コーディネーターはナチュラルより強靭な体を持っているのだ、医務室まで行くとなると重症というイメージが彼らの中にはあったのだろう。
「頭が痛いというのは良くあることなのかい?」
「持病といいますか、偏頭痛ってご存知です?」
「あぁ、なるほど。よく効く薬があったように思ったけど。艦にあるかはわからないなぁ」
コノエ艦長は偏頭痛を知っていたようだった。
「偏頭痛って、死んじゃったりはしないの?」
「死にませんよ。私の場合は薬飲んで寝れば大抵良くなります」
「良かったぁ。でも、痛いんでしょう?引き止めてごめんね、医務室は…」
安心した顔のトライン少佐が医務室の場所を教えようとした時、ハインライン大尉が被せるように質問して来た。
「ノイマン大尉、吐き気はありますか?」
「我慢できないほどではありませんがあります」
「では視野の欠けはありますか?」
「…あります。偏頭痛の事よくご存知なんですね」
「今調べました。羞明もあるということでよろしいですか?」
「そうです…」
「なるほど、わかりました」
医師のような問診を終えハインライン大尉はコノエ艦長に向き直った。
「艦長、ノイマン大尉を医務室までお送りしても?」
「ああ、行ってきてもらえるかな」
「もちろんです」
「そこまでして頂かなくっても!」
ノイマンは驚きで声をあげた。痛みもまだ我慢できる程度であるので場所さえ教えてくれれば自分で行けるのに。そこにトライン少佐も口を出してきた。
「ノイマン大尉、送っていってもらった方が良いですよ!医務室はモビルスーツの格納庫付近にあるのでここからだと結構距離があるし…」
医務室を使うのは主にモビルスーツのパイロットや整備の最中に怪我をすることもある整備員などなのだろう。その配置は合理的である。
ただ、確かにここからは遠いしいまいち行き方もわからない。
「視野の欠けも羞明もあるのでしょう?もう時期目を開けてるのも辛くなるはずです」
「確かにその通りですが…」
「遠慮はしないで下さい、さぁ行きますよ」
そういうとハインライン大尉はノイマンの横に立ち腰に腕を回し引き寄せた。そして床を蹴りブリッジの入り口を通り抜けた。
ブリッジ内からは行ってらっしゃーいというトライン少佐の声が響く。
急な出来事に我を失いかけたノイマンはやっとのことでハインライン大尉に声を掛ける。
「こ、このまま行くんですか!?」
「そうです。光が気になるな目を瞑っていて頂いても結構ですよ」
「自分で動けます!」
「顔色も本当に悪くなってきています、無理はなさらない方が良い。何なら横抱きにしましょうか?」
「それはもっと嫌です!」
「ならばおとなしくこのままでいて下さい」
そう言うとハインライン大尉はノイマンをさらに引き寄せる。ノイマンは体が熱くなった。
(何だこれは…!恥ずかしい…!)
もうノイマンはどうしようも無くなってハインライン大尉に身を任せ自身は両手で顔を覆った。
医務室までの距離がそう長く無い事を祈りながら。
後日、ハインライン大尉がノイマン大尉を泣かせて部屋に連れ込んだなんて噂が流れるのはまた別の話である。