2021/09/02“次回イベントは『乱戦!闇オークション!報酬等詳細はアプリにて告知中!』”
突然現れた物騒な文字列。うっかりタバコを落としそうになりながらも、キースはこれがアプリゲームのものだと気付いてホッと息を吐いた。『ハッピーワールドヒーロー』はようやく最初のステージをクリアしたところで止まっている。理由は言わずもがな、自分でプレイするよりも人が─────恋人が楽しそうに遊んでいるのをみる方がいいからだ。画面上で敵を倒していくよりも、コロコロ変わる表情をこっそりと盗み見する方がずっと楽しい。
「またグレイにコツ聞きにいかねーと!」
「おチビちゃん、そういうのって自分でやるから楽しいんじゃないの?」
「わ、わかってるし!」
やんややんやと騒ぎながらパトロールから帰ってきたふたりのメンティーに声をかけて、冷蔵庫から昼食の材料を取り出す。デリバリーだけでなく自分でもピザを作るディノが余らせた材料を使って昼食を作る。少し前なら考えられなかった習慣が当たり前になってきたのはいつ頃からだったか。やっぱりキースの作るご飯は美味しいな、なんて笑顔で言われてしまうと、自然と腕を奮ってしまう。キノコ類をザクザクと乱切りにしてボウルに移し、ベーコンも同じように…とフィルムから外したところで扉が開いた。
「おかえり、ディノ。…ディノ?」
「あ、ただいまキース!」
「どした?」
「これこれ」
出されたスマホ画面に表示されていたのは、つい先程通知のきていた『ハッピーワールドヒーロー』内の告知画面だ。
「あー、なんかさっき通知きてたなソレ」
手洗いを済ませたディノが、手伝うよ、と自然と横に並ぶ。調味料をいくつか冷蔵庫から出すように伝えながらまな板へと意識を向けた。縦、横、縦、と賽の目を作る。大鍋の中で踊るパスタをみてメニューを察したディノは、パッとトングを手にして茹で加減を確認していく。
「さっき概要読んだらさ、いつも通りヒーローとヴィランに別れてるのは変わらないんだけど、日替わりでちょっと違う仕様になるらしくて」
「へえ…」
ゲームを作る側も色々考えるもんだ。熱したフライパンにオリーブオイルを垂らして具材を入れ、ジュッといい音をさせながら炒める。ペペロンチーノだけど昼間っからニンニク入れすぎるのもな、これが夕飯なら多めにするんだが。そんなことを考えていたキースの耳に、ディノの楽しそうな声が届いた。
「期間中必ず一度は、闇オークションで売られる側になるみたい」
「……、…」
これはゲーム。ゲームの話だ。一瞬止まってしまった手を誤魔化すように動かしながら、キースは頭の中でレシピを思い出す。否、わざわざ手順を確認しなければならないような料理を昼に作ったりはしない。非常に大人気ないが認めよう。たとえゲームの話だとしても、ディノが闇オークションにかけられるなんて真っ平ごめんだ。
「自力で脱出したら高ポイントがもらえるんだけど、一定時間経ったらフレンドに通知がいくんだって」
「へえ…」
いっそ今からでもやり込めばなんとかなるだろうか。それとも適切な金額と時間を云々と話していた親友みたいに大人の手段を行使すべきか。生返事のまま火加減や味の具合を確認しつつそんなことを考えていると、キース、と小さな声で呼ばれた。
「?なん…」
ふに、と頬に感じる柔らかさと小さなリップ音。キスされた、と脳が答えを出す前に得意げな顔がこちらを覗き込む。
「キースのことは、俺が絶対、一番に助けにいくから」
「…」
ゲームの話だろ、とか。火ぃ使ってる最中だぞ、とか。真っ直ぐこちらを見つめる空色の双眸が、いくつもの言葉を消していく。嘘の付けない彼の言葉は、いつだってこんなにもあたたかい。おまえに助けられた回数なんて、両手両足を足したって全然足りないというのに。キースは小さく苦笑すると、仕返し、とばかりにディノの額へ口付けを落とした。
「へーへー、期待してるぜ。…んじゃ、おれは“ラブアンドピースマン”の華麗なる脱出劇を見させてもらうとするわ」
「もっちろん!あ、その時はピザパーティーしような!」
「両手塞がってんのにどーやって食うんだよ、ったく…そろそろパスタ良さそうか?」
「うん、バッチリ!じゃあ後よろしくな!」
慣れた手付きで湯切りを終えたディノがメンティーたちを呼びにいく姿を見送って、キースは最後の仕上げへと取り掛かった。フェイスー、ジュニアー、ごはんだぞー!と響く声音に、幼い頃憧れたものの鱗片を見つけた気がする。あーめんどくせぇ。ムズムズと湧き上がる気持ちを隠すようこぼれた口癖の、我ながらなんと嘘くさいことか。キースは頬の赤みを誤魔化すように、大きくフライパンを揺らした。
(了)
2021/09/02