三重奏スパイラル 予告 咽るほどの花の匂い。
その奥に籠るかの男は、氷と星に愛されている。
辺り一面に散らばる氷の花を踏みつけ、わざと足音を響かせるようにして私が近づけば、微笑を浮かべて彼は出迎える。
「お久しぶりですね、鈴音さん」
人間らしい表情を浮かべているつもりなのだろう。けれどもその表情は私からしてみればぎこちなく、不自然なもの。苦い表情を返して見せれば、彼はすっとその表情をそぎ落とした。
人間の真似は苦手らしい。
「魔法の模倣は得意だというのに」
私がそう呆れたような言葉を口にすれば、彼は肩を竦めて見せた。
魔法。
それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現実の技術となった最初の記録は、西暦一九九九年のこと。当初その異能は超能力と呼ばれていたが、次第にその言葉が不適切であることを後に魔法技能師‐魔法師と呼ばれる者たちが示していった。
二十一世紀の初頭に現実の技術として体系化された魔法は、二〇三〇年前後より始まった急激な寒冷化に伴うエネルギー資源をめぐる争い、後の二〇四五年より始まった二十年にも及ぶ第三次世界大戦へと導入された。
人口が三十億人へと激減したにも関わらず、熱核戦争にならなかったのは、一重に魔法師の世界的な団結によるものであった。
各国が魔法師の育成に取り組む中、二〇七九年、四月二十四日。魔法技術国、魔法先進国と見なされている日本に、最悪の魔法師が誕生した。
それが彼、司波達也である。
ヒールが氷の花を砕く。と共に立ち上がった彼はゆっくりと背筋を伸ばしていき、しばらくの間動かすことのなかった筋肉の調子を確かめ始めた。
一見するとあまり筋肉質な体には見えないのだが、着やせをするタイプ故のものだろう。その実、服の下には無数の傷跡を刻んだ、鍛えられた体が存在する。
「随分と、眠っていた気がします」
不意に彼が言葉を零した。彼の動きにばかり視線を向けていた私はすぐに視線を上げ、彼の零した言葉を拾い上げた。
「えぇ。長く、貴方は寝ていたのですよ」
少しばかり寂しい思いをした、と言わんばかりの声色で告げれば、彼は酷く複雑な表情を見せた。色々な感情が混ざって、訳の分からない表情を浮かべてしまっているのだろう。私は首を振り、その手を取った。
「もうすぐ春が来るんです。春が来たら、一緒に高校に行きましょう」
西暦二〇九二年、八月十一日。
後に沖縄海戦、沖縄防衛線と呼ばれる大亜細亜連合が日本の沖縄へ進行した戦争から二年半。彼‐司波達也が一時の眠りについてから二年半。
それは長年の夢であった。