雪灯 ESビルの正面玄関を出ると全身つめたい空気に飲み込まれた。紫色に暮れた夜空には予報どおりの細かな雪がちらつき、街灯やネオンは粉砂糖をふるわれたように白がかってシルエットをぼんやりと膨らせている。
「わあ!」
ぶるりと身震いするマヨイの隣に嬉しそうな声が並んで、瞬く間に洋洋と舗道へ躍り出ていく。辺りをひとしきり見渡した赤い頭がこちらを振り返った。
「見て! マヨイ先輩。真っ白だ!」
雪景色を訴える姿は純真で、寒さも忘れ得るほど微笑ましい。息を白くさせてはしゃぐ一彩に誘われるように一歩を踏み出す。常の乾いたレンガ敷きとは勝手の変わった雪道の靴裏越しの感触を覚えながらマヨイが追いつくまで、一彩はゆったりと見守っていた。
「足元、気をつけて」
「……ふふ、一彩さんも。こうして雪が積もるといよいよ寒く感じますねえ」
「そうだね。見て、今も空から降っているよ」
「このまま夜間も降り続くなら明日の朝にはそれなりに積もっていそうですね。……一彩さんにはそのほうが嬉しいでしょうか、前にかまくらを作りたいと言っていましたし」
「ウム! 量さえ積もってくれればそのつもりだよ。きっと立派で頑丈なかまくらを作ってみせる!」
声が弾んでいる一彩に微笑みを返し、ちらりと目線を下ろせばその首にはマフラーがしっかり巻かれている。晩秋寒くなっても薄着の一彩を心配してマヨイが手ずから編んだそれが当たり前に使われる様子は、受け入れられている実感をマヨイの胸に与えて、熱を灯す。
マフラーには収まらない赤く染まった頬も、まだ見ぬ明日の雪への期待が溢れる晴れの瞳も、一彩のぜんぶは冬の閉じ込めるような薄闇のなかでもきらきら輝いて見えた。
(——ああ)
たまらない。微笑を湛えるマヨイのつめたく冷えた身体のなかを、ふわりと浮つく陽だまりのような熱がぐるぐると渦を巻いている。
(いいえ。これはそう、雪の粒子がちらついているから。きっと、そのせいでそう、光って見えるといいますか)
……なんて。
とっくに自覚しているのに、惹かれる心へ蓋をしようと醜く足掻いている。そのくせ完全な密閉はできず、一彩と接するだけで感情が溢れそうになってしまうのだから——胸の底では、捨てることなんてまったく望んでいないのだ。
「ね、マヨイ先輩」
はつらつとした声にハッと沈んだ思考から引き上げられる。こちらに向いた瞳に期待の色が宿っていて、つい返事がどぎまぎと上擦る。
「ど、どうされました?」
「このあと時間はあるかな。よかったら、なにか食べていかないか? この辺に美味しいお店があると聞いて気になっていたんだ」
「……ええ。私も、——ちょっとお腹がすいたところです」
ちいさな嘘をつく。本当は胸がいっぱいで、食欲はなかった。
「よかった」
頬を緩めた一彩が店の説明を始めるのを聞きながら、光の多い、飲食店の立ち並ぶほうへ踏み込んだマヨイの足元がさくりと崩れる。歩行を不格好にもたつかせてくる積もった雪は、まるでマヨイの下恋を非難するよう。
視界のうちを空からの雪がほろほろと舞っている。
肌に落ちて融けるこのかけらのようにこの感情を消してしまえたら、きっと一番いい。そう思いながらも、ともに歩むひとの赤い頬を隣で目にできることが嬉しい。
どうしても——惹かれてしまうのだ。
夜にもかがやく、このひとに。