Scent Commandーcontinuation9「さて、君のおかげで無事にブランシュ事件は閉幕したところだが・・・」
渡辺はそう言って、一つのファイルを達也へと差し出した。達也はそれをしぶしぶ、と言った形で受け取るが、結果など最初から分かっている。有無など、どこにもない。
「もうすぐ九校戦がやってくるわけだ」
九校戦。
正式には、全国魔法科高校親善魔法競技大会。
日本国内に九つある国立魔法大学付属高校の生徒が、スポーツ系魔法競技で競う位合う全国大会。日本魔法協会が主催で行われ、開催地は富士演習場南東エリア。達也にとっても縁の深い場所での開催である。
それこそ、達也は毎年風間に連れられて観戦していた。第一高校の先輩方がどれほど活躍してきたか、今年がどれほど重要な年なのか。理解しているつもりであった。
十日間開催され、観客は述べ十万人ほどにもなり、映像媒体による中継すらも行われる一大イベント。軍にとっては、優秀な実践魔法師を確保するために必要な行事。
「毎年の如く、エンジニアが不足しているんだ」
秋の論文コンベンションは学術研究。それに対して九校戦は武の大会。実力を示したい一科生にはおあつらえ向きと言う訳なのだが、それをサポートする人材は毎年の課題となっている。
達也の目指している魔法工学技術師がそれに当てはまる。
魔法を補助、増幅、強化する機器を開発、製造、調整する技術者のことで、つまるところCADの開発、調整を行うことのできる者。
魔法師よりも社会的な評価が一段落ちる者の、業界内では魔法師より需要が高いというのが面白い点であるだろう。
今年の場合で言うならば三年生。実技方面に偏りが出ており、市原の様に経験不足を理由に断る生徒も多数。
「それで、自分にお鉢が回ってきたと」
「得意だろう?」
得意。という言葉は間違っていないだろう。最近になって、ようやく渡辺のCADも達也が調整するようになったのだし、渡辺としてもいきなりエンジニアがかわるよりは達也がやった方が安心感は出る。
が、
「マスター専属、という訳にはいかないでしょうから」
達也はそう言って肩を竦める。
一年生の、それも二科生。悪目立ちもしている達也が出しゃばるのは、少しばかり分が悪い。分が悪いと言うよりも、ユーザーとの信頼関係に影響が出るだろう。問題ない生徒ばかりと契約を結ぶのも悪くないが、偏りが出るのは目に見えている。
「それに、許可が下りるとは思えませんしね」
達也はそう言ってため息を吐き出した。
ここに居るメンバーには露顕したとは言え、あまり大声をあげて言えることではない。が、達也は軍人である。
一軍人の、しかも軍備を製造している人間が、高校生のお遊びに茶々を入れるなど、
「できる・・・」
わけがない。そう続けようとして、通知を知らせる音によってかき消された。
「・・・でないのか?」
不思議そうな表情を浮かべる渡辺だが、達也は苦い、なんとも言えないような表情をしていた。珍しい表情と言えば、確かに珍しい。
そして何より、彼のプライベートナンバーを知る者は少ない。そんな相手の中で、このような表情を浮かべる者など、果たしていただろうか。少なくとも、渡辺の記憶の中にはいなかった。
では、渡辺が知らない人物と言えば?
そんなところで、達也はようやく通話を承諾するために画面をタップした。
「はい、司ば・・・」
『久しぶり、達也』
達也の言葉に重ねられるように紡がれた甘い声。達也はその相手を想像したのだろう。珍しく肩を震わせ、ぞっとしたような表情を浮かべた。
「久しぶり・・・だな、将輝」