アルナスルの射抜くもの 国立魔法大学付属第一高校、通称第一高校。東京都八王子市に設立されたその国立魔法大学付属高校は、毎年多くの卒業生を国立魔法大学に送り込んでいるエリート校である。
そんなエリート校には、交換留学という制度はあっても、転入という制度は設けられていない。そもそも入学の時点で二百名という生徒を受け入れているにも関わらず、入学時に受ける理論七教科と魔法実技によって評価され、入学の時点から差別化を図っているほど、余裕がないのだ。
理由は全国的な指導教員不足事情であるが、まだ十五歳という子供がその現実を受け入れるには少し無理があるというものだ。けれども続ける理由は、優秀な魔法師の不足を補うため。
全く持ってナンセンスな話である。
異例の転入生‐象島 正義はそう思った。
教員に案内されるがままに、この殺風景な廊下を歩き続けているが、いい加減飽きを感じ始めていた。
優秀な成績を収め、真新しい制服に花の用なエンブレムを施した一科生。劣等生であると認定されながらも、この高校へと入学を許された空白を持つ二科生。象島の前の道を通っていく者たちの表情ははっきりと分かれている。
まだ見ぬ新しい舞台に思いを馳せる者と、劣等生という烙印を押されて俯くむ者。同じ学校の生徒だというのに、此処まで表情に違いが出るとは面白くない。
「ここは、息が詰まりそうだ・・・」
風が吹き、額を隠していた重い前髪が揺れる。特殊レンズ越しの視界の端に自身の黒髪が入り、男は眼を閉じた。
レポート、摩醯首羅。
西暦二〇九二年、八月に見たそのレポートが唯一の情報。この学校に来る前に紙擦り切れるまで読んだ、手掛かり。
象島が、この高校へと入学することを決めた決定打。
右手を力強く握りしめ、目の前から歩いてくる生徒へと視線を合わせた。
芯の強い黒髪に、宝石のような青い瞳。ルックスは整っている方だろう。中の上と言った程度。着やせしているが、おそらくきちんと鍛えている筋肉質な体つき。
「・・・今、のは」
象島は立ち止まって振り返るが、すれ違ったばかりの彼の姿はもうどこにもいなかった。問いただした教師は、うる覚えの記憶を引っ張り出し、彼がE組の生徒であることを告げた。
「七教科平均九十六点。中でも魔法理論と魔法工学は小論文を含めて満点という異例の天才だったのだけどね・・・」
魔法実技の点数が著しくないのが惜しいものだ、と呟いた。
おそらく理論の方に傾いた生徒なのだろう。教師の話によれば、実技は妹の方が優秀であると聞く。
***中略***
数日調べて分かったことがある。
彼は、実技は苦手だが、実戦は得意であると言う事だ。
今収めた剣術部との争いも、証拠となりえるだろう。なにせ、二科生と格付けされた彼が、一科生のみが在籍する剣術部を圧倒し、あまつさえ戦闘不能にまで追い込んだのだ。エースと名高い生徒‐桐原武明など、彼の得意魔法を無効化されている。
「キャスト・ジャミング・・・」
魔法式が対象物のエイドスに働きかけるのを妨害する無系統魔法の一種。
無意味なサイオン波を大量に散布することで、魔法式がエイドスに働きかけるプロセスを妨害する。干渉力の強さはそれほど問題にならないが、非魔法師が行使する妨害のサイオン波は不安定になる弱点を抱える。
本来であれば、アンティナイトと呼ばれるキャスト・ジャミングの条件を満たすサイオンノイズを作り出す真鍮色のレリックが無ければ発動することは不可能だが、彼はおそらくやってのけたのだろう。
元より、アンティナイトはレリックに分類されるだけあって、希少価値が高い。主な産出地域は高山型古代文明の栄えた地のみに限られており、その希少価値もあって軍事物資に指定されている。つまり、一民間人が手に入れられる代物ではないのだ。
彼がもし、過去に軍人と繋がっていたとしても、手に入れることはできないだろう。日本の法律上、十八歳以下の魔法師を軍務に就かせることはできない。
