Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kakiisoishii

    花卉(かき)です。夢腐の文字練習置き場
    今の所刀のみ 三池と鬼丸中心になる予定

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 12

    kakiisoishii

    ☆quiet follow

    徳美組の審神者さん。CP要素皆無ののほほんとした話。
    南泉の極修行の帰りを待ちつつ。

    ##創作審神者
    #徳美組
    german-americanGroup
    #南泉一文字
    nanzumiIchiban

    捨て猫を拾うならば、雨の日に ざあざあ。雨は昨夜から降り続いている。

     世間的な基準で言えばひどい主だったのだろう。彼は本丸での日々を思い起こす。
     審神者の業務に不誠実で、刀剣男士をあくまで使い捨ての道具として扱いろくな手入れもせず、機嫌が悪いと目に付いたからというだけで刀解されることもあった。
     審神者も政府と契約を結んだ労働者である。行為がエスカレートするにつれ上も実態に気付き、このような管理状況では予算を割くことは出来ないと、この場所はあえなく取り潰しとなった。
     審神者がこの後どうなるのかは彼らの知った事ではないが、政府から派遣されてきたという女は僅かに残る刀剣男士に選択肢を与えた。即ち、この場で刀解し男士としての生を終えるか、政府預かりとなり別の場で働くか、と。
    「今刀解を受け入れれば、この本丸での記憶はあなたが刀剣男士として歩んだ無数の道のひとつでしか無くなり、思い出として誰かに残る事も無いでしょう。
    政府預かりの仕事は武器としての本懐からは遠く、戦場で活躍したいと思うならばおすすめは出来ない。どちらでも、どうぞご自由に」
     芝居がかった大仰な仕草で一礼してみせた女は、しかし熱心に勧誘をしに来た訳ではないらしい。実際、男士たちもただでさえ抑圧される日々を過ごしていたのに更に戦場から遠ざかってまで生に固執する意味はあるのだろうか、と厭世的だ。
     もういい、楽にして。誰かがぽつりと言った。それを皮切りに刀解を希望する声が増えていく。
    「きみは?」
    「オ、オレは……」
     この本丸においては顕現から日が浅く、自身は直接手酷い扱いを受けた事はまだ無かった。周囲が痛めつけられ苦しむ姿を見るだけ、という日々はひどく腹立たしく、ただ己の無力を恨むばかり。
     まだ何も、今生で成し遂げてはいないのだ。
    「全部を無かった事には、したくねぇ。どんな形でもいい、連れてってくれ……にゃー」
    「……よろしい。ご希望にお応えしましょう」
     彼の返答に口の端だけをかすかに持ち上げ、すると女は至極てきぱきと仕事を進めていった。
     それを待つ間に資材へと姿を戻してゆくかつての仲間たち一振ずつにおやすみを伝え、無いに等しい私物を取り纏め、がらんどうになった本丸を歩いて回る。
     今は雨ですっかりぬかるんでいるが、たまの審神者不在の日には庭先で比較的元気な短刀が駆け回ることもあった。料理が得意な連中がもっと食材が豊富にあれば、と謝りながら工面してくれた握り飯は素朴ながらも美味かった。衰弱し折れる寸前の仲間を匿うように介抱していたのは審神者の私室から一番遠い部屋だった。
     楽しい記憶ばかりとは言えない。それでも皆が刀解され、誰の中にも残らないというのはどうにも惜しく思えたのだった。

     彼がその場その場で思い出を反芻していると、背後で湿気を含んだ廊下の板がぎい、と音を立てる。あの女だ。隣には長い髪を高い位置で一つに括った鯰尾藤四郎を連れている。
    「精算は済んだかな」
    「別に、そういうんじゃねぇよ」
    「おや、それは失敬。それじゃあ帰還しようか、鯰尾くん」
    「……まさかだけど、彼もうちに連れて帰る気?長義さんには報告した?」
    「いいや、まだ。怒るかなぁ、山姥切くん。部屋は余っているしそろそろ住人が増えてもいいかと思ったのだけれど」
    「主が報連相ちゃんとしないからぁ」
     随分と呑気な会話だ。しかし聞き捨てならない点が何箇所かある。
    「ちょっと待て!オレの事どうする気だ!……にゃ!」
    「おお、先程と言い噂には聞いていたが本当に呪われているのだね。……と、政府預かりだなんて言ったが、実際は私の本丸へのスカウトだ。
    ガーデニングが趣味なのだけれど人手が欲しくてね」
     ああ、野良猫も住み着いているよ、と付け加えられた言葉の衝撃に思わず腰が抜けてへなへなと座り込んでしまう。解体された本丸の次に行く場所での仕事が庭いじりの手伝いとは。武器としての本懐から遠いにも程がある。
    「お嫌かな?」
    「……いや!男に二言はねぇ。庭師でも何でも、好きに使えよ」
    「それはもう。猫の手を貸しておくれ」
    「はあ。俺、怒られても知らないから」
    「にゃー……」
     ふたりの言う山姥切や長義とは、つまりあの山姥切長義で間違いないのだろう。彼もその性格はよく知っており、あちらの本丸の状況が分からずとも先の展開は何となくの想像がついた。
     しかしいつまでもへたり込んでいる訳にはいかない。鯰尾が転送装置を操作し始めたのを視界に収めると、彼はのそりと立ち上がりやや丸まった背のまま傍らへと並び立った。
    「戻ったらお祝いにチーズケーキを焼こう。りんごのコンポート入りのをね。……猫に食べさせても大丈夫かな?」
    「オレは猫そのものじゃねぇ!……にゃ」
    「主は食べる係じゃん。長義さんは手伝ってくれないだろうし、物吉とふたりがかりかなぁ。後藤の手が空いてるといいんだけど」
    「上にアラザンも乗せてほしいな」
    「はいはい」
     審神者と刀剣男士が気安く戯れるように会話をする姿は彼にとってひどく新鮮な光景であった。山姥切長義に怒られる、という発言と言いそこに上下関係らしきものは感じられない。
     こんな本丸もあるのか。ちらりと最後に振り返ったかつての住処は、その役目を終えどこまでも静かに、穏やかに彼を見送るようだった。

