駈け足たどり着くから待ってて「マヨイ先輩!」
その真っ直ぐな目線は、悪意も嫌悪もなく私を見る。
私はそんな純粋な好意を受け取る資格もない、欲深い男なのにも関わらず。
「マヨイさんは、自分のことをそう思っているのですな」
じりじりと太陽に焼かれる心地から一彩さんを避け出した私を捕まえて、巽さんが穏やかに相槌を打つ。
眩い光から逃げるように座り込んだ木陰のベンチ。さわさわと流れる風に、地面の木の影が揺れる。
巽さんの言外の圧か、内から込み上げる気まずさからか、マヨイの口は回り出した。
「一彩さん……一彩さんは悪くありません。気を悪くしていないでしょうか……。いえっ、私のような矮小な生き物のことなど誰も気に留めないのでしょうけれどぉ……!」
「その物言いはいけません、マヨイさん。俺たちは仲間です。仲間の様子がおかしければ心配もします。……俺が貴方に声をかけたのも、一彩さんから話を聞いたからですよ」
「ひ、……一彩さんが?」
あの清らかな子が自分をなんと話したのか、避けたくせ卑しくも知りたがる。こういうところで、いよいよあの子に相応しくないと自覚してしまう。
顔を上げた先、巽さんは頷いた。
「マヨイさんが余所余所しいと。――それが自分のせいなのではないかと」
「――ええと」
予想外な言葉を受け入れかねた。
どうして一彩さんが、自らを責めるのだろう。
私の行動はあくまで自責の念から来るもので、一彩さん側に問題があってのことではない。
「ど、どうしてそんな風に……」
「わかりませんか?」
「? はい……」
巽さんがやさしい瞳でこちらを見ている。その視線の先に、別のなにかまで捉えていそうな、不思議な目だった。
「俺から伝えるのは、正直憚られますが……。本人からすでに話す許可を与えられてしまっているので。当事者のマヨイさんにも聞いてもらった方が話は早いと思うんです」
「はあ……」
マヨイにはちっとも話が見えないけれども、巽さんはいつもの穏やかな笑みを讃えている。
少し困ったものを見るように。
こちらの反応を伺うように。
「彼はこう考えたようです。マヨイさんが自分から逃げるのは――」
聞き届けて、ベンチから飛び上がった。
ああ、ああ!
まさかそんな気持ちでいたなんて!
「た、巽さああん、私!」
「はい。行ってらっしゃい、マヨイさん」
一二もなく駆けつけたくて、焦れる気持ちで足踏みすると声に背中を押される。途端に足は駈けだした。
ああ、ああ! なんと言う事だろう!
『――マヨイ先輩は、僕の気持ちに気付いてしまったのかもしれないよ。僕がマヨイ先輩を好きだということに』
夢にも思わなかった。
でも、マヨイを好いてくれたあの子が。
その気持ちへの嫌悪から、マヨイに避けられたと傷ついている。そうと知ってしまえば、もう止まれなかった。メンバーのスケジュールを記憶から浚う。
今の時間、彼がいる場所は。
脳に叩き込まれている近道のルートを厳選して。ああ今から逢いにいきますからね。
だから一彩さん、どうか傷つかないで。
嫌悪なんてとんでもない。貴方が私にするのならともかく、私が嫌悪するはずがない。
純粋ばかりとは言えませんけど、――それでも。
――私は貴方を、愛しく思っています。
そう伝えたくて、一彩さんを目指して地面を蹴った。