リメンバーミー「死者の日?」
ヒュンケルの問いに、
「ああ」
体中花びらと葉っぱをくっつけて、さながら花の妖精さんといった風情でポップが答えた。
「遥か遠きメヒコって国の風習さ。
こうやって花や食べ物を供えて祭壇や墓を飾って、死者の魂を迎えるんだ。
こっちのは、ジパングの風習。野菜で作った馬とか牛。これに乗ってご先祖様が帰ってくんだってさ。かわいいだろ。」
「あと、みんなで輪になって同じ振付で踊ったりするんだって。面白いよね!」
ダイが行儀悪くもぐもぐと口を動かしながら言う。
それは祭壇に飾る菓子ではないのか、とはヒュンケルは口に出さない。
誰もが、大切な人を亡くしていた。
戦いが終わっても、日々生きていくのに精一杯で、ゆっくりと偲ぶことも出来ずにいた。
「でも湿っぽいのは性に合わねえ。
だからこんなふうに、いろんな国の風習真似さしてもらってさ、賑やかにやるのも悪くねえかなって」
どうやら発案者はポップらしい。
「だが、これだけじゃねえ」
ポップが自信満々に言った。
「おれたちなりのアレンジを加えたぜ!」
と、懐から取り出した袋の中身を手のひらに開けた。
「これは…」
ヒュンケルも見たことがあった。
「そ、夢見の実!亡くなった人が帰ってきたってさ、姿見えねーのも寂しいじゃん?夢の中だけでも、な」
そう言ってポップが片目をつむる。
「おれも前に食べたことあるよ。だからみんなにも味わってほしくて、メルルに協力してもらって、ポップと一緒に探して、集めて、みんなに配ったんだよ」
ダイがあとを引き継いで言った。
ポップはどうだ、と言わんばかりに胸を張る。
ーーマァム、姫さん、アバン先生、
師匠、ラーハルト…、
指を折って数え上げる。
「まだまだあるぜ。ほら、おめーにも一つやるよ」
小さな実を投げてよこしたので、ヒュンケルは慌ててキャッチする。
「いい夢見ろよ!」
どこかで聞いたような台詞を吐いて、ポップはヒュンケルを送り出した。
その夜。
文字通り夢にまで見た人に再会した者たちのよろこびは、どれほどのものだっただろう。
ロカ…
…父さん…
あなた…
お父様…
父さん…母さん…
バラン様…!
様々な思いが、美しい夢とともにふわりと夜の闇に溶けていった。
そして。
(ヒュンケル…)
2度と聞くことのないと思っていた声で、優しく名を呼ばれた。
「父さん…」
ヒュンケルの目の前に、懐かしい6本腕の騎士の姿があった。
ヒュンケルは堪らず床に膝をつき崩折れる。
とてもこらえ切れるものではなかった。
涙で前が見えない。
顔が見たいのに…
そんなヒュンケルを見てバルトスが微笑む。
(元気でやっているのだな…良かった…
こんなふうにおまえに思いを伝えられる時がくるとは…)
ヒュンケルは押し寄せる感情の中で考える。
これは夢か…?
オレの願望が見せた幻なのか?
それとも、本当に父さんが?
…いや、そんなことより伝えなければ。
父さん、オレは…
「父さんの言葉を守れなかった。
間違ったことをした…、
アバンを恨むなと、父さんは言ったのに…」
バルトスは静かに笑った。
(分かっている。おまえがどんなに辛い思いをしたか…どんな思いで生きてきたか。
…おまえが今幸せでいてくれたらそれで良いんだ…)
父の冷たいゴツゴツとした手が、ヒュンケルの頬に触れたような気がした。
(ヒュンケル…一つ頼みがある)
はっとしてヒュンケルは父を見つめる。
(わしのことを覚えていてくれないか?)
バルトスは言い聞かせるように言った。
(わしはこの手で破壊こそすれ、何も生み出さず、何も残さんかった。
ただ一つわしがこの世に残せたものは、おまえとの思い出だけだ。
わしは地底魔城の地獄門とともに、忘れられる運命だ…。忘れられたものは、二度目の死を迎える。
だからわしのことを、わしらと過ごした日々のことを、おまえが覚えていてくれ。
いずれ忘れ去られ朽ち果てる運命にあることは、不死の身となった時から分かっておったことだ。そのことに悔いはない。
この魂もいつかは消えるであろう…
だが…おまえと過ごした思い出が消えてゆくのは…いささか寂しいのでな。
もう少しだけ、おまえとともにいさせておくれ…)
「父さん…わかりました。
オレが必ず父さんのことを、あの地底魔城での日々を覚えています。この命、尽きるまで…」
枯れ果てるかと思うほどの涙を流しながらヒュンケルはようやく言った。
こんなに泣いたのは、父を失った幼いあの日以来だ。
(ありがとう、ヒュンケル…)
彼のただ1人の愛し子を見つめながら、バルトスは闇に溶けていった。
*
「ヒュンケル、お父さんから、覚えててほしいって言われたんだって。忘れられたら、あの世でもう一度死んじゃうんだってさ…寂しいよね。でも、
『おまえたちのおかげで再び父に会えた。礼をいう』
て、嬉しそうに言ってたよ、ヒュンケル」
ダイがヒュンケルの声色を真似て言った。
「やっぱり忘れられるって辛いもんね。生きてるおれたちが覚えててやんなきゃ」
「そっか、よかった」
ポップは笑った。
「でもさ、ヒュンケルの親父さん…わざとそんなこと言ったんじゃねえかな?」
ポップはクールに分析する。
「あいつすぐ自分のこと犠牲にしようとするからさ…。親父さんにそう言われたら、もしかなんかあっても思い止まんじゃねーの?親父さんの為にも、こんなとこでくたばるわけにいかねえってさ」
「そうだね…」
(ポップも人のこと言えないけど)
ダイは相槌を打ちながらも腑に落ちない表情だ。人間自分のことはわからないものだ。
「で、おまえは会えたのか?会いたい人に」
ダイの顔を覗き込むようにしてポップが尋ねる。
「うん…」
ダイは微笑んだ。
「そっか…良かったな」
ポップは心底嬉しそうな笑顔を見せ、ダイの髪をわしゃわしゃと撫で回した。
「ポップは?」
「ん?おれ?…まあな…」
ポップの視線が一瞬遠くを彷徨う。
その心に浮かんだのは誰の面影か。ダイには推し測れない。
「うん、おまえの言う通りだな」
ポップは突然立ち上がり、空に向かって叫んだ。
「おーい!おまえらなぁ、おれたち全部、覚えてるぞー。忘れてなんてやんねーからな!
勝手にくたばんじゃねえぞ!…てくたばってんだけど…」
「なんだよそれ…」
ダイはツッコミながら笑ってしまった。
「しまらねーなぁもう」
ポップもなんだか無性に可笑しくなって、それからしばらく戯れあい、笑い転げた2人だった。