     転送装置が起動し、視界が白んでいく。
     いつの間にか雨は止んでおり、雲の切れ間からは柔らかな陽光が差していた。





    「さて。今日の仕事は何だったかな、トクガワくん?」
    「契約打切りとなった本丸の後始末だね、山姥切くん」
    「それで何故捨て猫を拾ってくるんだ。元の場所に返してきなさい」
     わあ、怒ってる。審神者──トクガワは、山姥切長義の前でフローリングの床に正座で座らされていた。南泉一文字がオロオロと戸惑いながら審神者の背に隠れるようにしゃがみこんでいる。
     共に帰還した鯰尾は宣言通り、我関せずとばかりに早々にその場を離れていた。
    「いいじゃないか。部屋はまだ空きがあるし、彼もどんな形でも構わないと」
    「そんな事を言って、出先でホイホイ拾って来られては困るんだ。しかも何の連絡も無く!急に!」
     夕飯の計画は作り始める前からとっくに組み上がっているというのに!
     若干お怒りのポイントがずれてきた事に気付いた南泉は、もしかして丸っきり歓迎されていない訳でもないのか?と恐る恐る長義を見上げた。
    「先に連絡をしなかったのは……申し訳ない」
    「円滑な業務遂行のためにも報連相を怠るなと繰り返し言っているだろう。……いいかい、これきりだ」
    「はぁい。良かったね、南泉くん。お許しが出たよ」
    「……。猫殺しくんも、ここへ来たからにはせいぜい振り回される覚悟をする事だね」
     本当に分かっているのだろうか。大味な所のある審神者に対し長義は懐疑的になりがちである。
     審神者へ向けるのと同じ鋭い視線で射抜かれた南泉はすっかり萎縮してしまっている。
    「う……うす」
    「お話、終わりましたか?改めてようこそ、南泉さん。
    トクガワさんご所望のチーズケーキも今晩お出ししますね」
     仕事に戻る、と私室へ引っ込んだ長義と入れ替わるようにリビングルームへ顔を出したのは物吉貞宗。こちらは抵抗無く新入りを受け入れている様子だ。厨房では既に作業が始まっており、しばらくすれば甘い香りが漂ってくる事だろう。
    「さすが物吉くん!鯰尾くんもああ言いつつキッチンで根回ししてくれて、良い子だろう?」
    「ん、あぁ。……審神者なのに、あんま主って呼ばせてないんだにゃ」
    「彼らは私が鍛刀した訳ではないからね。山姥切くんは私の新米時代の教育係のようなものだし、元々主のいる子にとっては後釜だから」
    「ふぅん……」
    「きみも好きに呼んでくれて構わないよ。私はトクガワ。庭園を愛する、しがない政府直轄の中間管理職審神者さ」
     元の主への義理など無いに等しい。が、新たな雇い主を同列に扱うのはどうにも気が進まなかった。そのまま名前で呼ぶか、それとも長義達のように何か敬称をつけるべきだろうか?
     その時しばし逡巡する南泉の脳裏に口馴染みの良い単語がサッと横切った。
    「あ……、姐さん、って呼んでもいいか……にゃー」
    「あねさん?それは新しいパターンだ、もちろん」
     立場が上の女性へ、最大限の敬意をこめて。
     こうして南泉一文字の新生活が始まったのだった。


    「きみ、早速なのだけれど足が痺れて動けない。助けておくれ」
    「……にゃあ」
    「いたた、ちょっと、つつかないで、あぁー」
    「……何やってんだ、トクガワ?というか何で南泉一文字がうちに」
    「助けて後藤くぅん」
     猫は気まぐれな生き物である。南泉が情けなく転がる審神者に追い打ちをかけていると、丁度帰宅したのは後藤藤四郎。経緯を聞いた彼は長義の説教姿を見たかった、と笑いつつ南泉を迎え入れた。
     山姥切長義、鯰尾藤四郎、物吉貞宗、後藤藤四郎に、新しく加わった南泉一文字。男士の数は多くはないものの不思議と見知った顔が集まる本丸である。
     隣接する雄大かつ風光明媚な庭園では、雨上がりの澄んだ空気の中木々の葉から滴る雫が小川へと落ち、その流れの一助となっている。

     次の出会いも、もうすぐ、そこに。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works