それに、いくら金属としては柔らかく、冷間鍛造加工が可能であったとしても、何も持っていないという状況を作ることはできないだろう。
「じゃあキャスト・ノイズでも作り出したのか・・・?」
頭を抱えてみるが、どうにもひねり出せない。生憎とそう言ったお堅い案件は今まで丸投げ状態で、自分で完遂したことは一度もない。考えても無駄だと決めつけ、象島はひとまず撮影に成功した記録の保存を確認し、第二小体育館を後にした。
しかし、問題が発生したと言えば発生してしまった。
今回第一高校にちょっかいを出してきているのは、政治色を嫌う若年層をターゲットとした、反魔法国際政治団体‐ブランシュの下部組織である。親玉であるブランシュが出てくることも、あり得なくはないだろう。
警察省公安庁からも厳重にマークされている組織だとしても、いまだ尻尾を掴めていないテロリストたちである。おそらく今回の一件も彼らが関わっているのだろうから、彼の特異の魔法は知られることになるだろう。
「・・・けれど、俺に守る手段はない」
諦めろ、と頭の片隅で警報を鳴らしている。間違っているのかもしれないが、それが使命であることを忘れてはいけない。間違えてはいけない。
象島は何とも言えないこの状況に頭を掻きむしり、それから大きなため息を吐き出した。
***中略***
「・・・お前は」
突如として勃発した第一高校内の乱闘騒ぎ。裏にはエガリテも、ブランシュもいるのだろう。
象島は早々に彼らの狙いが図書館の機密文書であることを察知し、走った。おそらく彼も追いかけてくるだろうと見込んでの行動であったが、タイミングがあまりにも悪かった。
階段の登り口に二人、階段を上り切った所に一人。特別閲覧室に行くまでの間にいた連中を片付けようと、何時もかけている眼鏡をはずし、少し上がったテンションで象島はCADを手に取っていた。
特殊な形状をしたそれは、一般的には武装一体型CADと言われている代物であり、一般的には弓と言われるものである。弓、と言っても此奴はかなり特殊で、弓柄の部分を分かれ目に切り離して短剣として使用することもできる優れものである。
弦と弓を魔法で生成するだけで、いつでもどこでも、サイオンが尽きるまで掃射することができる。
そんな一般常識から外れたCADを持っている。
「・・・B組の象島正義。よろしく、司波達也君」
一方的にストーカー気質紛いのように彼を追いかけまわしていたのだ。彼もおそらくこちらの存在には気が付いていたようだから、あえてそれを言う事はなかったが、顰めた表情が少しだけ緩まったのにはさすがに安堵した。
「とりあえず、詳しい話はあとでしようぜ!」
「あぁ・・・同感だ」
達也が拳銃型CADを構えたところで、二人は一気に階段を駆け上がっていく。
「特別閲覧室には四人いる。内一名はうちの生徒だ」
あとは真っすぐ廊下を突き進むだけ、となったところで達也がそう言った。どうやら彼には特殊な眼でもあるらしい。そりゃ、尾行がばれるわけである。
「うへぇ・・・敵には回したくねぇ」
待ち伏せの意味もなくなるなど、象島からしてみれば最悪に相性の悪い相手である。そう思えば、今このタイミングで鉢合わせたのは幸いだったのかもしれない。これ以上奇行ともとられる行為を繰り返すくらいなら、よっぽどましな選択肢。
恨むぞ、と少しばかり顔を顰めたが、今はそんなことを言っている場合でもなかった。
後方を走っていた達也が魔法を発動し、二階特別閲覧室の扉を壊す。重力に従って向こう側へと倒れていく扉に、流石だと呟きそうになって言葉を飲み込んだ。
立ち止まり、その反動を利用して膝をつく。魔法を発動させ、すぐさまに弦と矢を生成して手に取り、狙いを定める。
「情動干渉系魔法‐フロスト」
弓が放たれ、中央部の右手にいた男の後頭部に命中する。途端、スピードを上げた達也が中へと突入し、その隣にいた男を、さらに隣にいた男と共に蹴り飛ばした。
