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    Enki_Aquarius

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    2022/4/28
     配信お付き合いいただきありがとうございました。配信で書き上げた分をアップしておきます!

    【配信したもの】題名未定 西暦二一〇四年。
     都内、奥まった路地裏にあるバーの一角。俺は女性を連れ添って入店した。女性は際どいスリットの入った服を身に纏っており、こちらはきっちりとしたスーツ姿。一見するとデート帰りの一杯にも見えなくはないだろう。
     だが、自分たちに一杯引っかけるつもりは毛頭ない。
     元軍属の店主が開いたこのバーは、一見すると裏組織の人間が集まりそうな場所ではあるが、実際は軍属や警察省の人間が取引の際などに使用する隠れ家的存在となっている。
     勿論、俺も、連れ添った女性も、今回取引を行うためにこのバーへと足を運んだ。
     マスターの視線を横目に、指定された席へと腰を落ち着かせれば、目の前の席へと座った女性が耳打ちをする。
    「今日、私はお前のことを何と呼べばいい?」
     それはあまりにも悪戯っ子のような笑み。俺が嫌な表情を浮かべれば、昔好いていた女性のことを彼女も思い出したのだろう。にやりと笑うがすぐに冗談だと肩を叩いた。
    「刑部、でいいな?」
    「では、先輩の婚約者には悪いですが・・・摩利と呼ばせていただきますね」
     同じように企みを含んだような笑みを返せば、女性‐渡辺摩利は降参だと言わんばかりに肩を竦めた。
     そもそもの話をしよう。
     今日自分と、渡辺がこのバーへと足を運んだのはある取引を行うためである。勿論、元軍属の人間が経営するバーで、闇取引を行うつもりなど毛頭ない。というよりも、自分たちにそのような気は一切ない。闇取引など、むしろこちらが取り締まる側だろう。
     というのも、自分たちの所属は国防陸軍。その中でも十師族からは独立した魔法戦力を備えることを目的とした連隊‐独立魔装連隊である。
     現在は風間玄信を隊長として成り立っているこの連隊であるが、自分たちが所属する前はもう少し形態が違っていたという。それこそ、渡辺と共有する思い出の一人、彼が居た頃の話だ。
    「それにしても、公安庁の人間が軍に協力を依頼してくるとはね」
     自分の沈んだ思考を断ち切るように、渡辺が不意にそう話を振った。自分も、それについては疑問を持っていたために、同意するように頷く。
     発端は昔懐かしの名称、反魔法国際政治団体がちょっかいをかけているという情報。高校時代に接触したあの甘っちょろい団体ならばまだよかったのだが、今回ばかりは手出しされたところが厄介だったために、公安庁も厳重警戒、という訳にはいかなくなったそうで。
    「やっと重い腰を上げたってね」
    「彼らも、国を護るのに必死なのでしょうね」
     運ばれてきたノンアルコールに口をつける。渡辺はどうにも公安庁の奴らの態度が気に入らないようだが、こっちとしても一大事なのだ。協力、という美味しい餌を吊るされては、噛みつかずにはいられない。特に、今回この失態を犯した軍上層部にとっては。
    「見事に、奴らの思うつぼだな」
     ため息交じりに吐き出し、渡辺はグラスを一気に呷った。そうでもしないとやっていられない、と言った表情であるが、ノンアルコールなのだから酔えるはずもなく。
    「お前と・・・こうして任務に就く日が来るとはな・・・」
     なんて、話が切り替わった。
     これは、自分が入隊を果たしたころからずっと言われ続けている言葉である。
     そもそも、自分は元々こんな道を歩むつもりではなかった。それは自他共に認める事実であり、変えることのない過去であった。変わったのは奴と出会ってから。奴に敗北してから。そんな所だろう。
    「俺としては、入学早々に何故来た、なんて言われるとは思ってもみませんでしたよ」
     そう言って苦い笑みを浮かべて見せれば、渡辺は気まずそうな表情を作った。なにせ、その言葉を自分に向かって吐いたのは、紛れもなく渡辺自身なのだから。
     名門校と名高い国立魔法大学付属第一高校を卒業し、元々目指していた国立魔法大学への進学を辞め、防衛大学校へと進んだ。この時の周りの反応は、今でも覚えている。
     先に国立魔法大学へと進んでいった先輩方には、何故来ないのだと泣かれ、逆に防衛大学校へと進んでいた先輩方には、何故来たのかと問い詰められ。流石に、俺に自由な選択肢はないのかと肩を竦めた。けれども、最終的には入学を喜んでくれたのだから、何も心の底からそう思っていたわけではないのだろう。どちらかというと、急な進路変更に驚きが隠せなかったのだろう。
