納車の日の夕方、仕事終わりのチャンドラは大きな紙袋を二つ持ってノイマンの元へやってきた。遠慮もなにもなく後部座席のドアを開けると、紙袋を座席に乗せる。そして、その片方からまずネッククッションを取り出し、運転席と助手席に鼻歌を歌い出しそうな程上機嫌で取り付けていった。
「これは俺の新車なんだが?」
「まぁまぁ、色もこだわったのよ?」
何日か前にチャンドラに「内装の色は何にしたの?」と聞かれて答えていたので、内装の色に合わせて購入したのだろうそのネッククッションは、確かに色も材質も座席に違和感はなく溶け込んでいて、この車のために誂えたようだった。
ノイマンがそんな事を考えている間にも、チャンドラはネッククッションと同じシリーズだろうシートクッションもやはり運転席と助手席に置き、その後も「どこに置こうかなぁ」なんて楽しそうに消臭剤やゴミ箱などの小物類の位置を調整している。
その様子を呆れたように見ながらノイマンはもう一度、一番大事な事をチャンドラに伝える。
「これは俺の新車なんだが?」
「駄目なの?」
「…駄目ではないが」
「なら遠慮なく」
そう言ってチャンドラは作業に戻った。
ノイマンは諦めた。
諦めて、後部座席に置かれたもう一つの紙袋を覗き込んだ。それにはクッションらしき物がぎゅっと詰め込まれていて、取り出してみるとそれはやはりクッションであったが、それは下が短いH型とでもいうのだろうか不思議な形をしていた。
「なんだ?この変なクッションは?」
「これは俺の一押し!」
チャンドラはそのクッションを持って助手席に乗り込むとシートベルトをクッションの裏側に付いているベルトに通しながら装着していく。
そしてカチンと音をたてると同時にどうだとばかりにノイマンの方を見て言った。
「寝やすい!」
「俺の車で寝る予定でいるな!」
「……ネッククッションとシートクッションも良い感じだぞ?ノイマンも座ってみろよ」
「おい、無視するな」
「いや本当に良い感じ!ほら、早く!」
「…わかったから」
チャンドラは運転席を、ポンポンと叩きながら言う。ノイマンはその言葉と行動に急かされるように、運転席側に回りドアを開けシートに座った。
「ほう」
思わず声が出るくらいには質感、フィット感共にとても良く、横でニヤニヤしているチャンドラは少し腹立たしかったが認めざるを得なかった。
「確かに良いな」
「な?」
「高かったんじゃないのか?」
「いいって、いいって。納車祝いってことで。やっと車買えたんでしょ?」
「いいのか?」
「もちろん」
チャンドラの言葉にノイマンは少し感動を覚えた。が、次の言葉でそれも吹き飛ぶ。
「さあ、出発!」
「は?」
「ドライブ行こうぜ?助手席に乗ってやるって言っただろ?」
「了承してないんだが?」
「えー、俺は楽しみにしてたんだけど?」
いかにも残念だという感じにチャンドラは言っている。が、まさかノイマンがドライブに連れて行ってくれないとは思っていないのだろう、顔は満面の笑みであった。
ノイマンはその笑顔を見て仕方ないと思い、エンジンをかけた。
「そう来なくっちゃ!」
「ルートは俺が決めるからな?」
「おう、それは任せる」
ノイマンはシートベルトをしっかりしめ、ハンドルを握ると、そっとアクセルを踏み込んだ。