十月三十一日、いつもの日の話「チャンドラ、今日はハロウィンだからかぼちゃを買おう」
そう言ったノイマンの手にあったのはカットかぼちゃであった。
十月三十一日、本日はハロウィンである。
世の中は浮かれているがチャンドラとノイマンはいつもと変わらずで、行きつけの近所のスーパーに買い出しに来ていた。
荷物持ちのノイマンの帰宅を待ってから買い出しに来たので、現在時刻は午後六時過ぎ。混み合っている店内でそう言い放ったノイマンとカットかぼちゃを交互に見て、チャンドラはハロウィンを理由にするならばせめて丸ごとのかぼちゃにしろと思った。
「……カットかぼちゃだが?」
「煮付けにして欲しい」
「ハロウィン関係なくない?」
「関係ある」
「んー、今日はおでんだから、明後日とかで良いなら」
「それで良いから頼めるか?」
「やっぱハロウィン関係ないじゃん。まぁ良いけど」
チャンドラの返事を聞くと、よほどかぼちゃの煮付けが食べたかったのか、ノイマンはカットかぼちゃを嬉しそうに自分の持っているカゴに入れた。そんなノイマンを横目で見ながらチャンドラも、お買い得品と書かれたレンコンや長芋をカゴに放り込んでいく。
「今日はおでんなんだろ?大根は買わないのか?」
「俺に抜かりはないからな、大根は家にあったのを下茹でして、さらに卵とこんにゃくと一緒に一度出汁で煮て冷蔵庫に入れてある!」
「さすが」
「おう。もっと褒めて良いぞ」
そう、一日目のおでんを美味しく食べるには下準備が大事だとチャンドラは知っている。
練り物コーナーで四種類ほど練り物を買い(二つづつ好きなものを選んだ)、荷物持ちが居ることを良い事に肉やら食パンやらさらにはサラダ油もカゴに入れ、レジに向かう。
レジには長蛇の列が出来ていたが、こればかりはしょうがないので二人で並んだ。
「そういえば、からしって冷蔵庫にあったか?」
「あったような?」
「とりあえず買っておくか?なかったら寂しい」
「とってくる」そう言ってノイマンは調味料コーナーに早足で向かった。
直ぐに見つけることが出来たのだろう、ノイマンは会計の順番が来る前に無事にチャンドラの元に戻ってきた。
会計を済ませ袋詰めをし、スーパーを出る。それを見計らったかの様に強く北風が吹き、チャンドラは身を縮こませた。
「さっむ!」
「今日はおでんで正解だな」
「な!日もだいぶ短くなってすっかり冬って感じ」
日は落ちきってしまい辺りは真っ暗である。そのため、気温もだいぶ低いが視覚的にも寒さを感じた。そんな中を二人並んで寒い寒いと言いながらアパートへ向かい歩く。
見えてきたアパートの自分達の部屋には明かりが灯っていた。ハインラインがすでに部屋に居るのだろう。
「アルバートさん、今日は早いな」
「仕事がひと段落したとか言ってたぞ」
アパートにたどり着きドアの鍵を開ける。
玄関で靴を脱いでいるとハインラインが顔を覗かせた。
「お邪魔してます」
「ただいまぁ」
「荷物もらいますよ」
「ありがとう。助かる」
ハインラインはノイマンとチャンドラが持っていた荷物を受け取るとそのまま冷蔵庫へ向かい、手際よくスーパーの袋から冷蔵庫へ食材を詰めていく。そして手に箱を持ってリビングへ戻って来た。
「いつもありがと。ケーキ?」
「今日はハロウィンなのでかぼちゃのタルトを買って来ました」
ハインラインが開けた箱には手のひらサイズのタルトが三つ。そのタルトには粉砂糖でかぼちゃの模様が描かれていた。
「おお、うまそう!ハロウィンって感じ!」
チャンドラはノイマンの方を見ながら言う。それに気づいたノイマンは少しきまりの悪そうな顔をした。
「カットかぼちゃもハロウィン感あるだろう?」
「いや、ないだろ。まぁ、今日の夕飯もおでんだしなぁ」
食べたくて仕方なかったので今日の夕飯はおでんであるが、正直、そのチョイスの方がハロウィンとはひとつも関係がない。なんならカットかぼちゃの方がかぼちゃというだけまだハロウィン感はあるだろう。チャンドラはノイマンのことは言えないなと思いながらそう口にし、何か反論があれば素直に謝ろうと思っていたが、返ってきた反応は考えていたものとは違った。
「なにか問題あるか?チャンドラの作るおでんは美味しいぞ?」
「…お、おぅ。それはどーも」
なんか伝わってないなとは思ったが、ノイマンからのストレートな褒め言葉にチャンドラは少し照れた。
「そんなに美味しいのですか?」
「ああ、凄く美味い」
「ちょっ、ノイマン。ハードル上げるなって!」
ノイマンの発言にチャンドラは慌てる。美味しいか美味しくないかで言えば、自画自賛になってしまうが美味しいと思う。しかし、それはあくまで家庭料理の域を出ないものだ。あまり期待されては困る。
「心配しないで下さい。ダリダのご飯はなんでも美味しいです」
「ははっ、なにそれ?」
ハインラインからの大雑把な、しかし本人は大真面目なのだろうフォローに思わずチャンドラは笑ってしまった。
ノイマンからも「本当に美味いから大丈夫だ」とさらに声が掛かかる。
やはり少し照れてしまうが、褒められるというのは嬉しいもので。
「ま、とりあえず作りますか!」
そう言いながらチャンドラは、腕まくりをしつつキッチンへと向かった。