開幕:ナスタチウムの仮面 この身を、国に捧げてまいりました。
幾度にも及ぶ戦火にも怯むことなく、この身を刃として戦ってまいりました。
知識は技術に、身体は武器に、血肉は糧に、骨は土台に。
私の全て余すことなく、この国に捧げてまいりました。
悔いはありません。
自分の血を残せなかったとしても、この体がいくら傷ついても、私は幸せなのです。
感情などいらない。財などいらない。地位などいらない。
ただ、この私という全てを捧げることだけが、
「私の望みなのです」
男はそう言って、閉じていた瞳を開いた。直属の部下は、その鋭い眼光に身を縮こませたが、男はそれに微かな微笑みを浮かべた。
ロマンスグレーの少しばかり長い髪を風に靡かせながら立ち上がった男は、目の前の机に先ほどから置かれている仮面を見つめた。
「今年六十にもなる男に、今更十代を演じろなど」
肩を竦めては、男は部下に同意を求める。しかし、その顔つきは髪色さえ誤魔化せば、いまだ三十代と言っても誤魔化しがきけそうなほどの美貌であった。血、ゆえなのか。
もっとも、男が三十代の頃にはすでにその髪色は白交じりであった。あの事件以降は、純白ともいえる今の白さを持っていた。
彼がそれほどまでに献身的であった、と言えば聞こえはいいだろう。
「九島少将」
「あぁ、わかっているよ」
部下の不安気な声に答え、男は拳銃型の術式補助演算器を手に取った。
魔法。
それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現代の技術となった最初の記録は、西暦一九九九年のこと。当初その異能は超能力と呼ばれていたが、私大にその言葉が不適切であることを、後に魔法技能士―魔法師と呼ばれる者たちが示していった。
二十世紀の初頭に現実の技術として体系化された魔法は、二〇三〇年前後より始まった急激な寒冷化に伴うエネルギー資源を巡る争い、後の二〇四五年より二十年間にも及んだ第三次世界大戦へと導入された。
その中で、西暦二〇五四年、開戦から九年経った頃。一人の魔法師が戦場に投入された。
それは、存在しない魔法師。
後に、特殊機動部隊として暗躍する第一〇〇旅団を設立する、孤高の存在。
十師族が一家、四葉家に生まれ、同じ十師族が一家、九島家で育ち、その権利を放棄して全てを捧げた男。
ナスタチウムを掲げ、最期の最後まで足掻き、この国に努めた、一人の軍人である。