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    TOKYO罹破維武3で頒布した「みるくてぃーんこんぷれっくす」のbody complex side の無配です🤍
    三角さんの「Tie me down」に沿ったお話です…🤍

    ⚠️モブ視点

    Domestic Cat 俺の勤め先のクリーニング店は、ここ六本木にひしめき合う高級クリーニング店に比べると遥かに庶民向けの個人店。値段の割に腕が良いと一度来店してもらえればリピーターがつきやすい。ただ、広告や看板を見つけづらい為か、いわゆるヒルズ族などというセレブとはなかなか縁がないのが残念なところ。その層を取り込めれば、もう少し繁盛して給料も上がるのに、と常々思いながら仕事をしている。

    「ありがとうございました〜、またご利用下さい」
     お客様のお見送りで扉を開いたとき、いつもの風景にそぐわないものが目に飛び込んできた。店の前にベッタリと横付けしてハザードランプを焚く、漆黒に光る高級車。あまりにも静かにそこに腰を据える姿にゾクリと鳥肌が立つ。
    (うわ、ヤクザか? 何か怖いな……うちじゃないよな?)
     後ろめたいことなど何もないのに、なるべく見ないようにお客様を見送って店に戻ろうとした時、背後からオイ、と声をかけられてビクッと肩を揺らしてしまった。
    「っ、はい、何か」
    「ここ、スーツのウエットクリーニング出来る?」
    数センチだけ開いた真っ黒な後部座席の窓からは、ネコ科の獰猛な動物を思わせる鋭い瞳だけが見える。その突き刺すような眼差しに、何も悪い事はしていないのに思わず震えてしまった。
    「は、はい。承っておりますが……」
    「そ、じゃあ頼む」
     そう言って車から降りてきたのは、黒髪のツーブロックが若々しい細身の男だった。髪型のせいか、俺より年下か精々同じ位にしか見えないのに、俺にはとても手にすることが出来ないほど高級な海外ブランドのストライプスーツを簡単に着こなしてしまう姿に、つい、見惚れてしまった。
    「オイ、何ジロジロ見てんだよ」
    「っ! す、すみません、あまりに素敵なスーツだったもので……ではこちらへどうぞ、」
     もう、いちいち怖いな。そう心の中で毒づいて扉を開くと、カツカツとストレートチップの革靴を鳴らして店内を歩いていく。仕立ての良いスーツに包まれた後ろ姿は、男の俺からしても純粋にかっこよく、憧れてしまう。
    「これ、最後はウエットで仕上げてほしいんだけど」
    「うわっ……かっこいい……」
     差し出されたのはイタリアの超一流ブランドで、深い濃紺がシックなオーダーメイドのスーツ。この店ではあまりお目にかかれない代物に、少しばかり興奮してしまう。
    「こちらウールとシルクの混合素材でして、型崩れや縮みなどが起こりやすいので、採寸や仕付け、残りを完全に手作業で行うため、通常より少しお時間いただきますがよろしいでしょうか?」
    「構わねぇよ、金ならいくらでも出すから綺麗にしてくれ」
    「かしこまりました。では、こちら御記入下さい。仕上がり日ですが、」
    「なぁ、アンタ、猫飼ってんの?」
     突然話を遮って飛んできた言葉に唖然としてしまった。猫? 何言ってんだ?
    「え、いや、飼ってないですけど」
    「マジ? 猫の毛だろ、それ」
     カウンターに肘をついて、ニヤリと口角を上げて手首を指差した。細い手首に巻かれたクロノグラフが特徴的な高級腕時計が貧乏人の目にギラギラと眩しい。
    「えっ……あ! ホントだ、すみません、毎朝野良猫と触れ合っているもので、」
     俺の家の辺りは地域猫が多く、毎日通勤時に猫達と触れ合うのが俺の唯一の趣味。今朝も漏れなく撫でてきたためか、黒いトレーナーの袖口には白猫の毛が何本か付着していた。慌てて取ろうとすると、男は目を細めてハハッと笑った。
    「オレも猫好きなんだよ、実家に黒猫がいてさ」
    「そうなんですか⁈ 自分も黒猫大好きなんですよ! 可愛いですよね、夜なんて目がまんまるで」
    「ははっ、そーなんだよな! 暗いところで目だけ光ると怖ぇけど」
     くすくすと笑いながら話す姿からは、さっきみたいな怖さは感じられなかった。話しているうちにスマホの中から写真まで見せられて、散々猫談義を繰り広げてしまった。やはり猫好きな人に悪い人はいないんだろう。
    「じゃ、頼むわ。また来る」
    「はい、お任せ下さい」
     ありがとうございました、と、見送りの扉を開く。彼の帰りを待つ高級車のドアが開く音がして頭を下げた時、背筋がゾクリと何かが走った。何も悪いことはしていないけど、何故だか車が走り出すまで顔を上げることができなかった。
     原因不明の恐怖心に、心臓が変な煽り方をしたまま店に戻り、早速作業に取り掛かろうと気を取り直してスーツを眺める。生地は上品な艶と滑らかな触り心地、仕立ての隅々まで一流品そのもので、何度でも見惚れてしまう。しかし。
    「はっ、やっぱりソッチ系だよなぁ……」
     スラックスの裾辺りに飛び散っていたのは、明らかに血液。黒塗りの高級車に、初めに感じた禍々しい視線、帰り際の得も言われぬ殺気立った雰囲気。彼を纏う雰囲気の全てがそうだと物語っていたのに、何故だろう、彼の猫について語る表情に絆されてしまっていたらしい。
    「はぁ、残念だけど、必要以上に喋らない方がいいだろうな……」
     田舎から上京してきて以来この閉鎖的な職場で勤務しているせいか、東京にろくに友達もいない。だから同世代の男と話したのさえ久しぶりで、尚且つ初対面にも関わらずあんなに盛り上がってしまったせいで、何となく寂しく思った。でもヤクザなんて怖いし、関わらないに越したことはないのだろう。ふぅ、とため息をついて目線をスーツに落とした時、違和感に気づいた。
    「……ん? これ、誰のだ?」
     よく見ると、明らかに彼自身とはサイズが違うことに気づく。細身の仕立てではあるものの、彼にこんなに肩幅はないだろうし、スラックスの股下も俺の倍あるのかと思うほど長い。彼の背丈は俺と大して変わらなかったし、どう考えても大きすぎる。
     内側のポケットを確認するとそこには『K.Baji』と筆記体で刺繍が施されていて、慌てて会員証の控を見ると、そこには丁寧な字で『松野千冬』と記入されていた。その時、彼がヤクザだということに変わりはなくとも、あの返り血を浴びたのが彼ではないかもしれないということに、何故か内心ほっとしてしまった。それと同時にバジという男は何者なのか、妙に気になってしまった。

