ふゆのさむさを口実に 張りつめた空気が肌を刺す。
毎朝のジョギングは日々厳しくなる冷え込みを全身に感じさせる。
銀杏並木の風景の手前に真っ白な吐息が浮かぶのを視認しつつ、一彩はつめたい空気を肺に取り込んだ。
その夜、マヨイの部屋に訪問者があった。
「――一彩さん?」
「こんばんは、マヨイ先輩」
毛布を抱えた一彩が佇んでいた。
対面すると、どうしてかもじもじと瞳をあちこちに揺らす。いつも快活な一彩の珍しい様子に内心どぎまぎしながら、マヨイは優しい顔で部屋に招き入れた。
ええ、怪しく卑しい欲望なんて一欠片も抱いていませんとも、考えていませんとも。――何せこの部屋は、友也とマヨイの二人部屋なのであるからして!
ちらりと部屋を眺めた一彩は、促されるままソファに座る。マヨイも隣に腰を下ろした。一彩の膝に乗る毛布が不思議な存在感を放っていた。
「今日はどうされたんですか?」
「実は……マヨイ先輩が恋しくなってしまって」
「――えっ?」
マヨイの顔が一気に熱くなる。
先ほど理性を謳っていたのは誰だったか。心臓はバクバクと高鳴り、脳は不埒な期待をたたき出して止まない。
あの純朴な一彩さんが、大胆にも私の部屋を訪ねて、こんな発言を!?
これが自分以外の元へなら身の程知らずにも嘆こうものだが、今宵、一彩に選ばれたのはマヨイである。
藍良でも巽でも兄でもなく。……もしも全員に断りきられた後だったとしても、結果として今この瞬間にねだられているのは他でもないマヨイだった。
そこにどうしようもなく高揚してしまう。
今すぐにでも、その所在なさげな顔を腕の中に閉じ込めてあげたいけれど。
のっぴきならない問題があった。
「……あのぅ〜」
マヨイの苦渋の声色に一彩がキョトンとした。
「一彩さんの気持ちはとてもうれしいです。私も、あなたと過ごしたいですから……。でも問題がありまして、この部屋は私一人だけのものではなくてですね、さすがに共有の部屋でそういった――」
「ああ、問題はないよ」
「えっ……?」
一彩はさらりと言いのける。
戸惑うマヨイに、一彩は繰り返した。
「問題ないんだ。ええと……その、友也くんから他所に泊まると聞いて来たと言ったら……はしたないと怒ってしまうかな」
「…………」
一瞬、言葉が呑み込めなかった。
マヨイは数拍置き、目の前の真っ赤に染まった一彩を見つめ、呼吸も思い出して。
顔を覆い沈黙した。
押し当てた両の手のひらも冷たく感じるほどに、顔面が上気している。熱い頬を隠せている自信がなかった。にやついた口元も。
――こほんと空咳した。
「そのぉ、私も一応、真白さんの予定は聞いていましたが……!?」
そこから、まさか一彩が訪ねてくる流れになろうとは。その上マヨイを乞うとは思ってもみなかったが。今夜二人きりならば――いいの、だろうか。
指と横髪の隙間から一彩を窺う。隣でマヨイの返答を待つ一彩は、叱られるのを恐れる子供のような目をしていた。
「困らせてしまったかな」
「いえ……」
「ごめんなさい。やっぱり僕は、部屋に帰るから――」
ぐっと腕を引いた。
一彩が体を固くしたのは、不意打ちへ反撃してしまうから。癖になっていると話すのを、以前耳に入れていた。
一彩はマヨイを傷つけないように衝動を抑えこみ、はずみで抱えていた毛布を床に取り落とした。ちらりとマヨイの目がそれを追う。
「毛布は、要らなかったですね。どうか帰ってしまうなんて言わないで……私のベッドでいっしょに寝ましょう、一彩さん」
「あ……。ええと、いいのかな?」
「はい……♪」
マヨイが抱きしめれば、一彩は嬉しそうにくっつき返してくる。逃さないよう、しっかりとその腰に手を回した。
「冬の夜は寒いですから。部屋に一人で過ごす私を可哀そうに思って訪ねてきてくれたんでしょう?」
「……たしかに冬は寒いし、一人で過ごすのも寂しいかもしれないけれど。でも、ここに来たのは、僕がマヨイ先輩のぬくもりを恋しく思ったからだよ」
「ふへえ……っ!?」
訪問時はもじもじしていたのに。
一彩が照れもせずにまっすぐ言うから、マヨイは喜色に塗れた声を漏らしてしまった。まったく本当に、格好がつかない。――それでも。
「ふふ、あたたかいね」
「……ええ」
腕の中の一彩がこちらに笑いかけるので、暖かいので。
ご所望の熱をマヨイも送る。
二人で熱を分け合って、笑った。