きっかけは分からない。けれども、彼が小さな時に受けた魔法事故の後遺症は、年々回復傾向にあった。
彼曰く、情動というものが一切として消し飛んでしまったとのことであったが、最近の彼は自分にだけ、酷く揺さぶられる感情、というものを見せるようになった。例えば、
「どうした・・・その頬」
俺は魔法大学に、目の前の男‐桐原は防衛大に進んだ。つまるところ、久しぶりにお互い顔を合わせる訳なのだが、俺の頬には白いガーゼが貼られていた。痛々しいそれは、赤を通りこして青くなってしまった部分を隠している。
十分に冷やしたのだが、いまだに熱と痛みを持っているそこを、俺は人差し指で撫でた。
「殴られた」
あっけらかんと言って見せれば、桐原は微妙な表情を見せた。信じられない、とでも言いたげな表情である。勿論、過去の俺が今の俺を見たら、同じような反応を見せることだろう。そもそも、彼奴にただで殴らせる、なんてことは天変地異だ。
肩を竦めて見せれば、桐原は深いため息を吐き出した。
「なんでまた」
「いや、可愛くて」
早く起きてしまって、ふと隣を見たら可愛らしい寝息を立てる彼がいたから、ついキスをしてしまった。理性のない獣ではないのだから、朝から盛るような真似はしなかったが、彼の琴線に触れてしまったことには違いなかった。
正直言って、慣れていないということは恐ろしい。
「可愛いんだよ」
再度ガーゼに包まれた頬をなぞり、俺は笑う。
「彼奴が、俺の隣で無防備に寝ている・・・前じゃ想像すらできなかった光景だ」
「・・・まぁ、そうだな」
入学早々、生徒会長と風紀委員長の審判の元、模擬線を繰り広げた仲だ。一科生と二科生、というだけでも相容れない関係であったというのに。
「人生、何が起こるか本当にわからいな」
珈琲を飲み干すが、やはり彼が淹れてくれたものの方が美味しいと感じられる。流石に育ちがいいだけあって、味のこだわりが見える彼の食生活は、随分と自分の中に浸透したものだ。
そんなことを考えているうちに彼に会いたくなってしまって、一つ桐原の足に蹴りを入れた。
「いって!」
完全な八つ当たりなのはわかっているが、どうか許してほしい。
「あぁ・・・会いたいな」
家に帰れば、先に授業を終えて帰宅した彼が夕食を作っていることだろう。今日のメニューはなんだろうか。彼の作る物は全てが美味しく感じられる。
「・・・惚気か」
「あぁ」