あなたの一番最後でありたい 朝、起き抜けから顔を合わせる男士たちは皆揃って審神者に祝福の言葉を贈る。本日は審神者の誕生日である。しかし、祝われる側の審神者は喜んではいるもののどこか陰のある表情。はて、毎年照れくさいながらもにこにこと嬉しそうにしていたのに、今年はどうした事か。違和感に首を傾げつつ鶴丸国永が浮かない顔の理由を問えば、口ごもる彼女は御手杵が、と恋仲である近侍の名前を出した。
どうにも御手杵が誕生日を忘れているらしい、と。
同じ年を重ねるにしても、一番に彼に祝われたい。そんな下心を抱きつつ昨晩ゲームに誘ったものの、日付が変わった頃におやすみだけを言い残して自室へと帰って行ってしまったと言う。去年まではちゃんと祝ってくれたのに、そんな、今年に限って。
しかし審神者はそこまで気にしてないから大丈夫!と空元気な様子。刀剣の歴史からしたら一年ごとのお祝いなんて些細な事だし気付かなくても仕方がない、という語り口からは気にしている様子がありありと感じられたが。間違っても本刃に直接催促したりしないでよね、という審神者の言葉にその場は渋々引いた鶴丸であった。
常々にぶちんとは思っていたけど、まさか恋人の誕生日を忘れるとか、そんな事ある?
結局審神者が一日の仕事を終えて私室へと戻るまで、御手杵はケロリといつも通りの様子のままであった。祝われなかったからと怒る様な真似はしたくないが、言葉で表して欲しくなってしまう気持ちも察して欲しい。
本丸の皆からプレゼントに、と貰った大きな犬のぬいぐるみの間の抜けた顔が急に憎らしく見え、彼女はその鼻先をべしんとひとつはたいた。なぜか尽くタイミングが悪く、他の男士たちに祝われる場には御手杵の姿は無かった。
「主ー!昨日の続き、やろうぜ!」
「おっ御手杵ーッ!?」
「おう」
渦中の人、ならぬ刀剣男士の登場である。何が昨日の続き、か!眦を下げて笑う呑気な表情がぬいぐるみと重なり、むくむくと苛立ちが膨らんで行く。
「……やらない」
「ええっ 昨日良い所で終わったのに。気になるだろ」
「ならない!」
ああ、結局一人で拗ねて意地を張ってしまった。可愛くないなぁ。早くも自身の言動を後悔しつつも抱えた犬の背中に顔をうずめ、御手杵がその場を去るのを待つ。早くどこかへ行ってしまえ。
「……あのさ、」
「……」
「俺が本気で忘れてるって思ってたり、するのか……?」
「はぁ?」
恐る恐る、といった様子で尋ねる御手杵に思わず伏せていた顔を上げて凝視する審神者。何の日か分かっていながら何もしないような、そんな薄情な性格だっただろうか?
「いや昨日の夜はうっかりしてて、あれは俺が悪かった。すまん。部屋に戻ってから日付に気付いたんだが、今からもう一度行くか〜でも寝てたら悪いしそもそもカッコ悪いよな〜ってウロウロしてたら通りがかった鶴丸が」
「つるまるが」
「うん。逆に次の夜まで待ってから祝うのはどうだって」
「えぇ……?」
計画が上手くいっているかを探りにでも来たのか、心配した体で話しかけて来た白いあいつが発案者であったとは。夜の内に男士達の連絡網で唐突なサプライズ計画は瞬く間に共有され、つまりは朝からずっと一人ヤキモキする審神者の様子を伺われていたらしい。ちなみに御手杵がさらりと出て行った後しばらく落ち込んで起きていたので、気付いたのならすぐに来てくれればよかったのに、というのが審神者の思う所である。
「最初のお祝いは言い損ねたけど……俺が今日最後に主を祝うよ。誕生日、おめでとさん」
「な、なにそれ……女性誌の恋愛指南コラムの読みすぎじゃないの、皆……」
「はは、確かにいつの間にか読む奴増えたよなぁ、あれ」
照れ臭いやら腹立たしいやら嬉しいやら、様々な感情が湧き上がりなんとか音にして喉から絞り出せたのはまたも可愛くない言葉だけだった。その素直になれない様子に笑みをこぼした御手杵は、もう一度謝るとごくごく自然にゲーム機の電源を入れた。……それ、今やる事か?途端に白けた目になる審神者を他所に液晶にぱっとロゴが表示される。
「じゃっ 改めて続きをだな」
「やっぱり訂正。御手杵はもっとコラム読んで乙女心を勉強してきて。それとゲームするならRPGじゃなくてス○ブラね。今晩は私がいいって言うまで付き合ってもらうから!」
「えーっ!」
一日翻弄され、上げて落とされた分の文句を言いたいのは審神者の方である。しかし、彼女がヤキモキする裏でもしかすると御手杵も気が気でなかったり……いや、果たしてなるだろうか?
それにしても、一日の最後におめでとうとは。誕生日どころかこちらは残りの人生における最後のひとり、のつもりでいるというのに。どうかこの先もずっと、共に在る日々が続きますように。
彼女のそんな想いを乗せたカー○ィのコンボが鮮やかに決まるのだった。
◆日中・本丸某所にて
「なぁ鶴丸。なんか主落ち込んでるけど、本当にこれでいいのかぁ?」
「ふっふっふ、どうやら順調だぞ。空腹は最高のスパイス、というやつだな」
「誕生日祝いじゃなくて悪い事してる気がしてきた……」
「お前ならやれる。ちゃんと主を胸キュンさせるんだぞ!」
「む、むねきゅん?」
らしくない事企んでないで普通に言ってよ!と翌日審神者にどやされる事をこの時の二振はまだ知らない。審神者にとってそれはもう、心臓に悪い大変な驚きであったので。