     なにせ、防衛大学校は魔法師の士官を育成するためにあるような学校である。ほぼ行先は決まった、も同然な場所。その片鱗を見せていなかった自分が、来るとは思いもよらなかったのだろう。
     サプライズ、と言えば聞こえはいいが、入学早々に絶叫されるのはもうこりごりである。
     けれども、追いたかったのだ。彼を追って、追いつきたかったのだ。
     少し温くなってしまったグラスを呷り、緩んでしまった涙腺を引き締めた。
    「それで、公安庁の人間の特徴は・・・」
    「まだ送られてきていないな」
     ギリギリまで別件で動くため、服装すらまだ伝えられない。とは、なんともお忙しい事だ。皮肉交じりの文句を並べそうになり、慌てて口を噤むが、渡辺にはどうやらお見通しの用であった。高校時代から数えてすでに十年来の付き合いである。何となくではあっても、自分の言いたいことが予想できたのだろう。
     視線を逸らして誤魔化すが、どうしたって無駄にしか思えない。けれども逸らさずにはいられなくて、気まぐれにバーを見回した。
     大学時代はとてもではないが遊ぶ時間はなかった。彼を追ってこの道に足を踏み入れてしまったからには、生半可な気持ちでそこにいるわけにもいかず、ただ無我夢中で走り続けた。
     本来ならば免除される寮生活に志願し、とにかく必要なことは吸収した。特殊戦技研究科は国立魔法大学の講義を聴講できる制度もあったため、往復していた日々は懐かしい。圧倒的に足りない戦闘技術を身に着ける為にも、今までがぬるま湯の様にも思える膨大な知識も、できる限り手を伸ばした。
     決して楽ではなかった。
     追いつかなくなっていく体に鞭を打って立ち上がり、幾度も止めそうになった呼吸を無理やりにでもして食らいつき、走って、走って、走って。
     もう何を目指しているのかもわからなくなるほどにもがき続けて、そうして知った。
    『彼なら、もう軍を辞めたよ』
     それが大学一年最後の日の出来事である。
     今年二十五歳を迎える自分。あの激動の高校生活を終えて、すでに七年が経過している。大学を主席で卒業し、念願かなって国防陸軍独立魔装連隊へと入隊した。そうしてまた穏やかではない日々を過ごして、今ここに居る。
    「刑部」
     不意に回想を打ち切るように、鋭い声が目の前から響いた。一緒にいるのは渡辺なのだから、声の主が誰であるかはすぐにわかった。慌てて意識を取り戻せば、顔を近づけられ、耳打ちされる。
    「青いリボンのハーフアップ」
     客は少ない。今から入ってきたとしても、すぐにその特徴の男は見つけることができるだろう。事前情報として、性別を聞いておいてよかった、と心の底から思った。
     二杯目を注文し、渡辺と視線を交わす。相手は公安庁の捜査官。身分を表沙汰にできない理由があるらしく、接触は最低限で済ませると聞いている。どちらかの手に、情報の入ったメモリーが引き渡されれば任務は終了する。それだけ、たったそれだけ。
     渡辺がグラスを置いて席を離れる。相手が男性ならば、女性の方が話しかけやすいという理由だろう。ナンパか、それに似た誘いか。それっぽく見せればすぐに引き渡しは完了できる。すでにこちらの容姿は写真と共に送ってある。相手が見間違うことはないだろう。
     そろそろだろうか。
     軍に入ってから、このような任務に就くことは一度もなかった。ゆえに嫌な緊張感を覚えている。手には汗が滲んでおり、呼吸も少しばかり乱れている。潜入捜査官ならば間違いなくすぐに疑われる。
     自分には向いていないな、なんて思った。
     ベルが鳴る。
     扉が開き、質の良い靴音が聞こえた。申し分程度に顔を上げ、来店した人物を見る。間違いなく高級品だと言える革靴に、おそらくオーダーメイドのスーツ。上着は脱いでいるのか、ベストが見え、リボンタイを締めていた。飾りは宝石だろうか。青色が表情を歪めた。
     けれどもその先、その先を見た途端、呼吸が止まった。
     いいや、時間も止まったかもしれない。
     肩より少し下まで伸びた髪は、芯の強そうな意思を表す黒髪で、耳より上の辺りでハーフアップに結ばれている。飾りは青いリボン。そしてそれに似た、宝石のような輝きを持つ瞳が、青い目が、こちらを見た。
     微笑む。
     あの時は一度として見ることのできなかった、形のいい唇が歪む姿。まるで捉えた獲物を逃がさないとばかりに、宝石が煌めく。
    「こんばんは、素敵な人」
     間違えるはずがない。声を聴いて、姿を見て、間違える訳はなかった。
    「今夜、俺とどうですか?」




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