一瞬にして訪れた静寂に、引きつる音が響く。
「そこまでです、壬生先輩」
***中略***
ブランシュを警察へと引き渡し、予想に反して長引くことのなかった事情聴取を終え、象島は達也を自分が現在拠点としているホテルへと招いた。
「お茶、でいいか?」
「お構いなく」
達也は象島のおもてなしを断り、それよりもと、ソファへと腰を掛けることを進めた。おそらく彼は、今夜中に全てを知りたいのだろう。
本来であれば、象島がこうして達也に全てを語ることはなかっただろう。けれど、語らなくてはいけない状況に追い込んでしまったのは自分自身であった。
「じゃあまず自己紹介から。象島正義。本名は、霜月 力、内閣府情報管理局の内事課局員だ」
***あと説明***
象島 正義
本名、霜月 力。父親が十師族関連の事案で死亡したことにより、内閣府情報管理局、内事課の協力機動隊員として勤務している。年齢は十五歳で、達也たちと同級生。
第一高校に入学するつもりはなかったが、【レポート:摩醯首羅】の調査の為、第一高校へと編入した。
ブランシュ壊滅後、達也の正体に薄々気が付きつつも、彼を非常に気に入ってしまったために、彼が打ち明けてくれるのを待つことを決め、先に自分の素性をばらしに行った。この後、九校戦の際に無頭竜を壊滅に追い込むために打ち明けられ、そこからは親友のような関係になる。
内閣府と軍ではあまり仲がいいとは言えないが、お互い未成年であることと、非公式であることもあって、険悪になる要素はゼロ。正義は達也を『リュウ』と呼び、達也は正義を『セイギ』、『チカラ』と呼んでいる。
愛用の武装一体型CADは、弓柄の部分を分かれ目に切り離して短剣として使用することもできる優れもの。弦と矢は魔法によって生成しないといけないが、サイオンさえあれば無限に掃射、自由に形状も変化することができる為、それなりのサイオン量を持つ正義にとっては使い勝手がいい。
得意魔法は中条あずさと似ており、情動干渉系魔法。基本的に矢を加速、減速させることに特化した魔法を使っており、決め手となる魔法は「フロスト」くらいしか持ち歩いてはいない。
眼に特殊な効果はないが、先天的に視力がいい。眼鏡をしているのは、わざと視界をぼやかすためである。時代が違えば、スナイパー向きであったと達也は評価している。
どちらかというと潜入捜査向きではない性格。情に厚いタイプであるし、分け隔てなく接することのできる、いいやつ。大人しいかと思いきや、意外と悪ノリもちゃんとするタイプなので、人受けがいい。
情動干渉系魔法‐フロスト
一気に頭を冷静にさせる魔法。反動によってしばらく意識を刈り取るくらいはできるが、落ち着いている相手に対してはほぼ意味をなさない魔法。
内閣府情報管理局、内事課
壬生の父が所属している外事課とは違い、国内のことに関して特化した課。正義が所属しているのはその中でも、秘密裏に十師族を含む数字付きの監視を務めている。
現在目下の行動目的は、【レポート:摩醯首羅】の調査。十師族との繋がりを睨んでいる。
***あとがき***
幼馴染に、完全な敵に、協力要員。色々考えたんですけど、やっぱり親友ポジ書きたいな、ってことで書けてないのにそのうち親友ポジになる男主を作り上げました。
象島正義のモチーフは「11」。象島→N進法でBと表記され、チェスではビショップを意味する。正義→大アルカナ11番目。霜月→十一月の異名。力→マルセイユ版タロット11番目。
とまぁ、11に関連して多くのことを書きました。後は、11月の星座に射手座があたので、弓使いという設定に、矢の先端の星、射手座ガンマ2星‐アルナスルを題名に着けました。
最初は11からアポロ11号を連想して、太陽神にこじつけようとしたんですけど(達也を夜と捉えて)、あまりにもこじつけが酷かったので、やめました。偽名にはよかったかもしれないんですけど…
まぁ、そんなわけで男主でした。