「一回だけ。そう、一回だけ俺は貴方を許します」
そう告げたのは、あと数時間後まで恋人でいられる俺の愛しい人、だ。
奇妙な関係であると言えばそうだが、俺たちはそれを納得した上でこの付き合いを続けていた。愛し合っていないわけではない。ただお互いに、手を取れない事情を抱えているがゆえに、こうなってしまったのだ。
俺の愛しい人は特殊な体をしている。それは幼少期に受けた魔法事故-魔法実験による後遺症であり、奇跡ともいえるものであった。
物を分解し、再構成する能力を生まれ持った彼に相応しいと言えばそうなのだが、それを持つがゆえに、遠い存在となってしまっているのも、また違いなかった。
俺の愛しい人は男であるが、妊娠できる体であった。
だからこそ、付き合い始めて愛し合うことに許しを得るまでに時間は掛かったし、避妊具なしで行為を行うことは禁じられていた。必要であれば薬も服用していたし、万全の対策を練った上で行為を行った。
それは、学生であるから、というのも勿論理由の一つであった。が、それ以上にやはり彼の家の問題があった。
「これは賭けです。一回限りの、ラストチャンス」
彼はそう言って力強く自分の胸元を握りしめた。覚悟はできている。そして判断を完全にこちらに委ねている。けれども決して、他人任せではない覚悟。
「一度です。もし貴方との子供を授かったのなら、俺は全てを捨てて貴方の元に」
「・・・授からなかったら、永遠にあの家に傅くのか」
後遺症の影響すらも利用して、おそらく長い間あの家を見守るつもりなのだろう。自らを道具、否兵器として認識し、かの家が繁栄するのを見守る気なのだ。
出会ってから六年。
この寒い冬を超える頃、彼は人生の岐路に立たされる。
「ただそこに、一つ選択肢が増えるだけのことです」
自ら選ぶことができない。けれども選択肢を増やし、微かな希望を思い描けるように、彼はなったのだ。出会った頃では想像もできない、その成長は努力が実った証として受け取っても構わないだろう。
浮かべるその慈悲深い微笑みに、手を伸ばす。受け入れられ、少しばかり痩せてしまった頬を親指の腹で撫でる。
瞳を閉じて甘んじて受け入れる彼のその態度に、微かな確信を抱き始めていた。
「なら、春には新居を用意しておくさ」
まだ社会人となって一年しか経っていない自分でも、大学時代から貯め込んでいる金を思い出せば、それくらいはどうとでもなると考えた。
「書類もとってこないとな」
迎え入れる前に自分の分の記入を終わらせてもいいが、やはり共にその書類に名を刻みたいと考えなおす。受理されるかどうか、という話ではない。ただそこに誓いを立てたいのだ。
「落ち着いてから、海辺の小さな教会で挙式も上げよう」
ドレス姿を見たいか、と言われると少し悩むところだが、あの時の学生服のように、白を基調とした服を着る彼は美しいだろう。彼の瞳を写し取ったような海が見える場所が、いい。誰にも祝福されずとも、二人でその時を刻みたいのだ。
ふと顔を上げれば、彼が酷く驚いたような、困惑したような表情を浮かべていた。それもそのはず。まだ賭けは始まっていない。ベットすらしていないというのに、すでに勝利を確信している俺が居るのだから。
小さな笑みを浮かべ、その唇に一つ、キスをする。
「俺をあまり、甘くみるんじゃない」
その後の結末など、語る必要もない。
***
ちょこっと解説。
丁度達也二十二歳。先輩二十三歳の達也が大学卒業間際、冬の話です。