火喰い鬼その鬼の現れる所は灯が消える。ついた仇名が火喰い鬼。実弥はチイッと舌打ちを漏らした。厄介な血鬼術だ、鬼は殺す。全ての鬼は俺のこの日輪刀で斬って捨てる。ただ明るい月夜でなければ闇に目が眩まされて斬れないのは困ったものだった。だがそれも、いつもの事だ。
夜が近付くと、実弥は刀を抜いて刃筋を見る。自分の手癖があるらしい。実弥の刀は実弥の手に合い至極よく切れる刀だった。その手ごたえが普通だと思っているから、悲鳴嶼の日輪刀を見るといつもどんな手ごたえなのか、わからなくなる。
「悲鳴嶼さんの日輪刀はどんな切れ味なんですかァ」
「卵を潰すような心地がする……こう。生卵を、かしゃっとやった時の音と至極似ている。その卵を毎日のように食べられるのもお館様のお陰だな」
「ああ、そうだなァ……あんた卵だけでそんなにでかくなったんですかァ」
「ふもとから牛乳や山羊の乳を分けて貰って、食べたり飲んだりしているよ」
「へェ」
「不死川の家は街中だったな。おいしい屋台の豆腐とか納豆とかがあるのだろう?海が近いのなら魚も旨そうだ」
「あ、ハァ、しめさばとかあります」
「いいな。今度寄せて貰おう」
「はい」
答えながら、実弥は少し不満を抱いていた。悲鳴嶼をつけられた指図、今回ばかりはお館様の眼鏡違いとへそを曲げていた。と言って、悲鳴嶼当人にそんな態度を見せる気はさらさら無い。柱の間の序列は弁えていた。
出来れば実弥一人で狩りたいが、鬼の火喰いが仇となり、闇中に逃げられることが数度続いている。今度の狩場の街中を気負い立った殺羽織で行く。
「不死川。あまり殺気をあらわにしていると、鬼の餌になる」
「気をつけますゥ」
実弥は殺気を押さえつけようとして、出来ない。笑いと共に漏れ出てしまう。月のない夜だった。何という好都合。実弥は手に提灯を点けて目的もなく蹌踉と歩いていた。どこに行くかはどうでも良かった、鬼に出遭えるのなら。あの忌々しい火喰い鬼、刀の錆にしてくれる。
どこをさ迷い歩いているかもわからない。とにかく東京市の小便くさい路地裏で、すぅっと提灯の火が消えた。何かに吸い取られるようだった。実弥は提灯を投げ出して腰の刀の柄に手を添えた。闇夜の中で目を閉じて神経を研ぎ澄ませた。
──来る。でも、どこから?
実弥が神経を研ぎ澄ませていると、どこからか恐ろしく巨きく鋭い何かが飛来してくるのが分かった。上だ。真上だ。はっと実弥が真上を見た時、頭の上で何かが飛び散る音と気配と、鬼の散り際の物凄い匂いが至近でして、すぐに桐灰のように散って行った。
「……不死川」
「はい」
「大事ないか」
「はい。無事です、悲鳴嶼さん」
「私は夜歩きをする時に火灯りを使わぬ故……」
それで分かった。自分の提灯を餌にして、悲鳴嶼が火喰い鬼を狩ったのが。この巨きな男の手燭を自分がしていたことに気が付いて、実弥はチイッと舌打ちをした。だが、お館様の采配に文句のつけようがない。自分だけなら必ず殺されていた。お館様と悲鳴嶼にまた頭の上がらない種が増えて、実弥は髪を掻きまわした。
「……次は私が餌となろう」
「は?何言ってんですかァ。鬼殺隊最強が餌って、そりゃァ俺で狩れる鬼なんですかァ?」
「だが不満なのだろう」
「子供が駄々こねるのと同じにしないで下さいよォ」
「ふ、済まぬ……それより不死川」
「何ですか」
悲鳴嶼は懐から提灯を出したのが星明りで分かった。目の見えぬ男の細かな気の付く親切さに、今回ばかりは甘えることにした。新月の夜は星明りが美しいが、足元がおろそかになっていけない。
「ほら」
「……こいつはどうも。済みません」