Scent Commandーcontinuation2 初めて見たとき、獣のような男だとは到底思えなかった。
軍用犬、などと名付けられているのだから、もっと狂暴で、冷静さの欠ける男なのだと思っていた。
けれど、事実は真逆のような男だった。
珈琲を入れながら、ソファにてじっと私の帰りを待つ男を見る。命令をしたわけでもないのに、肩に力を入れて、特別何をするわけでもなく一点を見つめたまま動かない男。
「生真面目だなぁ」
そう言って肩を竦め、出来上がった珈琲をカップへと注ぐ。
「こうして、君がうちに来るのも久しぶりだな」
そう言って、忠犬よろしく、大人しくソファにて待機していた達也に珈琲を持ってきたのは渡辺であった。達也は礼を述べてからソーサーごと受け取り、自分の目の前へと置いた。
渡辺が反対側の席へと周り、腰を落ち着けたところで達也は口を開く。
「軍の施設に住んでいますのでね、外泊にも申請が必要でして」
達也はそう言って肩を竦めて見せるが、実際はそう簡単な話ではないことを、渡辺は知っている。
司波達也。
異才を持つ魔法師である彼は、本家筋からの提案によりその身を国防陸軍に預けている。家族から切り離され、ただ国を護るための魔法師となるために教育を施され、その身をもって戦う狗。
渡辺が言った軍用犬は比喩ではなく、実際に彼がそれに近い状態になるように訓練されていることからきている名である。
厳密に言えば、コマンドと嗅覚‐つまるところ匂いによる命令、指示。
一瞬の判断の遅れが死に直結する戦場だからこそ重宝された、古典的な仕法。
渡辺はその主人に選ばれた魔法師である。
互いにいまだ、高校を卒業していない身。非常事態を除き、十八歳未満の魔法師を軍役に使用してはいけないという規則がある以上、表立っての行動はできない。
「とはいっても、俺は十二歳で初陣でしたが」
達也がそう言ってからっと笑えば、渡辺は難しそうな表情を浮かべた。彼女としては、弟分にも似た何かである達也が、自分を置いて戦場に出て行くことが心配なのだろう。
達也はそれに対して何も言う事はできなかった。
話は移り変わる。現在第一高校で問題となっている事件。そもそも達也が外泊許可を取ってまで渡辺と話をしたかったこと。
「昼間に話した、ブランシュのことです」
できることなら巻き込むことなく、自分の力だけで対処したかったのが達也の本音である。しかし、そうはうまく行かないことがわかってしまった以上、共有しておくべきこと。
達也は机に設置されている端末にメモリーを挿し込み、慣れた様子でパスワードを入力した。
開示されたファイルには複数の組織の情報がまとめられていた。酷く、疎外感を覚える。けれどこれに文句が言えるほど、渡辺家は強くなどない。
「昼に名前が出た、反魔法活動を行っている政治結社だな」
モニターへと表示された数々の情報。軍人だからこそ得られる情報もあるが、彼だからこそ得られた情報もちらほらと見て取れる。
末恐ろしい、と表現すればいいのだろうか。
「当人たちは市民運動と自称していますが・・・裏では立派なテロリストですよ」
画面が切り替わり、様々なテロ行為と思われる映像が流れ始める。一体どこから入手したのか。おそらく問いただしても返ってくる答えは、企業秘密の一点張りだろう。
「そしてこいつらが校内で暗躍しているのは、間違いないようです」
達也はそう言って再度画面を切り替え、ある写真を映し出した。
赤と青で縁取られた、白いリストバンド。
「委員会の活動中、ブランシュの下部組織‐エガリテに参加していると思しき生徒を見ました」
「魔法科高校で、魔法科高校の生徒が、か?」
不思議に思うのは当然だろう。しかし、魔法科高校。その中でも第一高校は特殊と言えるだろう。
ブランシュは反魔法主義を掲げながらも、表立っては魔法を否定してはいない。スローガンは〝魔法による社会的差別の撤廃〟。
「では差別とは・・・」
「本人の実力や努力が社会的な評価に反映されない・・・二科生か・・・」
ブランシュのいう差別は、平均収入の格差。魔法師の平均収入が高いのはsの一部に社会に必要とされるスキルを有する高所得者が居るため。
加えて、魔法を使うには才能だけでなく、長期間の就学と訓練が必須となる。
「知っていて言わない。都合の悪いことは言わず、考えず」
平等という耳障りのいい理念で他人を騙し、自分を騙している。
「努力という対価を払っていることを、考えず、魔法による評価を差別だと言っているのでしょう」
「難解だな・・・」
話し合いだけではおそらく解決はしないだろう。実力行使に出られるのが一番懸念すべき点ではあるが、未然に防ぎきる自信はどこにもない。
「俺にもっと・・・・・・」
力があれば。