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    tekuro99

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    創作BL
    耽美について考えていたらこうなった。多分ちょいちょい書き直す。
    ※ハッピーエンドじゃない
    ※やっぱり人が死んでいる

    寵愛(創作BL) ――これでようやく手に入る。
     父が死んだとき、なによりも先にそう思った。
     
     方條ほうじょう家当主である父の葬儀から数日が経った。諸々の手続きに区切りがつき、ようやく忙しさから解放された。父は資産家らしくきっちり遺言書を残していたし、難しいことは専門家に任せるようにしていたので、自分はただ頷いてさえいればよかった。後は周りが勝手に動いてくれる。それでもやはり気疲れはするもので、息抜きに家の中を歩くことにした。
     慣れ親しんだ我が家は、父一人がいなくなっただけで随分広くなったように感じた。しばらく歩いていると、やがてひとつの扉の前に辿り着く。そこは父の私室だった。
     部屋の中に入ると、壁一面に飾られた蝶の標本が目に入った。生前、父が熱心に集めていたコレクションだ。いずれ誰かに譲ることになるのだろうが、数が多いので片付けるのは最後にしようと決めていた。
    傾きだした夕日が室内を照らし、蝶の羽がオレンジ色に光る。父は俺が標本に近づくことを嫌っていた。貴重な物だから触るな、と怒鳴られた事もある。そんなに大事な物をどうしてわざわざ飾ったりするのか、いつも不思議だった。自分だったら、誰かに壊されたりしないよう部屋の奥にしまい込んでしまうのに。そう思いながら標本をぼんやりと眺めていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
    「誰?」
     声を掛けると、扉の向こうからやはり控えめな声が聞こえてきた。
    「圭です。入ってもよろしいでしょうか」
    「いいよ」
     大きな音を立てないようゆっくりと扉が開く。顔を覗かせたのは父の付き人の青嶋圭あおしまけいだった。
    「若様、こちらにおられたんですね」
    「何か用事?」
    「いえ、お姿が見えないのでどうされたのかと」
    「俺のこと、心配してきてくれたの?」
    「お邪魔でしたか」
     申し訳なさそうに言うので、慌てて首を振った。
    「ううん、そんなことない。ちょっと話し相手になってくれる?」
     視線を標本の方に戻す。圭は寄り添うように俺の横に立った。体温を感じるか感じないかぐらいの距離が心地よかった。
    「そういえば、圭はこれからどうするか決めた?」
     前々から彼に聞こうとしていたことを、たった今思い出したようなフリをして尋ねる。この方條家で働いているのは、ほとんど父が雇った使用人たちだ。父が死んだことで、その雇用契約は一旦破棄されることになる。これをきっかけに別の仕事に就く者や、故郷に戻るという者も少なくなかった。別に不義理だとは思わない。あくまでも彼らの契約相手は父であり自分ではないのだから。
    「僕はこの家に残ろうと思います」
     さして迷う様子もなく圭は答えた。
    「それでいいの?」
     念を押すように再度問いかける。声が弾みそうになるのを必死で抑えた。
    「はい、旦那様にはお世話なりましたし、頼れる身内もいませんから」
     自分よりも少し高い位置にある彼の横顔は、どこか寂しそうに見えた。
    「……もちろん、若様が良いとおっしゃるのなら、ですが」
     顔色を窺うような視線と目が合った。父が死んだ以上、方條家の実権は一人息子である自分が握ることになる。だから、彼をここに置くかどうかも俺が決めるのだ。
    「圭が残ってくれるなら、俺も嬉しい」
     そう言うと、彼は安心したように笑った。彼の笑顔を見て、自分も心底安心する。
     ――これで、ようやくこの男が手に入る。