     それからというもの、松野さんはうちの店のリピーターとなった。あの日のスーツのクリーニングの出来を大層喜んでくれて、それ以来ありとあらゆる高級スーツをうちに預けてくれるようになった。しかし、預かる品はやはり相変わらずバジという男のものばかりで。身につけているものも雰囲気も下っ端のチンピラだとはとても思えず、何故この人が直々にクリーニング店に足を運ぶのかは分からないままだ。
     俺の方も、隔週で店の前に高級車が停まっている光景にもすっかり慣れてしまって、あまり関わらないようにと思っていたのに、気さくに話しかけられるとつい話し込んでしまい、気づけば俺自身も彼と話す時間を楽しみに感じていた。松野さんに見せるために野良猫の写真を撮るようにもなったし、彼も実家から送られてくる愛猫の写真を惜しみなく見せてくれたりして、店員とお客様という関係を飛び越えて、良い友達ができたような気になってしまっていたのが、今思えばそもそもの間違いだったのかもしれない。

    「いらっしゃいま……あっ、松野さん! こんにちは」
    「おう、今日はこれ頼むわ、いつも通り」
    「はい! うわぁ……懐かしいですね……!」
     差し出されたのは、初めて預かった深い濃紺のオーダースーツ。ここ最近はもう、松野さんの持ち込むスーツのせいか目が肥えてしまったけれど、このスーツは正直別格だ。生地から仕立てまで、とにかく良すぎる。こんなのを着こなせるバジという男は、一体どんな人なのだろうか。
    「ではこちら、いつも通りお預かりさせていただきます……ん?」
    「あ? 何」
    「いや……えと、なんか、」
     心臓がドキンと音を立てて視線を逸らす。ふと、目についてしまった。松野さんの、かっちり着込んだワイシャツのカラーの内側に覗くものが。
    「……あぁ、これ? オレの首輪」
     俺の視線に気づいたのかくすりと笑って、シー、と立てた人差し指を唇に当てた。そしてその指はゆっくりと首元へ降りていき、カラーに引っ掛かる。一つ一つの仕草に心臓がドクンドクンとけたたましく暴れて、真っ白い首元から目が離せない。もう少し、もう少し。
    「千冬ぅぅ、いつまで待たせンだよ」
    「っ!!」
     ガバッと音がするほど慌てて入口の方を見た瞬間、全てを悟った。壁にもたれて長い手脚を持て余すように組んだ黒い長髪の男。ニヤリと上げた口元から覗く鋭い牙に鳥肌が立った。
    「すみません場地さん、もう戻ります。じゃ、宜しくな」
     そう言って入口の方へと歩いていく。その姿を目を細めてじっと見つめるその男が着用しているスーツは、以前俺がクリーニングしたものだった。知りたくなかったことまで全部記憶のように脳内に流れ込んできて、呼吸が乱れる。
    「っ、はい! あっ、えっと、」
    「まだコイツに何か用?」
     男がスッと松野さんの首元に大きな手を這わせて振り向く。条件反射のように咄嗟に首を横にブンブンと振ると、口元だけがふっと笑った。その時、背筋が凍った。ゾクゾクと冷たい何かが背中を伝って首元に刃を突きつけられたような気分。まるで蛇に睨まれた蛙そのものと言ってもいいほど、言葉を発することも息を吸うことさえ許されないような空気に喉がぎゅっと絞まる。
    「じゃあな、ちゃんと“キレー“にしてくれよ」
     場地という男は最後に笑ってそう言い放ち、扉をばたんと閉めた。蛇に睨まれて固まっていた俺は、止まっていた呼吸がようやく再開してつい咳き込んだ。動悸も治まらぬまま嫌な予感を胸に、預けられたスーツを広げた瞬間。
    「うわ…………」
     スラックスの前立てに広くべっとりと付着した何やら液体の跡。ベストに飛び散る白濁の染みに、皺のつきにくい上質な生地で仕立てられているにも関わらず、後ろ見頃に不自然なまでにくっきりと残る皺。そしてあの真っ白い頸につけられていた、特徴的な歯形。全てが一つに繋がって、強烈な夜の匂いを醸し出して気分が悪くなる。
    「次どんな顔して会えばいいんだよ、」
     猫の話? もう出来る訳がない。だって、あの人自身が猫だったんだ。場地という男の。
     
     その後、いつまで経っても松野さんが姿を現すことはなかった。今でもそのハイエンドなスーツはこの店で清廉潔白な顔をして主人の帰りを待ち続けている。


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