monkey magic「伸びろ如意棒!」
ポップの声に合わせてブラックロッドが伸縮する。
「せっかく直してもらったのに、まったく…ロン・ベルクにどやされるぜ…」
ポップが溜息をつくと、
「ロン・ベルクさん見にくるって言ってたよ。ノヴァが連れてきてくれるって」
ダイがにこにこして言う。
ポップの顔色がさっと変わった。
「なぁにぃー」
「ジャンクさんとスティーヌさんも」
「なぁにぃー」
ポップは気が気でなかったが、ひとまず進めなければ。次のセリフを思い出す。
「觔斗雲やーい!」
「マァム急いで!小道具!」
「はーい、ただいま」
慌ててマァムが薄黄色に塗られたベニア製の雲を取り出す。所々に綿が貼り付けられている。
「なんだよこの雲…もうちょっとましなんなかったのかよ」
いかにも急拵えといった風情の雲に、ポップが情けさそうな顔をする。
マトリフなら「ダサい!ボツ!」と一刀両断しているところだろう。
「悪かったわね!劇場の美術班は大道具にかかりきりで人手が足りなくて、私が作ったの!しょうがないじゃない…あんまり器用じゃないんだから!あんた飛べるんだからなんとか誤魔化しなさいよ」
マァムが顔を赤くして無茶振りする。
ポップはへーへー、と呟き、宙返りで形だけ雲に飛び乗ると、トベルーラでふわふわと宙を舞う。
「我こそは斉天大聖孫悟空!」
セリフは大体OKだ。ポーズを決める。
「やい妖怪!お師匠さんを離しやがれ!」
「悟空…!来てくれたのですね!」
うっすら涙を浮かべポップを見つめるヒュンケル。もちろん涙は目薬だ。
「…ぷっ」
「カーット」
「ポップくんダメじゃない」
「だって姫さんよう…」
「なんでコイツが玄奘三蔵?一番遠いと思うけど!」
「いいのよ。見た目麗しい方が…。なんなら私がやっても良かったんだけどね〜」
「おい…なんで俺がこんな皿を頭に乗せねばならんのだ。ダイ様の命でなければこんなこと…」
ラーハルトが不満をぶちまける。
「オレに豚鼻をつけるというのはいささか無理があるのではないか…?顔の作りがな…」
クロコダインも言いたいことがあるようだ。
「もう配役決めたんだから文句言わないの!」
「ねえレオナ、おれなんで馬なのさ?名前は玉竜なんだから竜じゃないの?それになんで馬なのに台詞あるの?覚え切れないよ」
ダイが追い討ちをかける。
「あーもう!」
レオナの怒りが爆発した。
「とにかく台本通りやってちょうだい!細かい事は気にしない!」
ここはロモスの劇場。
アバンの使徒が中心となり、復興のためのチャリティー劇を演じることになった。
今日はその練習日だ。
題材は、はるか遠き国で語り継がれてきたという、猿が主人公の物語。
王族として芸術にも造詣が深いレオナが脚本・演出を務めることになっていた。
「ごめんね、レオナ…」
いくらアバンの使徒の仲間とはいえ、一国の姫にこんなことをさせていいのかしら、と真面目なマァムは気が咎めてしまう。
「いいのよ、マァム。私がやりたいって言ったんだもの。王族だって言って、人の上に立って偉そうにしてるだけじゃダメよ。まずは自分が動かないとね。シナナ王も協力してくれてるし…」
レオナがウインクで答える。
「成功したら次はパプニカでもお披露目するわ!」
レオナはパプニカで孤児院の建設計画を進めている。その一助になればという思いもある。劇そのものを子供たちに見せてあげることもできる。
「よーし、子供たちのためだ!おれの演技力見せてやるぜ!」
ポップが急に張り切りはじめた。
「モシャス!」
ポップの体はたちまち獰猛そうな虎に変わる。
「これ…キラーパンサー?」
「虎って言うらしい」
「初めて見たわ…」
「それでえーと、妖怪は?」
「ロモス兵の皆でハリボテを動かしてもらう予定なんだけど、まだ完成してないのよね…」
「じゃま、気分だけ…」
ポップの虎が宙を舞うが、なんだかじゃれている猫のようで俊敏さに欠ける。
「迫力がね」
「しゃーねえだろ!本物の敵がいるわけじゃねんだから!」
この飄々とした大魔道士は、戦闘時は抜群の演技力を発揮するのだが。
「ま、いっか…。平時のキミに演技力は期待してないわ」
「なんだよ姫さんひでぇ」
「気を取り直して次行くわよ。クライマックス、悟空が三蔵を助けるシーン」
「3.2.1.Q!」
「お師匠さん!大丈夫か」
縛られているヒュンケルの縄を解くポップ。
「悟空…おまえが助けてくれなかったらどうなっていたことか。本当にありがとう…」
ヒュンケルの台詞は棒読みである。ダイのほうが幾らかマシだ。安定の大根っぷり。
(こういうこと得意じゃないもんな、コイツ。だけど少しでも罪滅ぼしになるなら、って自ら希望したんだよな)
ヒュンケルの肩を抱くポップの手に、心なしか力がこもる。
「おまえはこれまでも幾度となく私を助けてくれた…」
ヒュンケルの言葉にも、幾ばくかの感情がこもっているように思えた。
瞳も潤んでいる気がするが、目薬は使い切ったはず。少しは演技力がついてきたのだろうか。
「悟空…」
「お師匠さん…」
手を取り見つめ合う2人。
「カーット」
「なんだかちょっとアレな気もするけど…まあまあいい感じね」
レオナのOKが出た。
「あとは妖怪の本体ができたら、アクションシーンの練習に入れるわ。明日には完成するはずよ。最後はナレーションが入って旅を続けるんだけど、ダイくんはヒュンケル乗せなくていいからね、本物の白馬連れてくるから」
「良かった〜」
ダイは本気でほっとしているようだ。
「んじゃこれで今日の練習終わりだな〜」
ポップが伸びをして呑気な声を上げた。
「お疲れさん!マァムは実家に泊まるのか?」
「そのつもりよ」
「そっか、レイラさん喜ぶな。元気な顔見せてやれよ」
「ええ」
「他の皆はシナナ王が城内に部屋を用意して下さってるわ」
レオナとダイはこのまま城へ戻ると言う。
ラーハルトとクロコダインは、城下へ飲みに出掛けるようだ。
「おまえたちもどうだ」
クロコダインがポップとヒュンケルを誘う。
「んー、どうすっかなぁ」
「ポップ、演技のことで相談がある。2人で話したいのだが…」
ヒュンケルが真剣な表情で詰め寄ってきた。
「あ、まあ、いーけどよ。確かにおめーはもうちょっと練習した方がいいなぁ」
「決まりだ。では、ポップは借りていく。2人とも明日の練習で」
「あ、ん、じゃな、おっさん、ラーハルト…」
ポップはあっという間にヒュンケルに連れ去られていった。
呆然と見送るクロコダインとラーハルト。
「……明日の練習は魔法使いは使い物にならんかもしれんな」
「…覚悟はしておくか」
*credit*
玄奘三蔵:ヒュンケル
孫悟空:ポップ
沙悟浄:ラーハルト
猪八戒:クロコダイン
玉竜:ダイ
妖怪:ロモス兵有志
大道具:ロモス劇場美術班
小道具:マァム
脚本・演出レオナ