     幼いころから、欲しいと思ったものはなんでも手に入った。流行りの玩具も、大きな犬も。けれど青嶋圭という男だけは、どうしたって手に入らなかった。
     圭がこの家に来て、もう十年になる。初めて会ったとき、彼は十四になったばかりだったし、俺はまだ八つだった。父に連れられてやってきた彼に、自分は目を奪われた。
    「お兄ちゃん、だれ?」
     そう尋ねたとき、彼は眉を下げて曖昧に笑うばかりで、何も答えようとはしなかった。圭が方條家に来た理由を知ったのは、それから二年が経った頃だった。青嶋というのは父の古い友人で、圭の両親が事故で亡くなった際に施設へ行くはずだった彼を父が引き取ったのだそうだ。
     圭は優しかった。俺が泣いていれば泣き止むまで傍にいてくれたし、勉強だって教えてくれた。俺は、そんな彼の横顔をこっそり眺めるのが好きだった。
     昔、誕生日に何が欲しいか聞かれて「圭が欲しい」とねだったことがある。父は笑いながら俺の頭を撫でて「人は簡単にあげたりもらったり出来ないんだよ」と言った。そのとき父の隣にいた圭は、やはり曖昧に笑うだけで何も言わなかった。



    「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
    「はい、なんでしょう」
     今度は俺が彼の顔色を窺う番だった。タイミングを間違えてはいけない。けれど、尋ねないわけにはいかなかった。
    「これで、俺のモノになってくれる?」
     俺の言葉に彼は目を丸くして、それから曖昧に笑う。それが彼が心底困ったときにする表情かおだと気づいたのはいつのことだったか。けれど、もうその笑顔に誤魔化されてやれるほど俺は幼くなかった。
    「父さんが死んでどう思った?」
    「え……」
    「安心した?」
     彼の瞳が困惑に揺れる。何を言っているのか分からない、という顔だった。
    「俺は安心したし、嬉しかった」
    「若様、なにを」
    「これでようやく君を俺のモノにできる」
     憧れが情欲に変わるまでそう時間はかからなかった。なんとしても彼を手に入れたいと思った。
    「父さんにどんなことされた?」
    「……どういう意味ですか」
    「愛人だったんでしょ?」
     愛人、という言葉を聞いた瞬間、彼の瞳に鋭い光が宿る。
    「若様、それは冗談では済まされません」
    「冗談もなにも、事実でしょう?」
    「っ旦那様はそんな方じゃ……!」
    「本当に?」
     自分でも驚くほど冷たい声が出た。彼の肩がびくりと跳ねる。
    「本当にそう思ってる?」
     圭は押し黙ったまま、何も答えない。俺を睨みつけるその瞳に怯えの色が滲んでいる。
    「本当にやましいことが何も無かったなら、父さんは君を学校に行かせた。この家に閉じ込めるようなことなんてしなかった」
    父は圭が自分の目の届かぬところに行くのをよしとしなかった。彼を家の外に出すことはなかったし、外出するとなれば必ず彼を同行させた。何かにつけては彼を手元に置きたがった。表面上は付き人ということにしていたが、端から見れば愛人のようにしか見えない。実際、父はそのつもりだったのだろう。
    これまでずっと、青嶋圭は父のモノだった。しかし今、彼の瞳は俺だけを映している。それがたまらなく嬉しかった。
    方條家ここ以外に、行くところ無いんでしょ」
     それはさっき圭自身が言ったことだった。父との関係が普通でないことに気づいても、逃げる手段を彼は持ち合わせてはいなかった。だから最初から俺にしておけば良かったのに、と思う。俺なら、父よりもまともに愛せたのに。けれどもういい。こうして彼は手に入ったのだから。
    「大丈夫、安心して。父さんよりも大事にするから」
     彼が一歩後ずさる。その拍子に彼の身体が棚にぶつかり、壁に掛かっていた蝶の標本がひとつ床に落ちる。ほら、こうなる前に大事にしまわなければ。
    籠の鳥はもうどこへも行けやしない。けれどきっとその方が幸せなのだ。
    ――可哀想に。
    彼の冷えた指先に触れながら、他人事のようにそう思った。
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